早すぎるスパイバレ
「そろそろ一ヶ月かぁ〜」
仕事帰り、そんな呟きが口から漏れる。
それはあの婚約破棄された侯爵令嬢、ハーティアとの出会いから数えてだ。
あれから衛兵を始めとする誰も家へ訪ねて来なかった。
まあ王都にはいくらでも家があるし、わざわざ同じ家には来ないだろう。
……余程の確信がない限り。
彼女には申し訳ないけど閉じ籠って貰ってるし、多分大丈夫なはず。
それよりも今気になるのは、本国からの連絡だ。
流石にこの案件をあちらに隠したままでは動けない。
下手したら、両国を敵に回す最悪の事態も考えなければならないしね。
いつもこちらが出した情報の返事は一ヶ月ぐらいで帰ってくるはずだから、そろそろと思いながら日々を過ごしていた。
「キャッ!」
「……あっ、すみません!よそ見してまして……」
考え事しながら歩いていたのが悪かった。
通りで誰かとぶつかってしまい、ボトボトと地面にリンゴが転がってしまう。
慌ててしゃがみこみ、それらを一つ一つ地面から拾いあげていく。
「……すいません」
「いえいえ、こちらも悪いですから〜。
お礼に一個差し上げます〜」
「いや、それはっ………どうも」
ぶつかってしまったのは、顔がフードで影になり見辛い女性。
お礼という名目で強く押し付けられたリンゴを無理やり握らされるが、追加でスッと隙間に入り込んで来たのは折り畳まれた紙の感触。
それで全てを察して、目立たないよう去る事にした。
機密情報、間違ってもこんな所では見られない。
貰ったリンゴと一緒に、ポケットへ突っ込むのだった。
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
親が亡くなり数年、静かだった家だけどもそんな言葉が帰ってくる。
それは同居人のハーティア。
最初はしおらしかった彼女、だからこちらも積極的に構ったり、奮発して美味しいモノを買ってきたりしていた。
そんな貴族まではいかなくても、庶民としてはいい生活に今は結構慣れてきたのだろう。
ソファに寝そべり、本を読みながら皿に盛られたフライドポテトを齧っている。
慣れてきた……どころか、もう我が家みたいな感じで過ごしてるし。
「これが……元侯爵令嬢?」
「何よ、聞き捨てならないわね」
……こうして、彼女はグレてしまった。
玄関を潜ってすぐに目に入る彼女の姿。
それを見てこぼした言葉は、耳聡い彼女に聞かれてしまった。
そうして不満を示す様に、片手に摘んだポテトの先をこちらへ向けながら抗議してくる。
「ごめん……」
こういう時は早いうちに謝っとくのが吉。
そうして歩きながら上着を脱いでいく。
……流石に彼女へ向かって、地球時代の休日の親父みたいとは言えなかった。
コトンッ
「あら、リンゴを買ってきたの?」
「いや、なんか……貰った?」
「何よそれ……まあいいわ。
切って頂けるかしら?」
「へいへい」
そうして、林檎を片手に台所へ向かう。
流石に今回は俺が悪いし、その罪滅ぼしも兼ねて素直に従う事に。
こうしていると……地球とこの世界の母親に申し訳なくなってくる。
あれ作って〜とか、何でも良いよ〜とか、言っているのを思い出すだけで身体中がむず痒く……。
とはいえ、二人とももう会えないんだけどさ。
皮まで剥くのは面倒くさいため、種だけ取り八つ切りに。
フォークだけ添えて、彼女の横へそっと置く。
「ありがと」
そんなお礼の言葉を聞きながら、俺もリンゴの乗った皿を片手に筆記机へと腰掛ける。
そこで開くのは、あのこっそり貰った紙だ。
シャクッと、爽やかな音を鳴らしながら文章へ目を通していき……
「んんっっ!?」
ガタッ
つい勢いよく立ち上がってしまう。
椅子が大きな音を立てて倒れてしまうが、それよりも重要なのは内容だ。
「大きな音を立てて、どうかしたの?
