追放
バタイユの屋敷へ再び足を踏み入れた日から、もう一週間ほど経った。
私の首元では、キラリと銀色のネックレスが光り輝いていた。
それは追放されたあの日に、没収されたはずのモノ。
そう私……ハーティアは、再びバタイユを名乗る事が許されたのだ。
だから今の格好は、新しく新調した空色のドレス。
値段はきっとスパイ活動数年分ぐらい。
そんな代物をパーティー用でもなく、普段着として用いていたのだった。
これは貴族としては……当たり前。
そして天蓋付きのベッドに、豪華で食べきれないほどの3食おやつ付き。
至れり尽くせりなのも……当たり前なのだ。
平民生活をしていなければ、きっと疑問に思う事もなかったと思う。
「贅沢……ね」
キースには、こんな薔薇色の物語を話した。
でも実際にまた生活してみると、なんとも言えない味気なさがあった。
それが何なのか、説明しろと言われても言語化は難しい。
口から溢れたのは……
「つまらないわね」
そんな感情だけだった。
「……ハーティア」
「あら、ハーヴィル。ご機嫌よう」
昼食を摂りに食堂へ向かう最中、廊下で出会ったのは弟のハーヴィル。
同じ銀髪は手入れする余裕も無いのか寝癖でボサボサで、何故かこちらを強く睨んできていた。
口元はワナワナと震わせ、感情が漏れ出てしまっている。
それは多分怒り……こっちが何かしたかしら?
心当たりは……まあ、あるのだけど。
彼が学園ではなくこの屋敷に、それも昼間からいるのとも関連しているし。
「ご機嫌よう……ではないっっ!!!
お前だろっっ!サマヨエルにチクったのは!!」
そして彼は真っ赤な顔でそんな主張を行ってくる。
拳は血が出てしまうのではと思うほどに強く握りしめられていた。
きっと返答次第では、拳が顔まで飛んできてもおかしくないぐらい。
「そんな事を私が?」
「とぼけても無駄だっっ!!
お前のせいっで!!僕は、学園中の笑い者なんだぞッッ!?」
「あら、それは可哀想に……」
「この落とし前、どうしてくれるんだッッ!?!?」
まあ、本当に合ってはいるのだけどね。
とはいえそれを正直には言えない。
彼がどこまで燃え上がってしまうか分からないし。
その火の粉がこちらに引火して、私まで火だるまになってしまったら目も当てられないのだから。
なので、
「落とし前と言われましても……私が学園に謝りに行けばよろしいのですか?
不肖な弟の脳が足りず、この様な事態を起こしてしまい申し訳ありません……といった形で」
「なっなな!?なんだとっ!?!?」
更に燃料を注ぐ事にした。
そんなハーヴィルは……それはもう、顔を真っ赤にさせている。
こちらがダメ押しとばかりに、彼の顔を見て鼻で笑ったのもきっと効いた。
だがそれは……効き過ぎた。
彼は言語を捨て、その衝動のままに拳を振り上げ……
「あがっっ」
膝から崩れ落ちた。
そう、こちらが彼の膝に強く蹴りを入れたのだ。
無防備な体勢で、受け身もまともに取れていない。
そんな彼の後ろに回った私は、懐から取り出したハンカチを彼の首元へと巻きつける様にする。
「おいっ、今すぐどk……」
「まさかこのハンカチが、ただの布だと思ってるの?」
まだ敗北を認められていない彼は暴れていたが、その言葉を囁かれて動きがピタッと止まる。
きっと彼も、そう言われて初めて気づいただろう。
布だけでは説明がつかない、冷たい感触が首元に当たっているのだから。
鉄糸入りハンカチ
これは、淑女の持つ暗器の一種。
剣を受け止められるほどの強度を持つ、細い鉄糸がハンカチの端に縫い付けてある代物だ。
それは鋭く、首を絞めたならば……窒息だけでは済まないだろう。
そんなモノがハーヴィルの首元へ巻き付いているのだから、もう暴れても彼に勝ち目はない。
というか……暴れられると、間違って死んでしまいそうだから諦めて欲しいのだけど。
そんな彼も命は惜しい様で、一旦は静かにはなったが。
ただ背後からハンカチを当てるこちらへ、彼は見上げる様にして憎々しげな視線を送ってくるのだ。
「あらあら、情熱的な目ですこと。
でも残念、血が繋がっていては結婚できませんわよ?」
「そんな事を思っているわけがないだろうッッ!?!?
