蝋燭は燃え尽きる瞬間に一番輝く
「太陽が空に3つ浮かんでいるかと思った」
この婚約パーティーを訪れたある貴族。
その人間は、自身の日記へ会場に入った瞬間の目が眩むほどの光景をそう記した。
そしてそれを、虚偽であると言わせないぐらい巨大なシャンデリア。
加えて壁際に置かれた無数のランプ。
それらが人類の根源に刻まれた暗闇という恐怖を、影も形も残さないほどに眩く照らす。
会場に置かれたステージからは、優雅なバイオリンを基調とした旋律が鳴り響く。
それは平民であれば、一生に一度は行きたいと願う『王都立楽団』。
だがこの会場では耳を傾けるモノも少なく、ただのBGMとしての役割を果たしていた。
彼らの嗅覚と味覚を支配するのは、テーブル上の料理達。
世にも珍しき七色の羽を持つ鳥の丸焼き、一口で漁船を別つ巨大魚がメインディッシュに、脇を固めるのはこの国でも名の売れたシェフが振るう逸品たち。
大陸最大の国とはいえど、ここまで各地の珍味を集めるなど、どれだけの財力があれば良いか想像もつかない。
そんな代物を皿に取り分け、彼らは談笑しながらカトラリーを動かすのだ。
自身の貴族家の威信を掛けた、最上級のドレスやスーツを身に纏って。
大陸一の大国、ルイス王国で最も財を所持している大貴族……バタイユ家。
その家が主催する……跡継ぎの婚約パーティー。
この場には人類の五感を刺激するために磨かれた技術、その最先端が集まっていた。
貴き血が流れる集団は、それを当然の権利かの様に消費していくのだ。
平民が見たならば、文句の一つ……では済まず、再び反乱が起きてもおかしくない。
だがそれを伝える存在は、もういないのだ。
サマヨエル活動、その突然の休止は、民衆の心を徐々に冷ましていく結果を呼んだ。
そして幼い頃から刻まれた、貴族への恐怖も共にぶり返す羽目に。
だから平民は、黙って今の状況を享受するしかない。
知らず知らずのうちに、富が消費される毎日を過ごすしかないのだった。
そんな煌びやかな表面。
会場の中央で、談笑する若い女性たち。
特徴なのは、全員が大人びた絶世の美女という事だろう。
そのメイクの共通点から考えるに、全員が同じ師匠から学んだのは容易に想像出来る。
同じ様な境遇の彼女たちは話が弾む様で、明るい声が飛び交う。
逆に居心地悪そうにしているのは第二王子アドウィンだろうか。
派閥のメンバー、そのほとんどをバタイユ家に奪われた彼。
同じ王族の婚姻という事で参加はしたものの、それが成るという事は自身の敗北を指す。
そのため苦々しい表情を浮かべており、料理にも手が向いていない様子。
もちろんフィエルメ派閥からも、参加者はいる。
……ただ、本人は参加していない。
それは何故か?前線が、荒れているからである。
確かに本来であれば兄弟であるのだし、この婚約パーティーに出席するだろう。
仲もそこまで悪くないのだから。
そもそも、王族は国の存亡の危機でも無ければ前線に行かないのだが。
ただ今回に関しては、話が別。
2カ国連合、それもかなりの規模で侵略に乗り出してきたのだ。
そうなってしまっては、大国のルイス王国と言えど簡単にいなす、というのは難しい。
そして王位継承戦において、かなり不利になってしまっていた。
それはサマヨエルの影響もあるが、一番はハーティアの手回しだ。
彼女の派閥の女性、その嫁ぎ先はフィエルメ陣営でもかなり高位に就いていた。
そこを引き抜かれたのだから、組織としてもガタついてしまう。
もし逆転があるのであれば、国軍派閥なのだから実力をまずは示すしかない。
結果、婚約パーティーへの出席ではなく、前線で戦う事を選んだのだった。
代理として出席しているのは、アンドレ侯爵家。
フィエルメが王になった暁には宰相に任ぜられる、というバタイユ家と同じ様な立場の家。
その嫡男が、このパーティーには参加していた。
代理ではあるものの、実質的にフィエルメ陣営の代表を背負っている事となる。
そしてそんな状況で、今から自陣営の敗北が決まる瞬間を目の前で見せられるのだから、ギリっ……と歯を強く噛み締めてしまうのも無理はないだろう。
そんな冴えない顔をした二陣営。
であれば、勝利が実質的に決まった彼はどうだろうか。
この場で唯一、白いタキシードを身に纏った男。
彼の名はシュタイン・ド・ルイス、このパーティーの主役の1人である。
最近では表舞台に出ていなかった彼だが、今も甘いマスクと黄金に輝く髪は参加者の記憶の中と変わらない。
そんな彼の周りには、王となる彼のお零れに少しでも預かろうとした取り巻きたちが、分厚い壁となるぐらいに集まっていた。
だからこそ彼の、困惑と……僅かに漏れ出た恐怖の感情を、誰も感じ取れやしない。
間違いなくこの年で最大で完璧なパーティー。
だが、まだ欠けている部分はあったのだ。
それは主役の片割れである、今も姿を見せていない女性。
彼女についての話題が、この会場だと1番のトピック。
どんな表情で……そして、どんな姿をして出てくるのか。
誰もが気にしてしまう。
「会場の皆様、お待たせ致しました!
