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婚約破棄令嬢 家柄……今は× 資金……今は× スパイ適正……◎  作者: お汁粉パンチ


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4/10

婚約破棄 (後)

「ハーティア、なんだその目はッッッ!!

使用人、ヤツを捕えろッッッ!!」


「なんでっ!?〜っ、離してッ!」


 第一王子の命令は……絶対だ。

 近くにいた使用人の男2人が、ハーティアの腕を拘束する。

 あくまで貴族令嬢の彼女と、日頃から力仕事をこなす男2人では地力が違いすぎた。

 いくら彼女が暴れても、抜け出せる気配は無い。


「ずっと不満だったんだ」


「……えっ」


 ぽつりと溢れた王子の言葉。

 抜け出そうとしていたハーティアも、その動きが止まる。


「周りの人間も……君もそうだ。

僕を王子としてしか見ていない」


「………」


「けれども、セーラだけは違った。

彼女だけはっ、シュタインという個を見てくれた!」

 

 きっと周りの参加者は心の中でツッコんでいる。

 彼女も、「君が王子じゃなきゃ興味持ってないでしょ?」と。

 でも恋は盲目で、ブレーキなど一切効かない。


「それに、君は僕より成績が良かった。

きっと心の中で笑ってたんだろ?他の奴みたいに」


「そんなことはっ……」


「思ってない、か……でも信じられないや。

それが今の、僕と君の距離なんだから」


 これまで心の奥底に潜んでいた闇が、どんどん姿を現していく。

 そしてこの闇を一番早くに気づき、入り込んだのがシュタインが庇うセーラだったのだろう。

 彼は、それはもう見事に心を惹かれたようで、今では世界に彼女以外味方が居ないとまで思っているかもしれない。


「君を好きだった時もあったかもしれない。

だけど今は……心底嫌ってるよ」


「〜〜ッッッ」


 その吐き捨てる様にして放たれた言葉は、彼女にトドメを刺したらしい。

 へなへなと、逃げ出そうとしていた手足から力が抜けていく。

 そして最後には、ペタンと床へ座り込んでしまった。


 そんな彼女には目もくれず、シュタインは近くのテーブルへと行き、そのクロスを捲り上げる。

 そこには、もし誰かが零した際にすぐ対処できる様、掃除道具が隠されていた。

 彼はそこから水の入ったバケツと、雑巾を持って彼女の前へと行く。

 この会場内で今も俯いたままのハーティアだけは、シュタインの異様な持ち物に気づいていない。


「正直スッキリはした、全部吐き出したし。

でも、さっきの目……あれは良くない」


 その言葉を聞いて、ビクンと跳ねる彼女の体。

 そして弱々しく見上げる彼女へ向けて彼は、


「そっちの腐った素顔を見せてもらおうか」


 手に持ったバケツの水を全てかけたのだ。


「やめっ……嫌ッッッ!!」


 それは彼女の気合を入れてメイクされた顔を、数ヶ月前から用意したドレス、バタイユ家の家紋をあしらったネックレスでさえも濡らしていく。

 そしてその顔を、雑巾で拭っていくのだ。

 彼女が抵抗しようとしても、その手は使用人に固められたまま。


 かけられたのはただの水ではない。

 床の汚れが落としやすい様に、ある葉のエキスが混ぜられていた。

 そしてそんな調合のされた水は、庶民の間だと……化粧落としとしても使われている。


 ハーティアは、メイク技術を学ぶ珍しい貴族だった。

 本来は使用人に任せるものだが、別人がやった際に毎回顔の雰囲気が変わるのが我慢できなかったらしく、学んでいたのだ。

 そして研鑽を重ねたそれは、もう貴族の嗜みではないレベルまで達している。

 今回もその技術を存分に振るい、何時間もかけてパーティーのために準備してきた。


 だがそれも、もう流れ落ち……乱雑に拭き取られた。


「はっ…はははは、ハーティア!

君、化粧の下にはそんな顔を隠してたのかっ!」


「〜〜〜ッッッ!?」


 彼女はその言葉で全てが剥がされたことに気づき、慌てて下を向く。

 腕が動かない中長く美しい銀髪だけは、彼女の味方をしてくれていた。


「君の顔だけは綺麗だと思っていたが、そうか。

……すっぴんも可愛いセーラとは大違いだな」


 そうして鼻で笑いながら放たれた王子の一言。

 

 ここまでの彼女だったら、それを聞いた瞬間暴れていただろう。

 例え取り押さえられたままでも、一太刀入れようと企んで。


 でも……幾ら彼女が強くても、人間の心には限度というものがある。

 

 きっとこの瞬間にはもう、彼女の心は折れてしまったのだろう。

 ただ縛り付けられた貴族の鎖で、涙だけは流れない。


「おやおや、『お顔』が優れない様だが?

