1ー3 紅リュウキ
紅リュウキ。彼は一大財閥のひとつである、紅財閥の元で生まれた御曹司である。
また彼には生まれながらに才能があった。
数十万人にひとりの豪脚。
並外れた脚力を誇る彼が足を使うスポーツ、サッカーにハマったのはある意味運命だったのかもしれない。
彼がまだ小学生だった頃、彼はサッカーにのめり込んだ。クラブでの練習も、一度も休まなかった。文字通りのサッカー少年だった。
クラブでの成績も良好。そして彼は中学・高校共にサッカーを続けると心に決めていた。そして、憧れのフットボールチャンピオンシップに────
『リュウキ。もうサッカーは辞めなさい。あんな激しく野蛮なスポーツ、紅家の跡取りがやるものではない』
────父に、そう告げられるまでは。
勿論反論もした。続けさせてくれと。結果は残すからと。それでも父は聞く耳を持たなかった。ユニフォームも、スパイクも、破棄された。
それからだ。リュウキがグレて不良になったのは。サッカーで、ボールを蹴る為に使っていた足を、喧嘩に使ってしまったことに、思う事が無いと言えば、嘘になる。
▽▽▽▲▲▲
「……クソッ」
最悪な目覚めだと、リュウキは思う。白銀の鬣をガシガシ掻きながらスマホの時計を見る。6時。まだ早い気もする。
さっさと制服に着替えてリビングに出る。父と母がいる。珍しいと思った。この時間帯、二人は既に仕事に出ている頃合の筈だ。
「……おはよう、リュウキ。今日は早いのね」
「……ん」
朝食に置かれていたパンを掻っ攫ってさっさと玄関に向かう。少なくとも、今リュウキは母と話したくない。そういう雰囲気が滲み出ていた。
「……リュウキ。いつまで反抗する気だ。紅家の跡取りとも言おうお前が、子供じみた事を────」
「うるせぇ、クソ親父」
そう吐き捨てて、リュウキは当たり散らすように扉を閉めた。
サッカーを奪われたあの日から、紅家はこんな調子だった。
不機嫌極まりない紅リュウキ。その顔付きとさっきじみた雰囲気を放つせいで、通行人どころか鳥や猫すらも道を譲る。リュウキとしても、朝から両親に会うとは思っていなかったのだ。無理もない。
学校に行く気分ですらない。だが行かねば父がうるさい。
「……最悪だ。チクショウ」
そうぼやき、獣崎高校の校門に辿り着く。そして────
「紅せんぱーい!!サッカーやりましょぉぉぉ!!!」
先日出会ったジャーマン・シェパードの獣人、スバルが犬科の獣人らしく舌を垂らした万遍の笑み、かつ尻尾を全開に振りながら駆け寄ってきた。しかも速い。かなり速い。
「ッッッ……!!やんねぇつったろぉが!!」
駆け寄ってくるスバルの顔面を片足で押さえつける。リュウキの足裏に衝突した事で、スバルの喉から「ギャンッ!」という犬らしい声が零れた。
悶えるスバルを無視して校舎に逃げ込む。
────しかし。それで諦める天之河スバルではない事を、リュウキは知る由もなかった。
一限目の終わりの休み時間。
「紅先輩!!サッカーやりましょー!!」
「うるっせぇ!!」
休み時間になった瞬間にダッシュで教室に駆け込んできたスバル。罵倒しながら追い返す。
三限目、体育終わりの休み時間。
「紅せんぱーい!サッカー────」
反応するのも疲れたリュウキは瞬く間に駆け出した。それはもう、全速力で。……が。
「ちょ、話だけでもー!」
「来んじゃねぇぇぇ!!」
スバルの足は恐ろしく早い。ジャーマン・シェパードという犬種の獣人である事を抜いても、そのスピードは異常の一言だった。
結果として、なんとか逃げ切ったが。
────昼休み
「クソッ……なんなんだあの野郎……!」
購買で買ったパンを齧りながら、人目につきにくい校舎裏で忌々しげに呟く。
出会い頭にサッカー、サッカー、サッカー。下手すれば自分よりサッカー馬鹿なのではなかろうか。
……だが。そう考えた矢先に、胸の奥がチクリと痛む気がした。
