風詠み
「ごほっごほっ」
「おいっ、大丈夫か!
「あっ、ああ大丈夫。
ちょっと、煙が喉に入ってだな……」
「お前は、サマヨエルっ!?」
「いや違っ、というかお前がサマヨエルじゃないか!!」
夜風に誘われて消えていく白煙。
そうして再び現れた月明かりが照らす世界。
だが人間にとっては、それだけだと頼りない。
だからこそ人工的な松明やランプといった明かりが、この場を支配していた。
それは、まるでイルミネーションの様な幻想的で、非日常的な空間を作り出していた。
その部分の画だけ切り取れば、デートスポットの広告として使えるかもしれない。
だが……
同じ顔を貼り付けた人間が数百名、そして互いに殴り合っている最中。
そんな場所でデートをしようと思うカップルはこの世に存在しないだろう。
あまりに気味が悪い光景で、仕掛けた側の俺も頰が引き攣ってしまう。
幻影によって衛兵達に貼り付けられたのはサマヨエルの顔。
だから彼らは、とりあえず目の前にいる容疑者を捕まえるのだ。
ただ中身は……衛兵や一般市民だけど。
「おいっ、俺はラドンッ!衛兵だぞ!!」
「俺はっ、サマヨエルじゃねぇぞ!?!?
「さっさと手を離しやがれ!!」
「そっちこそ!!」
体を、服をの引っ張り合い。
暴れる相手に対して殴ってしまえば、もうおしまい。
真実がどうであれ、殴り合いは終わらなくなってしまうのだ。
もちろんそんな状態であれば、追跡など出来るはずもなく。
という訳で俺はコッソリと、スタコラサッサと……
「どこへ行く気だ?」
動き出そうとした足がピタリと止まってしまう。
そしてキョロキョロと辺りを見渡すも、そもそも近くには誰もいない。
遠くにはサマヨエルの顔を貼り付けられた人達がいるけども、彼らでは無いだろう。
そもそも声は耳元で聞こえたんだから。
ただ幻聴にしては、ハッキリし過ぎていた様な……?
そうしてふと空を見上げた。
空に浮かんだ、欠けのない月。
そんな光景をバックに、何かが浮かんでいたのだ。
見間違いかと思って、目を擦るもそれは消えない。
それどころか、段々と大きくなっていっている?
いや、大きくなってる訳じゃない……。
近づいて、来てるんだ。
迫り来る真っ赤な流星、体は無意識に大きくバックステップを選択した。
バキンッッッッッ!!
その流星は地面へ勢いよく突き刺さり、石畳の破片を辺り一面に巻き上げたのだ。
「ごほっ、ごほっ」
舞い上がった粉塵。
それはまるで煙玉の様に、街を灰色がかった煙で覆い隠す。
だが、これは決して隕石などの自然現象なんかじゃない。
粉塵が場を支配する前に見たのだ、中央に立つ人間を。
その煙は簡単に消えないと思っていたが、道を駆け抜ける突風によって攫われていったのだ。
そして腕を真横に伸ばした状態で現れたのは、1人の赤毛の女性。
戦場といっても差し支えない場所にも関わらず、肌を惜しげもなく露出した真っ赤なドレス姿。
この場にはそぐわない格好ではある。
でもそれを纏った人間は、ルイス王国内……いや大陸で一番戦場が相応しい人間だろう。
「ごきげんよう、サマヨエル殿?」
フィエルメ・ド・ルイス
大陸一の風魔法の使い手にして、この国の第一王女。
そして唯一と言っても良い……こちらの正体に勘付いている可能性がある人間だった。
戦う、という選択肢はない。
そもそも幻影系統に直接的な攻撃魔法はないために、こうやって回りくどい策略をしていたのだし。
かたや、あちらは万能の風属性。
戦闘も索敵も、先ほどの声を届けてきたのを鑑みるに情報伝達もこなせる様だ。
……どう考えても分が悪い。
というか、幻影の戦闘力が低すぎる!
こんなところで、弱点を再度実感するとは……最悪。
ただ地面に降り立った彼女だけども、何故か攻撃をしてこない。
いや、一応最初のは奇襲だったけども、それ以降はこちらを窺う様に様子見。
……まさか、攻撃がない事を知らなかったりして。
……でも可能性はあるか。
試しに指を動かしてみると、
ピクッ
あちらはしっかりと反応してきている。
こちらの一挙手一投足を警戒しているのは間違いないみたいだ。
確かに光属性の攻撃魔法は、光線系統。
その光速の攻撃は、きっとこの街に甚大な被害を及ぼすだろう。
だから奇襲で仕留められなかった今、見合うしかないといった感じ?
