華麗な?潜入
この世界の夜は、頼りない月明かりが支配している。
だからこそ夜を行く人々は釣られていくのだろう。
明かりの灯る酒場に、わが家に、そして……パーティー会場に。
馬車を降りた俺は、その中へと手を伸ばす。
そうして差し出した手には、そっとシルクのグローブに包まれた手が乗せられ、彼女は姿を現す。
エメラルドグリーンのドレスを身に纏い、亜麻色の髪を後ろで一纏めにした女性。
屋敷の周囲に置かれた明かりを、まるで舞台のスポットライトかの様に独り占めにする彼女。
コツン、と石畳の上へヒールを接地させた彼女は、こちらへ会釈を返してくる。
御者へ少し多めな料金を握らせ見送ったところで、隣へ少し曲げた左腕を差し出す。
そこに彼女を掴まらせ、会場の入口へと向かって歩き出す。
「ガウディ商会様、ご夫妻ですね。
招待状確認致しました、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」
そうして俺達は門を潜り抜け、モリッジ男爵家の屋敷へと足を踏み入れた。
「ふぅ……」
「……まだ、入っただけよ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
流石に緊張しちゃうでしょ?
だって、俺にとっても初めての任務なんだから。
それも、『幻影を使わないで』の潜入だし。
今は彼女の特技であるメイク、というかそれを超えて変身の域までいってる技術で、ガウディ夫妻に変装していた。
ちなみに2人とも実在する人物である。
本人達は今頃、ぐっすりベッドの上で眠っているだろう。
強力な睡眠薬によって……ね?
本当は幻影をかけてやりたかったんだけども、それはある物に阻まれ叶わなかった。
その物とは、受付で潜り抜けて来た門だ。
ある高名な研究者が生み出したらしいこの門……『魔力識別門』は、魔力の込められた道具や魔法がかかった人間が通った際反応を出すらしい。
そんな、まるで前世の空港に設置されていた金属探知のゲートみたいなものが置かれているのだ。
言い方が悪いかもしれないけど、男爵家にも置かれているレベルで普及している。
もしパーティーに潜入するならば、絶対に通らないといけないだろう。
本当に厄介この上ない。
開発者と会ったら、一発殴って全部撤去させたいところだよ本当。
「とはいえ、凄いクオリティだね……コレ」
「お褒め頂き光栄ですわ」
そんな俺の言葉を受けて鼻高々なリアクションを返してくるハーティア。
本当にクオリティが素晴らしい。
少し褐色の肌も鼻の下のちょび髭も、肉付きの良い腹や頬なんかも、詰め物などの道具を使いこなして再現されていた。
という事で魔力識別門はアレだけど、入ってしまえばこっちのモノ。
もうこの敷地内では、自由に幻影を使っても問題ない。
まあ、流石にこんな公衆の面前でやったらバレてしまうし、一旦お手洗いで……
「やあ、ケイン!君も来てたのか!」
あ〜、会っちゃった。
ちなみに俺がケインで、ハーティアはナミン役だ。
「……やあ、サイネル久しぶりだね」
「久しぶり、って言っても二週間前に飲みに行ったけどね。
というか、声……なんか変わった?」
……不味い、ボロが出まくってる。
商談の記録とかだったら潜入した際に覗いた帳簿にあったけども、流石にプライベートの情報まではカバーしきれていない。
しかも声だけは、2人とも変えれないのだ。
というかハーティア、静かにこっちの腕をつねってくるのやめてくれるかなあ!?
確かにやらかしたけど、これのせいで思考が纏まらないんだけど!?
そんな地味な痛みに耐えながら、必死に頭を回転させ……
「ゴホッ、ゴホッ」
「どうしたんだ、ケイン?
もしかして体調悪かったのかい?」
「ああ、少し風邪気味でな。
今日も軽く挨拶するだけで、帰ろうと思っている」
「そうか、じゃああんまり長話するのもアレだね。
では、後日という事で。ナミンさんも」
そんな彼に対して俺は軽く手をあげ、ハーティアは静かに頭を軽く下げた。
彼女は俺の失敗を見て、学習したらしい。
……なんか、ちょっとずるくないです?