ハーティア・ド・ラ・バタイユ様の、登場です!
皆様拍手で、お出迎えくださいませ!」
そんな会場に僅かな静けさが訪れたのは、この空間に響く司会の声を聞いてからの事。
その内容は、彼らの待ち侘びる存在の登場を告げるモノだったのだから。
ギィィ……ッと扉が軋む音が妙に鳴り響く。
扉の向こうは、この空間と比べてしまうと薄暗い。
まるで教会が主張する地獄にでも続いているのか、そう思ってしまうほどの落差があった。
コツン……コツン……
そしてそんな扉の向こうから、大理石を踏みつける高い音を鳴らして迫ってくる存在。
潜り抜けて体を晒した瞬間、見る者は会場中の光が彼女を照らしたかの様な錯覚に襲われた。
はらりと彼女の顔を守って垂れているのは、白銀のベールの様な長い髪。
そこからチラリと覗かせるのは、誰にも侵される事のない新雪の様な素肌。
そして、目を合わせたものを凍てつかせるほど冷たい切れ長の瞳。
古い時代に伝わる目を合わせるだけで石化させるモンスター、それに匹敵するほどのパワーを感じられた。
その美しさには、性別問わずに手を伸ばしたくなってしまうほどの魅力が詰まっていた。
けれども、そんな事は叶わない。
白銀の髪色に合わせた様な色のドレス、そこには雪の結晶を模した衣装が施されている。
だからこそきっと手を伸ばしたならば、あまりの冷たさに指を火傷してしまう、そんな幻覚を見てしまう。
あのドレスにどれだけの価値があるのか、目の肥えた貴族達でも勘定できない。
けれども唯一分かるのは、あれを身につけても魅力が溢れ出してしまう女性はきっと……大陸に1人だけという事だけだった。
そうして、そんな姿を見せられてしまっては醜くドロドロとした感情も漏れ出てしまう。
あの女性を好きに出来る存在が、この空間に1人だけ存在するのだから。
ただ姿を表しただけで、会場の空気を一変させた女性……ハーティア・ド・ラ・バタイユ。
……あの扉がもし、地獄に繋がっているならば。
その先から姿を表した彼女の正体は、きっと………悪魔だろう。
遅ればせながら会場へ登場したハーティア・ド・ラ・バタイユ。
その姿から放たれる一挙手一投足は、この場の視線を否が応にも集めてしまう。
そして彼女が一直線に向かう先、そこに集まった人間達は貼り付けた様な愛想笑いを浮かべながら、距離を取っていく。
辿り着いたその場所にはもう、1人だけしか残っていない。
オロオロと居心地悪そうに視線を行ったり来たりさせる男、シュタイン・ド・ルイスだけ。
そうして久しぶりに相対する2人。
そこでの会話は、
「や……やあ、ハーティア久しぶり。
げ、元気にしていたかい?」
「ええ、お久しぶりですシュタイン様。
はい、病気などもなく至って健康でしてよ」
この空気に耐えられなくなった彼から始まった。
続く様にする会話は当たり障りのないもの。
会っていない間何をしていたのか、何故婚約をしてくれたのか、であったりの核心となる部分までは、流石の彼も恐怖を感じるのか触れられず。
引き攣った様な笑顔を浮かべて、紫の扇子で口元を隠した彼女の反応を窺うしかできない。
そうしてパタンと閉じられ、役割を終えた様に懐へと仕舞われる。
もう隠す事は何もない、とでも言うかの様に。
「あらシュタイン様、何か緊張されているのでしょうか?」
「い、いや、そんな事はない!
