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屈辱の代償

 蹴りを喰らい地面へと崩れたシュタインに、それを見下ろすハーティア。

 その間には、誰も踏み込む事は出来ない。

 まだこの突然始まった状況を、飲み込む事が出来ていないのだから。


「……しっ、仕返しか?」


「さあ?シュタイン様は、どう思います?」


 先ほどと変わらずに敬称をつけては読んでいる。

 だがそうして放たれたトーンは、誰がどう聞いても敬意は感じさせない。

 むしろ皮肉めいたモノの意味合いの方が強く感じられる。

 そしてその態度は、あまりにもシュタインにとっては許せないモノだったらしい。


「どうやら、まだ反省していなかった様だなっっ!! 

使用人っ、コイツを捕らえよッッ!!」


 床へ尻もちをついたままの彼は、そんな体勢からハーティアを思い切り指差す。

 まるで前回の焼き直しの様な流れ。

 そしてそんな王族の指令に使用人が……答えない。


「おい、何をしている!さっさと……」


「あちらのお客さんを拘束、して頂けるかしら?」


「承知致しました」


 このパーティーホールだけで、数十人もいる使用人。

 その誰もが、シュタイン王子の言う事は聞かず。

 ただ一言告げたハーティアの手足となり、


「おいっ、やめっ……誰をっ、捕まえているッッ!!」


 結果彼の方が拘束されるハメになった。

 あの時のハーティアの様に彼も、もちろん暴れる。

 だが王族の男子よりも、力仕事をこなす使用人の方が強いのは当たり前だ。

 

「腕がっ、折れっ」


「大丈夫、そんな簡単に人間の腕は折れませんわ」


「痛っ……やめっ!!あがっっ!?」


 それに不審者を制圧する術も、衛兵ほどではないが多少は身につけている。

 完全に極まった状態の腕は、暴れるたびにミシリと嫌な音を鳴り響かせるのだ。


「ああ、でもあまり暴れた場合の保証までは出来ませんが」


 そう言われては、シュタインもそれ以上の動きは出来ず。

 流石に折ってまで抜け出す、そんな選択肢を取れるほど彼の心は強くない。

 そもそもそんなモノを選ぶのは、狂人だけだろうが。


「私にっ、何を……求める?謝罪……か?」


「いえいえ、それには及びません」


「……は?」


 彼が導き出した答えが一蹴され、ポカンとした表情になってしまう。

 だったら何を……?と思考を必死に回転させる彼の耳に、聞き馴染みのある声が入ってくる。


「シュタインさまっっ!!」


「セーラ!」


 オレンジ色の爽やかなドレスを身につけ、それを振り乱すかの様な体勢で駆けてきたのはセーラ。

 今回の婚約破棄の原因となった、『最大の原因』である。

 そのまま地面に倒された彼に近づこうとするが、それは壁となった使用人によって敵わない。


「セーラさん?随分と、取り乱した様子ですがいかがしました?」


「ハーティア……さん。どうしてっ、こんなっ事をっ!」


 あの時ぶりに相対する2人。

 未だに猫を被ろうとする彼女に、テンション高く楽しんでいたハーティアも一瞬で熱が冷める。

 そうして近づいていき、その耳元で、


「貴方の……せいでしょう?」


「〜〜っっ!? ……言っている意味がっ、分かりません。

……もしかしてっ、嫉妬してたんですか?」


 囁くも、シラを切り続けるだけ。

 そしてもうハーティアは……諦めた。

 

 ああ、コイツには……手心加えなくて良いな、と。


「安心して下さいな、セーラさん。

シュタイン様には、興味はありません」



「ですが、貴方は少し可哀想ですよね?」


「……えっ」


「いえ……ね?貴方は、このままですと結婚先が良い場所がないでしょう。

ですから、お詫びとして用意しましたの」


「それは……」


 きっとセーラも少し思っていただろう。

 それに、恨みでこのパーティーの後、どんな目に遭わされるかも分からない。

 だからこそここで一か八か、シュタインを助けようとしたのだから。

 けれども彼女の言いなりで表向きは従順に、婚姻で誰かの傘に入れるならば今後ちょっかいをかけられなくて済むし、将来も安泰……そう考えた。


「オーラク子爵、来て頂けるかしら」


「なっっ」


 だがそれも、相手として呼ばれた男の名で全て吹き飛んだ。


「ぶひひっ、お呼びですか?ハーティア様」


 現れたのはでっぷりと脂肪を体に蓄えた、縦にも横にも大きな男。

 スーツはミシミシ音を立てており、今にもボタンが弾け飛びそうなほど。

 大昔に存在したオークを彷彿とさせるそんな男が、彼女の呼びかけによって参上する。


「ええ、約束通り紹介させていただくわ。

彼女が私の友人、セーラ・ド・ラ・マイヤーよ、お気に召したかしら?」


「ぶひひっ、もちろんですともっ!