「……いや、何でもないから」
「その紙のせいかしら。 ……気になるわね」
「えっ、ちょっ……」
この反応は良くなかった。
家から出れない生活という娯楽のない日々、そんな中だとこちらの反応は意図しなくても彼女の興味を引いてしまう。
ソファから立ち上がり、ズンズンとこちらへ迫ってくる。
そして、
「ん!」
何かを求める様に手を出してくる。
そんな彼女の手のひらの上に俺は……リンゴを乗せた。
「ちっがうわよ!その紙見せてって言ってるのだけど!」
「これは、本ッ当に見せれないやつだから……」
彼女が必死に紙へと手を伸ばすも、こちらの方が身長が上。
背伸びをしてしまえば、10cm以上余裕があるし彼女には届かない。
そう思っていたら……
「……ぐすっ」
「えっっ」
「なんでっ……見せてくれないっのぉ?」
その場で立ち尽くすハーティアの瞳から、ポロポロと雫が溢れてくる。
それはどれだけ彼女が自身の手で拭っても、間に合わずに服までを濡らすのだ。
「いやっ、ちょっっ……ん〜」
その彼女の姿は初めて出会った日をフラッシュバックさせる。
だから俺は無意識に上げていた手を下ろして、ポケットからハンカチを取り出す。
そうして近づいていったその瞬間、
「いただきっっ」
「あっ!?」
彼女が静かに、そして鋭く伸ばした手によって奪い取られてしまった。
……待て、という事は、
「まさか……嘘泣き?」
「いえいえ、そんな汚い真似を私が取るはずありません。
涙がすぐに止まってしまった、ただそれだけですわ」
「……いや、それは狡くない?」
どうやら騙されたらしい。
明らかにいつもより、令嬢時代の口調が強く出てるし。
そんな彼女は自慢げに、こちらが憎々しく思うぐらい満面の笑みを浮かべている。
「では拝見して……まずは、幻影を解除して貰えるかしら?」
「いや、それはちょっと……」
「コレを持って逃げても良いのよ?」
「はい……」
最後の抵抗として、紙の上にかけた幻影魔法も見破られてしまう。
これを読んだら人間が立ち上がってしまうのも無理はない、そんな文章をこの一瞬で出力するのは流石に不可能だった。
こうして絶対に見られてはいけない文章を、彼女に見られてしまった…。
「アンタはこのリンゴでも食べてなさい」
「むぐっっ」
その光景を俺は床でリンゴを咥えながら、見るしか出来なかった。
……結構美味いな、これ。
「へぇ、ちなみにこの草って言うのは?」
「……敵国に数十から数百年潜伏して、来たる時に任務を実行するだけの存在」
「なるほど、そんな存在がいたなんてね。
しかも、私の目の前に」
その表情からは、感情を読み取る事はできない。
けれども溢れ出る威迫は、彼女が宰相の娘というのを納得させるだけのモノはあった。
「コイツを連れてったら、貴族の座に戻れないかしら」
「……2人ともお縄につく羽目になると思うけど」
「冗談よ、本気にしないでちょうだい」
床に座り込んだまま軽口を叩く俺に対して、彼女はキッツイ目線を送ってくる。
これが婚約破棄級の『にらみつける』か。
「今、何か失礼な事を考えていたかしら?」
「イエ、ナンデモ。
……それでそっちはどうするのさ。
この家から出ていく?」
そう言いながら俺は、床に倒した椅子へ座り直す。
さっきまでは、こちらが衣食住を無償で提供していたから立場は上だと思っていた。
…見た目はともかく、状況的には。
でももう、知られてしまった。
この情報は漏れてしまえば、容易に俺を死に至らしめるモノだ。
とはいっても、あちらもこの情報を使ったらタダでは済まない。
だから今は、対等の存在として相対する。
「私に何をさせようと……」
「そこに書いてある通り、ハーティア。
貴方の貴族としての知識と……そのメイク技術を借りたい」
「国を裏切れと……?」
「もしかして、心の奥底では王への忠誠心があったりした?」
「………」
無言の返答、表情を見たら協力に対してYES寄りなのは誰でも分かる。
彼女の屈辱を味わった気持ちをくすぐるこちらの話し方。
きっと彼女は、自分が乗せられているのも理解している。
でも、突き返すには……あまりに多くを失い過ぎた。
しかも王太子が火種となったせいで。
だからこそNoとも言わず、静かにその場で考え込んでいるのだ。
「報酬は書いてある通り、山盛りの金貨と名誉が……」
「うるさいわね!