……まあ、使えないんですけどね〜。
正確には、回復魔法のようにかなり弱いモノは使える。
だがその威力を例えるなら虫眼鏡で太陽の光を集めるぐらいで、服や藁に火をつける程度しかできないのだ。
目にうまく当てれば使い物になるかもしれないけど、当たり前だがそんな事されたら普通に瞼を下ろすだろうし……。
そんな訳で、互いに手札のない見合い状態。
だがあちらは待てば衛兵が増えるのだから、分が悪い。
こちらは一刻も早くこの場から逃げたいのだけど、そうするとこちらの攻撃手段がないのがバレるだろう。
だからそれは選べない。
さてどうしようか。
内心頭を抱えながらも思考を巡らせている最中、
「今日はどんな情報を盗んだんだ?サマヨエル」
あちらから話しかけてきた。
その声のトーンからは、怒りや恨みといった感情は捉えられない。
まるで雑談でも持ちかけられている様な、そんな感覚。
「これは暴露TV用ですから!
フィエルメ様が楽しみにしていらっしゃっているのは光栄ですが、お一人だけに教えてしまうのはちょっと……」
「別に楽しみにはしていない!!」
軽く揶揄ってやろう、とサマヨエル口調で話してみると意外な反応がもらえた。
完全無欠な王女かと思っていたけども、案外人間っぽいところもあるらしい。
「全く……ハーティアといい、サマヨエルといい……腹立たしい奴らだ」
それは小さな、小さな独り言。
だけども耳の良い今世の体だと、よく聞こえた。
というかハーティアは、あっちで何やってるのさ……。
まだ一ヶ月も経っていないのに、王女に喧嘩を売る様な真似をして。
少し心配にはなるけども……まあ、大丈夫か。
次期当主となるハーティアは、きっとバタイユ家が守ってくれるだろうし。
本来その席に座る予定だったハーヴィルは、当初の計画通り追い出せたみたいだからね。
「反応は、していないみたいだな。
お前は、ハーティア・ド・ラ・バタイユとは関係ないのか?」
「え〜っと、最近復帰されたという方ですよねぇ?
確かに調べたら面白そう、と思ってはおりますけれど。
ご支援金をいただけるなら、優先してお調べしますが?」
「そんな事、する訳ないだろっ!」
「ですよね〜。
清廉潔白なフィエルメ様が、まさかそんな事なさる訳ないですもんね〜」
なんとも皮肉げに、俺は言葉を返す。
実際のところ関係は大有りではあるけど、バレなければ別に良いのだ。
……まあ、なんならバレてもバタイユ家が全部証拠隠滅してくれそうだけど。
だがその態度は、フィエルメの背中を押してしまう結果になってしまったらしい。
怒りで引き攣っていた頬も、今は自然体に戻った。
ジャリッ……
欠けた石畳の上を、彼女のヒールが滑る。
そして上体を低くした姿は……獲物へ飛びかかる直前の、獣だった。
「……衛兵に告ぐ。
私の目の前にいる者がサマヨエル、他は全員幻影だ。
だから今すぐその手を離し、戦闘に参加せよ」
「王都の民よ、巻き込んですまなかった。
だが私達には、この街を守る使命がある。
この戦闘後詫びを払うため、今はどうか手を離してやって欲しい」
その状態で、風に運ばれ広がった彼女の言葉。
それは彼らの元まで……届いた様で、石畳の上を転げ回っていた彼らも徐々に立ち上がってくる。
そして武器を手にこちらへ、ジリジリと近寄ってくるのだ。
こちらとしては最悪の展開。
「……そんな事されると、暴露したくなってしまうのだけど?」
どうにか打開するべく煽ってみるも、
「ああ、好きなだけやれば良い。
ただ……こっちが、その体をズタズタに引き裂いても出来るかは見ものだがな」
柳に風といった様子。
明らかにバーサーカーモードに入ってしまっている。
もういつ、攻撃されてもおかしくない状況。
そんな状況で、
「それがもし……フィエルメ様のモノだったとしても?」
「ああ、別に構わないぞ?
私は揉み消すのは、得意なんだ」
「そっか、じゃあ……」
喋りながら、頭の中で幻影を構築し切った。
そうしていつもの様に、この場へ画面を出力する。
「コラ動画だったら、どうなるかな?」