化粧直しに会場を一旦出てはいかがかな?」


 でも彼は知らない、気づかない。

 互いの気持ちが分からないから、婚約破棄になったのだから。

 彼は相手にどれだけ深い傷を負わせたのかも理解しないまま、念入りに傷口に塩を塗っていく。

 もう、自分に逆らわない様に。


 力の入らなかった彼女だが、助けも借りずにヨロヨロと立ち上がる。

 それは貴族の一員としての意地だろう。

 

 ただその行動は彼にとっては気に入らなかったのだろうか、舌打ちを一つすると、


「ありがとう、ハーティア!

私たちの幸せな結婚のために、身を引いてくれて!

皆の者、そんなハーティアに盛大な拍手をッッッ!!」


 今回の異常な光景を見せられてしまった参加者。

 いくらやりたくなくても、誰もこの王子に目をつけられたくはない。


 そうして会場中で巻き起こるのは……盛大な拍手という結果だった。

 

 まるで盛大な壁が終わりを迎えたかと思うほどのそれは、ハーティアにも全て聞こえている。

 心の中では、観客のその心情も理解はしている。


 だけどももう、信じられなかった。


 彼女がチラリと横を見れば、哀れむような目が向けられているのに気づく。


「でも、いい気味だよね〜」


「ちょっと、声でかいよ!」


「ええ〜、別にいいじゃ〜ん。

無礼講なんだし〜」


 だけども本当に少数……ごく少数だけ、こちらを嘲笑する声も聞こえる。

 本来ならば容易に黙らせれるし、言われる様な隙も見せない。

 そして何より、気にしなかった。


 今までの取り巻きも数人拍手しているのを見て、全てが信じられなくなったまま……彼女は会場を去ったのだ。




 そうして逃げる様にしてベッドに潜り込み、眠った彼女。

 きっとアレは悪い夢、今日が本当はパーティーの日、そう思っていた。

 

 けれども、


「卒業記念パーティーのことは聞いた……失態だな、ハーティア」


「申し訳ございません、お父様……」


 現実は非常だった。

 彼女の弱っていた心は、父がフォローしてくれるのをどこか期待してしまっていた。

 だけどもそんな優しい人間じゃないのを、彼女は幼少期の頃から知っている。


 ザーヴィル・ド・ラ・バタイユ。

 彼は家の利益になるなら、犯罪者でも使う。

 もちろんそれを攻められる事がないように、隙の無い隠蔽工作を行った上でだが。

 逆に家の不利益になるなら、どれだけ肉親でも切り捨てる。

 そうやって、王国最年少で宰相の座を手に入れた人間だという事を。


 そして長い、長い説教を覚悟していた。

 でも、今日はそれが無かった。

 

 説教は、未来への期待の裏返しでもあるのだから。

 

 もし期待がなくなったら、

 

「ハーティア、お前をバタイユ家から追放する」


 それも起きないのだ。


「なっ……」


「説明がいるか?」


 少しの間の置き……彼女は力なく首を横に振る。

 もう、この状態の父と口で戦っても勝てない事を知っていたから。

 そして何より……これ以上、心に傷を負いたくなかったのだ。

 

「そうか、ではタイメイ。門まで連れて行け」


「かしこまりました」


「……ああ、そのドレスは餞別にくれてやる。

だがそれ以外を持ち出すのは、銅貨1枚も許さん」


 それを聞いた執事のタイメイは、彼女の首のネックレスを取り外す。

 家紋のあしらわれたそのネックレスは、起きている間バタイユ家の者は全員手放さない代物だ。

 だがそれを取り外される事で、彼女の心中にはバタイユ家からの追放という現実がじんわりと広がっていくのだった。



「今までありがとうっ、ございました。タイメイ」


「いえ、仕事ですので。

ハーティア様もお達者で」


 タイメイ、バタイユ家に長年仕える執事だ。

 彼女が学園に入る前は時折、家庭教師も務めていた。

 だが今は、それを感じさせないほどに冷たい。

 

 ガシャンッッ


 そうしてドレス姿のまま、彼女は門の外へと締め出された。

 

 そんな彼女はフラフラと、行くアテもなく街を彷徨う。

 きっとバタイユ家から、事情を知る貴族家から、とにかく……逃げたかった。



 初めて足を踏み入れた平民街。

 お供も付けずにドレス姿という明らかに場違いな格好。

 彼らも別に悪気があるわけではない。

 

 でもそんな奇異の視線を向けられると、ついあの時の光景が彼女の脳内にフラッシュバックしまうのだ。


 だから、路地裏へと逃げ込んだ。



 涙はもう……止まらなかった。

 貴族の仮面は、もう無いのだから。


 こういう時いつもなら、使用人が友人が、それか家族が……ハンカチを静かに差し出してくれたはずだ。

 きっとその上で、優しく隣に座って相談に乗ってくれただろう。


 だが、もう味方はいない。

 ハンカチ1つも、差し出されない。

 


 そうして彼女は溢れる涙でドレスを濡らしながら、自分が一夜にして全てを失った事に気づいたのだった。

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