こっちは一生懸命考えてるんだから!」
「あっ、はい。
……いや、違う違う!」
今までの生活に慣れ過ぎて、ついいつも通り返事をしてしまった。
これでは、マニュアルNo.15『協力者には非日常を匂わせる誘いをし、最初の一歩を踏み出させよ』が失敗しちゃうんだけど!?
……まあ、良いや。
マニュアルに『婚約破棄された貴族の令嬢を仲間に引き入れる方法』なんて無かったし。
しかもこんな我儘お嬢様の手綱なんて、最後まで握りきれる気もしない。
「一応この提案をしているのは、誠意だと思って欲しい。
だってこちらにはハーティアを差し出すタイミングなんて幾らでもあった訳だし」
「脅しかしら?」
「いや、もう意味は無いし……断られてもしないよ」
そんな方法で仲間に引き入れて…最後に裏切られたら、たまったもんじゃないし。
「さっきも言ったけど協力したら、報酬はしっかりと出る。
資産を持ってないハーティアからしたら、悪くない条件だと思うけど?」
「それじゃあ、ダメね。
最悪私がお父様に頭を下げて、妻を失った老貴族の後妻にでもして貰えば贅沢は出来るでしょう。
わざわざ成功するかも分からない危険な橋に乗る必要も無いし」
きっとそれは彼女のプライドが許さない、そういう指摘も出来る。
でも、やりかねないとも心のどこかでは思ってしまう。
……正直分かっていた。
だって彼女が侯爵家の令嬢をやっていた時なら、この報酬額ぐらい簡単に動かせるだろうし。
そもそも、今着ているドレスが売れるだけでひと財産だ。
だから……最後の取引を持ちかける。
「復讐って、興味ある?」
「〜ッ、何よ急に」
「いや、ただの世間話……的な?」
彼女の復讐というワードへにピクッというほんの僅かな反応。
いつもなら気づかなくとも、草としてのスイッチが入った今なら見逃す事も無い。
「復讐ってさ、ドロドロしてるし1円も生まないじゃん?」
「……まあ、そうね」
「でもさ、人間そんな上手くは飲み込めないよね。
……だったらいっそ、全部そのままそっくりやり返しちゃおうよ」
「……?」
「あの記憶を上書きするためハーティアには、シュタイン王子に婚約破棄される側からする側へと変わってもらう。
そして、そのための舞台も用意する。
どう……かな?」
そう言いながら片手を差し出す。
彼女の視線はこちらの顔に向けられ、次に差し出した右手へ向けられた。
その返答をするためだろうか、彼女は右手を大きく振りかぶる。
……ああ、しくったかも。
これはビンタコースかなぁ。
静かに目を瞑り、心の中であまり痛くありません様に…と祈る。
バチンッッッ
「最ッッッっ高の提案をありがとうっ、キース!
これからよろしくね?」
通って、しまった。
ダメで元々で、本当はノープランなんだけど……。
片手を握られているから、頭を抱える事も許されない。
そんな時、
「でも……」
「うわッッッ、ッと……」
不意に強く彼女から引っ張られ、体が前のめりになる。
どうにか前に片足を出し、床に倒れる事だけは避けた。
何すんのさ、という非難を送ろうとしたところで、
「無計画は許さないから」
耳元へ囁かれるその一言。
意味を理解した瞬間、全身を悪寒が走り抜けていく。
「あはは……」
もう俺には乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。
きっとこの瞬間……いや、もっと前から上下関係は決まっていたのかもしれない。
上に立つ者としての教育を受けた彼女と、上の命令には逆らわない様に教育された俺なのだから。
こうして密約を結んだ俺達は、手を取り合ったのだ。
この国を、めちゃくちゃにする為に。