「(……ふざけんな。何を、今更────)」
抑えた。抑え込んだ。そして、二度と開封する事さえない感情。その筈だ。……その筈、なのに。
▽▽▽▲▲▲
放課後。
三限目の休み時間以降、スバルの突撃は無かった。さすがに諦めたのだろうか。というか諦めていてくれとリュウキは考えた。そうでないと困る。
「(……クソ、また……)」
また、心がチクリと痛む。その痛みがなんなのか。何故痛むのか。分からないようで、嫌でも分かる。だからこそ、忌々しくて堪らない。
舌打ちしながら帰路に着く中。とん、と目の前にサッカーボールが転がってくる。ずっと昔から、何度も何度も蹴ってきた、黒と白のボール。
「おーい!竜の兄ちゃーん!蹴って〜!」
公園の向こうから声を掛けてきたのは、小柄な……小学生くらいのジャーマン・シェパードの犬獣人の少年だった。手を振り、ボールが返ってくるのを心待ちにしている様子だった。
ため息をつきながら、リュウキは小突く形で蹴り返そうとして、止まった。
「……あれ、紅先輩?」
「────ぁ?」
そこにいたのは、私服姿のスバルだった。
「いやあ、まさかこんな所でお会いできるとは」
「んでここにいやがる……」
公園のベンチに、スバルは嬉しそうに。リュウキはゲンナリとした様子と共に並んで腰掛け、ひとりでボールを蹴って遊ぶスバルの弟……ヒカルの様子を眺めながら言葉を交わす。
「……弟いたんか」
「はい。ヒカルっていって……今年で小五です」
「ほーん……」
興味なさげに適当に返事をする。
そして気付く。なんでコイツと仲良く談笑しているのだと。だが、最悪にも帰る口実を見失った。
「……あのハスキーは」
「今日の小テストで赤点取っちゃって。絶賛補習中です」
「……そォかよ。ま、馬鹿そうな野郎だったしな」
じゃあなんでお前は赤点取ってないんだ、とは口にしなかった。ハスキーとかいうどこか抜けた犬種ではなく、スバルはジャーマン・シェパード。地頭はいいのだろう。
そんな中、とん、とまたサッカーボールが転がってきた。またヒカルが蹴ってきたらしい。
「スバル兄続き!今日こそスバル兄からボール取ってやるんだから!」
どうやらいつもスバルがヒカルとサッカーをやっているらしい。ボールを受け取り、右足で押さえつけたスバルはその場に立ち尽くす。
「そりゃあ!……っとと…!」
ヒカルがパタパタとボールを保持するスバルに突っ込むが、経験の差故、あっさり躱される。
「くぅ〜!もっかい!」
「はは。何度来ても同じだぞ!」
その後もヒカルは何度も突っ込むが、スバルの巧みなボールと足捌きでヒラリヒラリと躱していく。
「はあ、はあ……くぅ〜、今日も取れなかったあ……」
「大人気ねぇな」
「そうは言われましてもね。ヒカルから手加減するなって。手加減したら、オレに勝ったことにはならないって」
「……ハッ。勝てねぇ癖に強情なこった」
実際、スバルとヒカルにある年季の差は相当だ。簡単に覆せるものではない。それをヒカルも分かっている筈だ。それでも、本気のスバルに勝ちたいらしい。
「そう言うならリュウキ兄ちゃんもやってみなよ!スバル兄、冗談抜きで強いんだよ!」
「あ?誰がやるか」
「えー?それともビビってんの?負けるのが恥ずかしいから?」
「んだとこのクソガキ。やってやるよ」
そう告げた後に気付いた。散々やらないと言って、あっさりやると申し出てしまった。気付いた時にはもう遅い。今更取り消す訳にはいかない。取り消したら取り消したで、ヒカルに罵倒される未来が見えた。
「先輩……!遂に……!」
「るっせぇ!とっととやんぞ!」
そう叫びながらボールを片足で押さえ付けてキープするスバルに突っ込む。
数十万人にひとりの豪脚。その脚力もさることながら、リュウキは足も早い。
大抵はこのスピードでプレスを掛ければ、相手は怖気付いて動きを止めるが故に、獲れる。リュウキのボール奪取における常套手段だった。