ただ久しぶりに会ったから、何を話せばいいか分からなくてだな」
「ふふっ、そうなんですね」
「……ハーティア?」
なんとも痛いとこを疲れて慌てた様子だったシュタイン。
だが彼女の笑い声を聞いて、体の動きがピタッと止まる。
それは柔らかく、彼の聞いた事のない声だった。
「私は感謝しているのですよ?」
「感……謝?」
と言われても全く心当たりはない、そう言わんばかりの表情を浮かべるシュタイン。
だがそんな彼の顔をまっすぐ見つめるハーティア。
「傲慢だった当時の私が、自身を見つめ直す機会を手に入れる事が出来たのですから」
「あれから、シュタイン様の事を考えない日はありませんでしたわ。
どうしたら、再び婚約出来るのかと……」
「ハーティア……」
学園では女王であった彼女らしからぬ、しおらしい仕草。
その姿を見て彼女の心境を察したのだろう、彼は呟く様に未来のパートナーとなる相手の名前を呼ぶ。
「夢は、叶いましたわっ!」
「〜〜ッッッ!ハーティアッッ!!」
登場した時から、分厚い氷を張っていたような彼女。
だがその言葉と共に漏れ出た笑顔は、冬の雪解けと共に土から花が芽吹く様なモノだった。
そこまで思ってくれていた、彼は今までに感じた事のない胸に高鳴りに襲われる。
そして感極まった彼は、瞳を少し潤ませながら彼女へと駆け出していく。
きっとその先には、幸せな生活が待っていると信じて……
そんなものは、無いのだが。
もう手が届くという距離まで来ていたはずの彼の姿は、突如として消えた。
それは……地面へと崩れ落ちたからである。
そしてこの光景を見ていた者なら分かるだろう、何故倒れたのかを。
振り切られたハーティアの右足、地面で呻きながら脛を押さえる彼。
響き渡ったただのブーツでは説明できない、鈍い衝突音を。
それもそのはず、これはただの真っ黒な革製ブーツではなく、鉄板の入った代物なのだから。
そんな突然の凶行に及んだ彼女は、再び被った冷たい仮面越しに倒れた彼を一瞥し、今度は自身の手元へと視線を送る。
白くて長い指に巻き付いていた婚約を証明する銀製のリング、それを抜き取ると、
カラン……ガンッッッ!!
床へ落とされたそれは勢いよく踏みつけられた。
それだけでは終わらず、グリグリと念入りに踏み躙られた。
国の第一王子が用意した、幾らするかも分からない婚約指輪。
それは大理石と擦れ合った事で無数の傷が付き、汚れ、価値を……なくした。
「なに……を?」
突然変化する状況に追いつけないシュタイン。
あの表情は嘘だったのか、と言わんばかりの常に訴えかける様な表情。
「この行為が意味するのは、1つしかないでしょう?
貴方もきっと、心の奥底ではもう……気づいているでしょうに」
ハーティアの氷の要塞、それは彼が思った様な春の訪れで溶けた訳ではない。
標的を目の前にして、心の奥底にずっと秘めていた……煮えたぎった怒りが溢れ出してしまったからだ。
氷の蓋などではもう……収まらない。
「貴方が、先にやったんですから」
シュタインの脳は、この瞬間に人生で一番働いた事だろう。
とはいっても、その解が良いモノとは……限らないが。
今にも倒れそうな程に青ざめたシュタイン・ド・ルイス。
ハーティア・ド・ラ・バタイユは正反対に、高揚感からか頰を紅潮させていく。
待ちに待った、瞬間が……訪れるのだから。
「私、ハーティア・ド・ラ・バタイユは、シュタイン・ド・ルイスとの婚約破棄を宣言するッッッ!!
……貴方が言ったのは、こんな感じだったかしら?」