私の9番目の妻に相応しい、素晴らすぃぃぃ女性っ!」


「ひぃっっ!!」


 オーラク子爵、この国の貴族の中で一番と言われるほどの好色家として知られる男。

 子はもう四十を超えるが、今だに増え続けるほど。

 そんな彼は鼻息荒く、震えるほど拳を握りしめながら彼女を見つめていた。


「しっ、失礼ですが、勝手に決めないでもらえますか!

私はお断り……」


「あら?ただ、もう決まってしまっていますよ。

ですよね?……マイヤー男爵」


 再び行われたハーティアによる呼びかけ。

 その対象となった人間はもう、呼ばれる事を予期して近くまで来ていた。

 全て受け入れた表情で現れた男と、その横の女性。

 その正体を、セーラは一番よく知っている。


「お父様!?それにお母様も……なんでっ!?」



「……受け入れろ、セーラ。

そもそも、貴族家で政略結婚など珍しくないだろう」


「そうよ、セーラ。

男爵家じゃ、王族の側室にもなれないのだから」


 出会い頭に諭すのは、セーラの父母。

 けれども、彼女が求めた答えとは違った。

 だからこそ、キッッと睨む目を向ける先は、


「ひぃいい……って言った方がいいかしら?」



「なぜ貴方が売られたのか、分からないわよね。

最近下々の間で流行っている、フライドポテトという料理をご存知かしら?」


「フライド……ポテト?」


 何を言っているのか分からない、そんな思いが感じられる様な小さな呟き。

 

「貴方方の領地の特産物であるじゃがいもを使った料理なのだけど、これにはバタイユ領の油が必要不可欠なの」


「……あっ」


「貴方の身勝手な行動の詫びをするために、マイヤー家は随分と貯蓄を吐き出してしまったらしいの。

そこに降って湧いたジャガイモの特需、これを逃したら……家は一体どうなってしまうのでしょうね」


「私の価値が……じゃがいもっ、以下?」


「そうよ、貴方が子どもの頃から食べていただろうモノでしょう?それに……」


 その交換条件を知って、地面へと膝を付いてしまう彼女。

 今まで必死に磨き上げてきた美しさも、全て一瞬で水の泡となってしまったのだから無理もない。

 

 そんな絶望の谷へと落ちて行く最中の彼女の元へと近づいていき、


「ひっっ、なっなに!?」


 ハーティアは顔をガシッと掴む。

 慰め?そんな訳がなかった。



「バタイユ家をコケにした罪、しっかりと……受けて貰うわよ?」


「あっ……ぁあああああああああ!!!」


 

 ピキリと、心が折れた音はこの場を見ていた誰もが聞こえただろう。

 例え耳が聞こえなくても、彼女の姿を見れば。


 彼女は物心ついた時から知っていたはず、でもあの瞬間だけは忘れていたのだ。


 貴族は生まれながらにして特権階級。

 平民とは隔絶した権利を持つ。


 だが同じ貴族でも、決して平等では……無いのだから。



「…わ、私たちルイス王家の方が上では無いのか?

であれば、そんな婚約止めさせてもらおう」


「シ、シュタインさま……」


 それは先ほどまで黙っていた彼からの物言い。

 この問題は、バタイユ家が上の立場を使って脅した事によるスタートでもある。

 だからその上の王家が口出しするのであれば、止める事は不可能では無い。

 だが……


「シュタイン様、貴方の地位は今何によって守られていると思っているのですか?」


「……何だと?」


「貴方の今の地位は、バタイユ家が後援して王位が一番近いからこそ、皆が従っていたのです」



「バタイユ家は、シュタイン・ド・ルイスの支援を降りますので」


「なっっっ!?」


「王になれない貴方とバタイユ家の次期当主の私。

今現在、一体どちらの地位が上だと思いますか?」


 彼はもう、口をパクパクと動かす事しか出来ない。

 

 バタイユ家がシュタインの支援を止める。


 それはもうセーラだけではなく、彼の未来まで奪われたのと同義なのだから。

 王になれない王族など厄介者でしかなく、万が一王に何かあった際のために幽閉生活を送るだけの存在なのだから。

 これだけ女性関係でやらかした王族ならば尚更である。


 セーラはもう、期待を辞めた様だ。

 もう、彼には頼れないと気づいてしまったから。


「あら、セーラさんは気分が優れない様ですわね。

オーラク子爵、未来の夫として送って頂けるかしら?