リュウキの右足がスバルが踏み付けてキープするボールに触れ────
「……ぁ?」
────なかった。
リュウキの足が振りかぶられたその瞬間、ボールを後方に転がしながら足で下方向に蹴る事でバウンド。その軌道は前方に弧を描きながら軽い足取りで移動したスバルの足元に収まった。
それらの動作を、ほぼ一瞬で成し遂げた。────早い。
「さすが数十万人にひとりの足。早いですね」
「ッ……!煽ってんのか、テメェ!」
再び同じように突撃するも、スバルはひらりとボールごと躱してしまう。早いどころではない。リュウキの一挙手一投足をしっかり見た上で避けている上に、特筆すべきは、スバルのボールコントロール能力の高さだ。
プロに並ぶか、それ以上の制度でボールを操ってみせる。
「(クソッ、クソッ……!なんで獲れねぇ……!)」
リュウキにはブランクがある。だが、それを抜きにしても。根本的な技能が違う。
スバルが今まで担ってきたポジションはMF。前線にボールを繋げるのが主な役割。故にドリブルの技能も、ボール奪取の技能も培われている。
対してリュウキはFW。最前線でゴールを決める。故にボール奪取の技能は最小限。なにより小学生からまともにボールを蹴っていない。
「(……負けたく、ねぇ…!!)」
蓋をした感情。封じ込めたが最後、二度と開かれる事のない、熱意。それが────
「オオオォォォッ!!」
────弾けた。
先程までの八つ当たりじみた動きから一変、スバルの動作を読んだ上での動きに切り替わる。ただ奪いに行くのではなく、自分が奪いやすいようにスバルの動きを誘導する。
無論、その動きは培ったものと言うより、即席に近い。それでもスバルが翻弄されるのは、対応可能な筈の動きから急に対応が面倒な動きに切り替わったことへの困惑がある。
「(ここだ……!)」
ほんの僅か。スバルの姿勢が崩れる。そこを狙って、軸足である左足を伸ばし────
「……っぶな!」
避けられた。だが、紙一重だった。あと少しスバルの反応が遅れていた場合、間違いなくスバルからボールを奪取できていた。やはり現役でサッカーをやっている身。即席の立ち回りでは届かない。
「……クソッ。……俺の負けだ」
諦めたように、だが晴れやかな表情で公園の地面に座り込む。
「……天之河スバル、だったか」
「は、はい……?」
「……やらせろ。サッカー。お前がどの程度を目標にしてんのかは知らねぇ。だが……俺に火ぃ着けさせた責任は取れ」
「ッッッ!!はいっ!オレ達が目指すのはてっぺん……フットボールチャンピオンシップのてっぺんを獲りたい!いいや、獲るんだ、ハヤテや、先輩や、まだ見ぬ仲間達と!」
フットボールチャンピオンシップ。日本におけるサッカー少年なら誰もが憧れる、少年サッカー全国大会。
奇しくも、かつてリュウキもまた、この大会に出る事を夢見た。
父にサッカーを奪われ、叶う事などないと断念した……否、録に抗いもせず逃げた。どうせ聞かないからと。何を言っても無駄だと、決めつけて。
「(もう、逃げねぇ)」
今度こそ。勝ち取る。自分のやりたい事。叶えたい、成し遂げたい夢を。
「これからよろしくお願いします、先輩!」
「……あぁ。スバル」
その言葉を最後に、二人は手を繋ぐ。スバルの橙色の瞳とリュウキの金色の瞳が交錯する。リュウキの金色の目には、迷いは微塵もなかった。
────Episode.3 『紅リュウキ』。
『紅リュウキ』
種族:竜人(赤鱗・翼なし)
性別:男
年齢:17歳
身長:185cm
ポジション:FW
性格:好きな事には全力で、熱心。なんだかんだ後輩想い。
概要:親の都合で大好きなサッカーを奪われ、その八つ当たりとしてグレる。
スバルと一戦やった事で再び火がつき、再びサッカーの道に。
並外れた脚力を誇り、スバル曰く、数十万人にひとりの豪脚。




