サンドラ王国草本部
「……というのが、ルイス王国王都配属キースからの報告となります」
「そうか、ご苦労。
……遂に、『陽喰』の子孫の初仕事か」
そうした会話がなされているのは、ルイス王国に隣接した国の内の1つである、サンドラ王国。
キースにとっては訪れた事のない祖国だ。
大陸で一番とはいかないものの、上から5本の指には入るだけの規模は誇っている。
そんな王都の、それも暗がりの1室で報告は行われていた。
「陽喰様、ぜひ生きているのであれば、お会いしたかった……」
報告を行う彼女はそう言いながら、若干夢見心地な表情を見せる。
とはいえ今はあくまで仕事と割り切ってはいる様で、すぐに済まし顔へと戻ってしまうが。
「まあ、それは僕もさ。
とはいえ、もう二百年前だからね。
流石に生きてないさ」
黒い杖を片手に持ちながら執務机に腰掛ける彼は、お手上げを示す様な仕草を見せた。
彼らがあげる『陽喰』という二つ名を持つ者。
その人間は、かつてあったはずの国を実質的に1人で滅ぼしたとされる伝説のスパイだ。
従来は夜に活動するのが常識のスパイ。
ただ陽喰はそんな固定概念を覆す。
まずは完全にその国の住人へ溶け込み、白昼堂々活動を行う。
それは悪事も……時には、その国にとってはプラスな事も。
だが最終的に、その緻密に練られた計画での破壊工作は、国が真っ二つになるほどの破壊力を示した。
この国が軍を派遣する頃には、度重なる内戦によりまともに抵抗する力は残っておらず、いとも容易く陥落したという結末。
その時の事を、サンドラ王国が派遣した際に軍の総指揮官を務めたマイヤー将軍は、自身で筆を取った伝記の中にて、
「あれは……何だったのだろう。
私は、国境線でごく少数の敵軍と交戦してから、王に褒美を下賜されるまでの記憶がないのだ。
まるで白昼夢でも見ていたかの様に」
と交戦記録が全くと言っても良いほど無かった戦いを、彼はそう記した。
そんな彼の原本は、サンドラ王国博物館に展示されていた。
それを確認すると、その部分のみ文字が震えて記載されているのが確認出来る。
喜びや感動によるモノなのか、それとも……恐怖からなのかは本人に聞かなければ分からないだろう。
マイヤー将軍はその事に関して黙秘を続け、誰も真実を知る事無く寿命にてこの世を去った。
そうしてつけられた二つ名が『陽喰』。
白昼堂々動き、太陽の化身を崇める国を喰った事に由来する人物だ。
草、という組織もその行動方針を元に作られた組織であった。
あれほどの事は出来なくとも、幾人もの人間が分担すれば近い事は出来かもしれないという思想だ。
ちなみに、『陽喰』はこの二つ名を固辞したそうな。
理由は、
「スパイというのは、本来目立ってしまってはいけない存在ですから。
こうして目立ってしまった事により、他国に潜入する仲間達にも迷惑をかけてしまったでしょうし」
との事。
実際に『陽喰』という名前が付けられた事は、ルイス王国で作った実の子どもでも知らないそうな。
もちろん、キースも知らない。
親に教えられて、名前だけは知っている程度。
ただ歴史上の人物だと思って、スゲーと言っているだけだった。
自分がその血を引いているだなんて、夢にも思っていない。
だが、その『陽喰』という二つ名は大陸全域に広まった。
他国の王侯貴族だけではなく、人里離れた村に暮らし畑を耕す農民までも。
それをモチーフにした劇が各地で上演されていたのも、噂の広がりに拍車をかけた要因だろう。
ただそのために各国はスパイの取り締まりを強化したため、彼の危惧した通りスパイの吊し上げが相次いだのは皮肉な結果ではあるが。
「『陽喰』の子孫が、スパイ活動に最適な最高位の幻影を使いこなすなんてね」
「私は正直、本国へ連れ帰って回復魔法を覚えさせた方が良いと思いましたけど?」
ちなみに彼が、キースへ幻影の道を選ぶ様に指示した者である。
その判断の中に、『陽喰』の子孫が彼の様になってくれれば……なんていう浪漫がなかったか?と問われたら彼はきっと閉口するだろう。
もしキースが知ったら、彼を何発殴るか考え始めるかもしれない事実だが、そんな機会はない。
草では、任務を完全に遂行するまでその地を離れる事は鉄の掟で縛られているのだ。
ただこの草部門を統括する彼も、その存在を知る王国の高位貴族も、サンドラ王でさえも、期待を寄せているのは事実。
その相手が例え、大陸一の大国……ルイス王国だとしても。
でも、彼らは本当の意味では知らない。
伝説のスパイ『陽喰』の子孫であり、前人未到の地位まで鍛え上げられた『幻影』の力も。
大陸一の大国、その宰相を務める侯爵家の教育を受けた彼女が持つ、どんな女性でも傾国の美女に仕上げてしまう様な他の追随を許さないメイク技術も。
それが合わさった時の化学反応は、誰も……予想できなかった。
最終的な結果を突きつけられる前までは。
「ただいま〜、無くなったジャガイモはしっかり買ってきたから」
「おかえりなさい。 じゃあ早速、お代わりをお願いしても良い?」
「……あのさ、皮剥きぐらいは手伝ってくれない?」
「私がやると、中身が少し減っちゃうじゃないの」
「それもそっか〜……いや、練習しないと俺一生皮剥き奴隷なんだけど!?
ほら、立った立った」
「……しょうがないわね」
そんな2人が、仲良く?厨房に立っている事も誰も知らなかった。