防音が施された寝室まで……ね?」


「ハーティア様の細やかな気遣いに最上級の感謝を」


 その巨体に似合わない丁寧で優雅な挨拶。

 そうして床に崩れ落ちたセーラをお姫様抱っこして、持ち上げる。


「……オーラク子爵、娘を頼みます」


「ええ、もちろんです。

私は贔屓せず、全員に愛を注ぎますゆえ!」


 オーラク子爵は、愛妻家としても知られていた。

 そして妻からも、しばらく見ないうちにラブラブになっている所が目撃されている。

 それも……夜の技術が凄いから、らしいが。


 もうセーラも暴れることはしなかった。

 きっとあの時のハーティアの様に、一刻も早くここから去りたい、そんな気持ちもあった事だろう。

 そうして会場中の視線を受けながら、2人は去っていったのだ。



「さて……」


 ひと段落ついたハーティアの復讐。

 その言葉と共に涙で床を濡らすシュタインを一瞥するが、すぐに興味を失った様に視線を元に戻す。


「もういいわ。帰るから、扉を開けて頂戴」


「……はっ、かしこまりましたっ!」


 そして司会から合図がなされ、彼女が入ってきた扉がゆっくりと開く。

 ハーティアはゆっくりと、会場を横断する様に中央を優雅に歩いて行く。



 その誰も侵そうと思わない様な、ある種神秘的な光景。



 それに対してどこからともなく、1人だけから拍手が贈られる。

 ……いや、その正体を会場にいる貴族ならば誰もが知っていた。


 アドウィン・ド・ルイス


 王位継承戦では、もう脱落筆頭と言われていた彼だ。

 そんな彼は満面の笑みを浮かべて、大きな拍手を贈っていた。

 

 確かに彼もこの場の状況を、完璧には飲み込めていない。

 だが唯一確かなのは、王位に一番近いと言われていたシュタインが勝手に落ちていったという事実。

 自分にもツキが回ってきた、それを確信させるのが今日の出来事だったのだ。


 だからこそ、一番に拍手を贈ったのだ。

 

 そうして王子が真っ先にそんな事をしたならば、他の者もただ見送るなんて事は出来ない。

 今のルイス王家に恨まれる恐怖を、バタイユ家に目をつけられる恐怖が上回ってしまったというのもある。



 フィエルメ派閥、アドウィン派閥、シュタイン……改め、バタイユ派閥。

 ハーティアの上の世代も、同い年も、下の世代も……メイクの弟子達も。

 

 全員が揃って畏怖を滲ませた瞳を浮かべ、万雷の拍手が巻き起こる。



 彼女があの屈辱を受けた時、その拍手とは比べモノにならない大きさ。

 だがハーティアが表情を変える事はない。

 それを当然であると言う様に、享受し……パーティーが行われたホールを後にしたのだった。



 そうしてハーティアが去るやいなや、ザワザワと討論が繰り広げられるその部屋。

 だからこそ、そこから去る1人分の人影の存在なんて誰も……知らない。



「……キース」


「あれ?幻影はまだ、解いてないはずだけど」


「雰囲気で分かるわよ、歩き方とかで」


「そっか」


 等間隔に置かれたランプが廊下を薄暗く照らす。

 そこには、ドレスを着た侯爵家お嬢様と使用人の格好をした平民の男、その2人だけ。

 隔絶した距離の立場だが、互いに取り繕わない喋り方。

 

 二人はそんな事を気にする様な仲ではないのだから。

 

「……復讐って、案外つまらないのね」


「まあ、そんなもんじゃない?」


「あら、冷たいじゃない。

侯爵家の力で、しょっぴいてしまおうかしら」


「お〜、怖い怖い……」


 もちろん、互いに戯れあっているだけ。

 こんな場所で本気で喧嘩する訳もないのだ。



「じゃあ、そろそろこっちはお暇しようかな」


「……ええ、気をつけて」


 バタイユ侯爵家の警備は決して軽くはない。

 だが、彼にとってはそこまで難しい話でもなかった


「じゃあ」


「お疲れ様……最高の、仕事だったわ」


 

 互いに視線を送らずに、男は右手の甲で、女は左手の甲でロータッチをする。

 

 そして男は廊下を右へ、女は左へ。

 互いに交わる事のない目的地。


 窓に嵌められた大きなガラス越しに差し込む月光が、二人を別つ。

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