まあ、何はともあれ、
「上手く切り……何でもないです」
上手く切り抜けたと言いたかったけど、流石に彼女の冷たい眼光を向けられたら出てこなくなってしまった。
ちょっと怪しまれた気もするけど、捕まってないならOKの精神で行こうと思う。
そうして途中途中で知らない知り合い?とのエンカウントを挟みながら、
「こちらでございます」
「ありがとう……では」
「はい、後ほど」
使用人の1人にお手洗いまで案内してもらった。
言葉を交わし、男女別々のため別れる。
そして個室の一つに入り、鍵をかけた。
もう人目は無い。
ここからは、こちらの時間だ。
「おっとっと……」
「大丈夫ですか?半分持ちますよ」
「ありがとうございます、え〜と貴方は?」
使用人の姿に擬態した俺は、この屋敷のメイドだろう彼女に手を貸す。
とはいえ、今回は実在の人物ではないため彼女は知らないだろう。
「パーティーの間派遣されているセイと申します」
「セイさんですか?
でも、屋敷内での打ち合わせにはいなかった様な……?」
一応貴族のパーティーの際、外部から派遣されてくるのは不思議な事ではない。
実際今屋敷にいる使用人の半分近くは、派遣だし。
ただ彼女の記憶力が良いのだろうか、少し怪しまれてしまっている。
でも今回はしっかりと考えていた。
「担当は屋敷の外回りなのですが、ヤルス様に内の方が忙しそうだから応援に行ってやってくれと言われまして……」
用意して来た言い訳。
ちなみにヤルスというのは、外での警備を任されている者。
わざわざ内側には入ってこないだろうし、多分大丈夫だろう。
打ち合わせも、外は外同士で屋敷内はその中でしている事を事前に確認していた。
外と内が話すのはトップ同士ぐらいだろうけど、この忙しい状況ではわざわざ話さないだろう。
そんな言い訳は……通用したらしい、
「なるほど!それは非常に助かります!
実際忙し過ぎて、ゴブリンの手も借りたいぐらいですし……」
「それは良かった!
では、これはどちらまで?」
「えっと、厨房までですね。
この木箱の中は、食材の予備なので」
「なるほど、了解しました」
そうして木箱を持った俺は、メイドに着いて行く。
これでは全くスパイではなく、ただ無償で肉体労働している人である。
……我慢だ、きっとチャンスは来るはず。
厨房へ辿り着いたところで、そこにいたトップの人へ同じ様な説明を行う。
「そうですか、ヤルスも気が利きますね。
ぜひよろしくお願いします」
そんな言葉を交わしている所に、
「申し訳ありません、遅れました」
「遅いぞ、ケイ」
「本当に申し訳ありません……。
メイドのケイ、ヤルス様の命でこちらへ参上致しました」
ケイ……中身はハーティアが到着する。
正直ここは、こちらが怒るほどではない。
別に集合時間があって、それに遅れた訳でもないし。
だがあえて怒る事で「2人も知らない人物が現れた」、そんな疑問をあちらが持つ時間を与えない。
むしろ、奉仕の精神を持った彼女らからしたら助けたくなるだろう。
「いえいえ、手助けが多くて嬉しいわ。
じゃあ時間も勿体無いし、早速食材運び手伝ってもらえるかしら?」
「はいっ!」
ハーティア改めケイは、元気よくターンをして厨房を出て行く。
……場所、知っているんだろうか?
「あの、食材はどこに……?」
ズコーッとこけたい気分。
でも流石に、今やったら迷惑すぎるしやらないけど!
……本当にやったのか、ドジっ娘を演出したのか、全く分からない。
「あはは、私が案内しますから大丈夫ですよ。
着いて来てください」
「ありがとうございます、先輩!」
「では、自分も行きますね」
そうして3人で食材置き場へ行き、厨房へ持って行く。
そんな力仕事を何度も、何度もこなすのだ。
今日、どれだけ料理を作るつもりなのさ……。
きっと今日使った食材だけで、俺の一年分……いや、それ以上かもしれない。
本当に豪勢なパーティーだ。
ガヤガヤとあちらが盛り上がっている様子が、壁を何枚も挟んだ向こうからでも聞こえてくる。
そうして仕事に没頭している俺たちに向かって、
「ご苦労様、次は会場内で配膳を手伝ってもらっても良い?」
「「了解しました!」」
次なる指示に、俺たちは元気よく返事をする。
そりゃそうだ、ジャガイモとかを運ぶだけで情報なんて得られるわけがない。
パーティーの裏方達は、雑談するほどの余裕もないのだ。
そんな訳で俺達は、会場の大皿へ食材を補充する役目を承る。
それにより念願の、パーティー会場へと足を踏み入れたのだった。




