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『完結』婚約破棄令嬢 家柄……今は× 資金……今は× スパイ適正……◎ 〜家を追い出された令嬢が敵国のスパイと手を組み、破壊工作で祖国を滅ぼすまで〜  作者: お汁粉パンチ
バタイユ家の侵略編

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45/50

旧交を冷やして

「久しぶりね、サミースさん」


「え、ええ。ハーティア……様」


 喫茶店の奥に用意された、高位の者だけが使える個室。

 外部からの盗聴を許さないそこで、テーブルを囲む女性2人。


 銀髪の彼女は微笑みながら自然体で、カップを口元へ運ぶ。

 そんな姿を口元を引き攣らせたサミースと呼ばれた紫髪の女性が見守っていた。


 2人は会話にある様に旧知の仲。

 それもハーティアにとって、フィエルメやカーミラの様な顔見知りというだけの関係ではない。

 彼女が学生時代の派閥、その中の1人であった。


 なのにも関わらず、ただ話しているだけで緊張しているサミース。

 けれど、それも無理はない、



「でも、いい気味だよね〜」


「ちょっと、声でかいよ!」


「ええ〜、別にいいじゃ〜ん。

無礼講なんだし〜」



 ハーティアが、王子シュタインによって婚約破棄されたあの夜。

 そんな煽りをしてしまった張本人なのだから。

 あの時一夜経った際には、酒が入っていたとはいえとんでもない事を言ってしまった……と青ざめていた。

 だがバタイユ家を追い出されたと聞いて、ホッと胸を撫で下ろしたのだ。

 

 けれども、今ハーティアは……ハーティア・ド・ラ・バタイユは、目の前にいた。

 噂を頼りにすれば、ただ一時的に表舞台から去っていただけという。


 どう考えてもまずい状況に、ずっと胃をキリキリさせていたのだ。

 ハーティアの手紙が届いた際には、あまりのストレスに卒倒してしまうほど。


 これから行われるのは断罪。


 サミースもそう思ってしまっては、素晴らしい風味の紅茶も味を感じられない。

 どうにか目の前の彼女の興を削がない様に、貼り付けた様な愛想笑いを浮かべるしか出来なかったのだ。

 


「そっ、それで、本日はどんなご用です……か?」


「あら、雑談から入ろうかと思っていたのだけど。

いきなり本題が良かったかしら?」


 その答えに対して、サミースは体をビクンと跳ねさしてしまう。

 だが、じっくりと火で炙られる様なこの状況は、覚悟していたとしてもあまりに辛かった。

 そうして最後には諦めた様に、コクンと静かに頷くのだ。


「そうね、貴方も決して暇では無いでしょうし。

……サミースさんは、ラミリオン伯爵との関係はどうかしら?」


「……何故でしょう?」


 構えてたモノとは全く違う質問に、彼女は少し力が抜けてしまう。

 だがすぐに先ほど……いや、それ以上の緊張感が体を支配する。

 復讐として幸せならばそこを破壊しよう、そう考える可能性もあるのだから。


「これから話す事に重要なのよ。

それで……どうかしら?」


 その小首を傾げる仕草。

 友人に向ける笑み、そんな貴族の仮面を被った彼女。

 そんなあちらの心境は未だに窺い知れず。

 

 サミースの方は、ドレスの中で浮き出た汗がたらりと伝い……落ちていく。

 きっとこちらの動揺は知られている、そう考えながら言葉を選ぶ。


「夫婦仲は……悪くない、かと。

彼も日頃から、贈り物をっしてくれますので……」


 そう言いきったが、その瞬間……頭を抱えたくなった。

 

 これではどう考えても、婚約破棄されたハーティアへの当てつけだ。


 彼女が現在婚約していないというのは、今回出会う前の調査で分かっている。

 なのにも関わらず、サミースは馬鹿正直に今の状況を話してしまったのだから。


 絶対に見たくない相手の顔。

 だが一瞬逸らしてしまった顔も、ずっとそのままではあまりに失礼。

 そうして恐る恐る顔を上げ、あちらの様子を窺うと……


「あら、それは良かったわね。おめでとう」


 何も気にしていない、そんな様子だった。

 それにはサミースも胸を撫で下ろすが、まだ肝心な事は解決していない。

 雑談でもないのにその質問をしてくる理由は、判明していないのだから。

 だから静かにして続きを待つが、



「私から……バタイユ家から求めるのは1つだけ。

ラミリオン伯爵家を、バタイユ家陣営に引き込めるかしら?」


 

