怪物との相対
「ご無沙汰しております、バタイユ侯爵様」
執務室へと、門番の案内によって連れてこられた女。
白銀の髪を持つ彼女。
そう、
「……立場は弁えている様だな、ハーティア」
私の娘だ。
ハーティアは、スカートを摘むようにしてこちらへと挨拶してくる。
もししなければ、話を聞くまでもなく叩き出そうかと思っていたが。
今は平民という立場である事は、しっかり理解しているようだ。
「何の用でここに来た?
もう追い出された事は分かっているだろうに」
「それはもちろんでございます、バタイユ侯爵様。
私がここへ来た理由はただ一つ……」
「再びバタイユ家に戻して貰うため、陳情しに参りました」
その言葉は……とんだ期待外れだった。
確かにハーティアが生きていたというのは驚いた。
それに今の格好は、0から増やしたというのを考えたら決して安物ではないはず。
だからこそ……心底がっかりした。
そんなつまらない事を直訴しに、ここまで来たのかと。
答えはもちろん、
「お断りだ、今すぐ扉から出て行って貰おうか」
こんなものになる。
確かにカードとしては一考の余地はあるだろう。
だが絶対必要なカードではないのは事実であるのだから。
それに追放したのを正当化するため、ハーティアの悪評を貴族界にばら撒いたのだ。
なのにも関わらず、再び復帰を許したとなれば他家からの干渉を考えなければならないのだから。
そんな理由で、ハーティアのバタイユ家復帰は認められなかった。
だがこんな風に正面から拒否を叩きつけたのにも関わらず、彼女は全く動じていない。
まるで……最初から予期していたかの様に、
「バタイユ侯爵様は、なぜ私が復帰を願ったかお分かりでしょうか?」
「……さあ、考える気にもならないな」
「では、言い方を変えましょう。
なぜ……この時機に、バタイユ家へと戻ろうと思ったか、お分かりでしょうか?」
そう言われて、思考が働き始める。
確かに……言われてみれば、ここで姿を表すのは妙だ。
もし生きていたならば、もっと早く戻ってきてもいいだろう。
その目的が、庶民としての暮らしが苦しくて貴族家に戻りたいという理由ならば。
こちらが……読み違えていた?
ハーティアの顔をチラリと窺うと、静かにこちらを見て微笑んでいた。
これは、再考が必要か。
何故、こちらはハーティアを求めた?
それはハーヴィルの、点数偽装がバレたからだ。
……そもそも、何故バレた?
あのサマヨエルが暴露をしようと思っていても、誰かが密告でもしないと調べる対象とはなり得ないはず。
まさか……ハーティアが!?
確かにバタイユ家に所属していた彼女ならば、知っていなくとも普段との差違で勘付いていてもおかしくはない。
そしてこの展開は容易に、想像できる。
「そうか、そうか……お前か」
そんなこちらが溢した言葉に対して、ハーティアは首を傾げて微笑む。
何を言っているか分からない、とあくまでシラを切り続けるつもりらしい。
まあ、確かにそこを肯定したならば、こちらも堂々と排除する名目も立つ。
だが、本当にサマヨエルと繋がりがある場合、とんでもなく厄介な事となる。
彼女を捕まえた場合、次々とバタイユ家にとって不利な情報が開示されていくという最悪の事態もあるのだから。
だからもう、タダでは返せない……というか実質一択しかないのだ。
「……合格だ、ハーティア」
こちらは宰相であり、国でも王を除くとトップの貴族。
それでも、手も足も……出ないこの状況。
肌の表面に嫌な汗が浮き出て、流れ落ちていく。
ここまで追い込まれたのは……何時振りだろうか?
宰相になる前は、色々足を引っ張られる事も多かった。
だが今となっては、知恵のある者はおべっかを使い近寄ってくるだけ。
邪魔をしようと目論むのは、取るに足らない雑魚ばかりだったのだから。
「ありがとうございます。
では……お父様とお呼びしても?」
「……ああ、許す」
そうして私は、バタイユ侯爵家から追い出したはずの女1人を迎え入れた。
なんでも卒なくこなしメイクが上手い、その程度だったはず。
家から追い出した時には、もう燃えかすの様に全ての気力を失った様だった。
しかもこちらに救いを求めるような空気さえ漂わせていたほど。
あんな人間を置いておくなど、将来の火種にしかならないと思って切った。
だが今となってはどうだ?
全てを失ったはずなのに、今こうして堂々と相対している。
ただ涼しげな表情でそこへ在るだけなのに、心の中はきっと燃え盛っているに違いない。
……もう、貴族の皮を被った怪物にしか見えなかった。
私に似たとよく言われていた切れ長の目など、もう全てを見通しているかのようにも思えてしまう。
……でも、悪い話でもないのだ。
「……持っていけ」
「感謝します、お父様」
引き出しから彼女へ投げる様にして渡したのは、バタイユ家人の一員を示すペンダント。
それは再び、彼女の首元で銀色の鈍い光を放つ。
この怪物が、バタイユ侯爵家の……次期当主となるならば、この家は更なる飛躍を遂げるだろう。
きっとその地位は不遜にも、王家を超えうる程に。
私への復讐心もあるだろう。
だがそれも燃料に願わくば、バタイユ家を………大陸一のッ、貴族へ……。