早くそこから、どけッッッ!!」
彼は口を動かすが、体はそのまま。
もし暴れた場合手違いが起きてしまう可能性もあるから、こっちの方がいいのだけど。
ただ内心は困ってしまったのも事実。
個人間ではもう、収集がつかない。
かと言って、周りに人も……あっ、
「廊下で何を騒がれているのですか、ハーティア様、ハーヴィル様。
遊ばれるのでしたら、お部屋の方でお願い致します!」
「違うぞっ、タイメイ!!
コイツが…・ハーティアがッッ!」
「ハーティアが何だ、ハーヴィル」
廊下の曲がり角から現れたのは、執事のタイメイ。
そしてその後ろからは、
「……お父様」
当主であり宰相のザーヴィル。
そんな父が登場した瞬間、ハーヴィルは満面の笑みを浮かべる。
助けに来てくれたっ、と救いを見つけた様な感じで。
そしてその勢いのまま口を開き、
「大変です、父上っ!
ハーティアは、このバタイユ家を貶めるために帰ってきたのです」
「ほう……」
全責任をこちらに被せる様な主張を行う。
それに対して父は……あまり興味なさそうね。
だがハーヴィルにとっては、興味を持った相槌に聞こえた様で……
「サマヨエルにタレコミをしたのも、ハーティア。
きっとこのままでは、バタイユ家に更なる厄災を持ち込むことでしょう!
私は、バタイユ家からの追放を提案します!!」
流れる様な口調で、そんな事を宣う。
「それも一理あるな。
……ああ、いい考えだ」
「………」
そしてそれに応える様に話す父。
それを聞いて憎たらしい笑みをこちらへ向けてくるハーヴィル。
だが、
「ハーヴィル、お前をバタイユ家から追放する」
「……は?」
その言葉を聞いた瞬間、彼の顔が凍りつく。
……気づいてなかったのかしら?
そもそもこんな切り方をするのであれば、父は私の復帰を認めない。
なのに多少の損を飲み込んででも、家に再び引き入れたのだ。
その意味ぐらい、少し考えれば分かるだろうに……。
「わ、私の、き……聞き間違えでしょうか?
今、バタイユ家から追放する……と?」
「ああ、そう言ったはずだが……伝わらなかったか?」
「〜〜ッッッ!?!?」
「あっ」
拘束していたはずのハーヴィル。
彼はするりとこちらの手から離れると、その足で父の元までよろけながら走っていく。
そして父が着ている真っ黒なスーツに縋りつき、
「父上……私を捨てるのですか?」
「もう、使い道がなくなったからな」
「嘘……ですよね?」
「ハーティアにもしたはずだが、覚えていないのか?
私は冗談で追放など言わないぞ?」
最後に助けを求めるものの、軽くはたき落とされた。
誰もこの場で、ハーヴィルに向かって救いの手を差し伸べる事はない。
その瞬間、彼の目からブワッと溢れたのは……涙。
子どもの頃を除けば、初めて見るぐらい。
「ゆ゛る゛してぐだざい!!なんでも、じますがらッッッッ!!
バタイユ家がら、づいほうだけはぁああああ!!!」
貴族の仮面はどこへやら。
全てを投げ捨て、泣き叫びながら父のスーツをシワができてしまうぐらい強く握りしめる。
……思っていたより、あの暴露は彼を追い込んでいたみたいだ。
まあ、それもそうか。
彼にとっては、初めてといってもいい挫折なのだから。
あまり突っ込むと、ブーメランが返ってくるから私は何も言えないけども。
そんな彼を見て、
「はあ……あ」
大きくため息をつく父。
ここまでみっともない格好は初めて見ただろう。
たとえ成績を偽装していたとしても、今までの振る舞いは侯爵家の嫡男たるモノであったし。
「やれやれ、では一つだけ救いをやってもいい」
「……なんでずか?」
「まずは、学園を自主退学しろ」
「……は゛い゛」
「そして、港湾都市サランで勉学に励め。
ならばバタイユ家に籍を置いたままでも良いぞ?」
その最後通牒と言ってもいい言葉。
それに対してハーヴィルは、静かに……頷いたのだった。
そんな彼は、次の日にはもう屋敷から姿を消した。
朝早くに馬車が出ていったから、あれに乗せられたのだろう。
ちなみにハーヴィル……そう、私にとって唯一の兄弟と会ったのは、あの日が最後だった。