 その求めには、耳を疑ったのだ。


「まさか……アドウィン様の陣営から、引き抜く気ですか?」


「まあ、そういう事になるわね」


 事も無げに言うが、それはとんでもない要求なのだから。

 そもそも、


「私にそこまでの権限はっ、ありません……」


 伯爵家の正妻といえど、嫁ぎ先なのだからそこまでは出来ない。

 下手をすれば、バタイユ家からラミリオン伯爵家を崩壊させるために送られた刺客、そう処理される可能性もあるのだから。

 いくら今まで世話になり、サミース側に過失があったとしても、そこまでの橋は渡れなかった。


 だが、もちろんハーティアは承知の上で、この話を持ってきている。


「あら。ラミリオン伯爵から貴方へは、深い愛が向けられていると聞くけど?」


「………」


「であれば、貴方が唆したら動かせるのではなくて?」


 サミースは、そう言われて頭の中で想像する。



 そして……きっと、やってくれると思ってしまった。

 彼にこうしなければ、旧友との関係が悪くなってしまう、そう説得すれば成功するだろうとも。


「……申し訳ありませんが」


 確かに、彼の愛を少し暑苦しいと思う事もある。

 だが、決して彼女も嫌ではなかった。

 その気持ちを利用するのを躊躇うほどには。


「です……か」


「………」


 少しトーンの下がった、冷たい言葉がハーティアの口から漏れる。

 その圧は今にも喜んで、っと返してしまいそうになるほど。

 

 そんな互いが沈黙する時間。

 それを割って入ってきたのは、ハーティアが手元の鞄から取り出した……1冊の本だった。


「これは?」


「一旦、軽く見てもらえるかしら」


 説明するより見てもらったほうがいい、と言う様に差し出された本。

 サミースはそれを手に取ると、パラパラページを捲っていく。

 そして1分も経たずに気がついた。

 内容は彼女も良く知るところ、


「メイクの指南書、でしょうか」


「ええ、そうよ」


 そんな代物だったのだから。

 1つ1つのページを読んでも、サミースが学んだ事を全て書かれている。

 なんだったら、それ以上に深く彼女も参考になる内容だった。


「これを出版しようと思うの」


「ええ、それはいい考えかと思います」


「……分からないかしら?」


「………?」


 そう聞かれても、サミースは全くピンときていない様で首を傾げた。

 確かに子爵の3女という立ち位置から、伯爵家嫡男を射止めたのはメイク技術が大きい、そう心の底から思っている。

 だからそれを売るというのは珍しくはあるな、それぐらいしか彼女は思っていなかった。


「この本は、かなりの数刷ろうと思っているの」


「はい、きっと売れるでしょうね」


 貴き血というのは、平民の成り上がり者からは人気であっても、同じ貴族ではアドバンテージとはならない。

 あくまで、スタートラインに立っただけに過ぎないのだから。

 そんな彼女を引き上げたメイク技術。

 お世辞でもなんでもなく、商売に詳しくない彼女でも売れる事を確信できた。


「そうなったら、きっと貴族以外の民の者にも……私のメイク技術は広まるでしょうね」


「ええ、実績も私以外にありますし…………あっ」


「気づいたかしら?」


 いくら鈍かった彼女も、ここまで言われては気づいてしまう。

 ハーティアのメイク技術の拡散、それは民の美しさのレベルが1つ上がることを意味する。

 そして……必死に学んだアドバンテージが、失われる事も。


「なっ……な……な」


 その恐ろしい事態に、サミースは言葉を失う。


 美しすぎる顔、そして……ワンパターンなそれの氾濫。

 

 それの未来の呼び名、ある世界では……量産型と呼ばれる。


「貴方の夫は、サミースさんの美しい顔に惹かれたのではなくて?」


「………」


「その場合、このメイク技術を学んだ平民を……きっと側室や妾として娶ってしまうかもしれませんわね。

そうなったら、貴方はこの幸せな生活を……どうやって続けていくのでしょう?」


 ガタッッ


 その物言いには、サミースも勢い良く立ち上がってしまった。

 

 だが全く取り乱した様子のないハーティア。

 その冷たい眼は、その心中を覗く様に静かに向けられたまま。

 だからヨロヨロと、彼女は倒れ込む様に背もたれへ体を預けるしか出来なかった。


「ちなみに、これはまだ私の一存で差し止められるの」


「………」


「協力、していただけるかしら?」


「………はい」


 ハーティアの差し出した手には、弱々しい彼女の手が添えられた。

 こうして秘密裏に、契約は成ったのである。



 そうしてこの結果に満足した様に、ハーティアは紅茶を飲み干す。

 対照的と言ってもいい、今も時が止まったかの様に座ったままのサミース。

 そんな彼女を見ながら、帰宅の準備を始めたハーティアは立ち上がる。


 椅子を引く音で我に返ったサミースは、やっとこの場が解散になる……と内心ホッとしていた。

 だがそんな首元を、スーッと指が駆け抜けていくのだ。


「ひゃっっ!……なっ、何を?」


 その学生時代ぐらいしか受けたことのないイタズラ。

 だがそんな困惑の感情も、


「協力してくれたら、忘れてあげる。

あの時の事を……ね?」


「〜〜〜っっっ!?!?」


 背筋を走っていった悪寒と一緒に、消えていった。

 

 覚え……てたの?


 

 その瞬間サミースは思い知った。

 あの日の出来事は一生消えないという事を。

 もう私は……一生言いなりにしかなれないという事を。


 

 そうして項垂れる彼女を残して、ハーティアは店から去っていったのだった。







 その後、暫くしてルイス王の崩御が発表された。

 荒れた国を憂いた心労による、持病の悪化だったそうだ。

 

 こうして王位継承戦は、最終局面へと移っていく。

明日から、最終章が一話ずつ公開されていきます。

ぜひ最後までよろしくお願いします!

それとブックマークや評価などもいただけると嬉しいです!

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