戦場に舞い戻った日
雲一つない、快晴の青空。
時間はまだ昼前で、道には仕事だろうか行き交う人の数も多い。
例えサマヨエルに熱狂していたとしても、仕事をしなければ生きていけないのだから。
そんな普段の風景と何一つ変わらない大通り。
その道を、1人の女性がスタスタと歩いていた。
作業服の多いその道で目立つ、灰色のスーツ姿にワインレッドのネクタイという出で立ち。
下はスカートではあるものの、女性がその格好をしているのはこの世界では中々珍しく、すれ違った人間達の注目を集める。
だがそれだけでは終わらない。
サラサラと、風を受けて靡く長い銀髪。
神に寵愛されたかの様に美しいその貌。
見てしまえば、その後の予定も忘れて足を止めてしまう程だった。
だが誰も手を伸ばそうとも、話しかけようとすら思わない。
きっと自分の手では届かないと、心が先に諦めてしまっているから。
こんな……景色だったかしら?
バタイユ家から追い出された、あの時も歩いただろう道。
あの時はこんなに心の余裕がなかったから、覚えていないのだろうか?
いや……そもそも、こんなに明るい場所を歩いてなかったっけ。
誰にも見られたくないから、太陽の光が差し込まない様な暗がりを歩いていたし。
でも今は、まるで舞台の照明を一身に受けている気分。
太陽が私を照らすために昇っているとさえ思えてしまうぐらい!
……もちろん、冗談だけど。
そんな私が向かう先、そこは生まれた時から寝食や勉学に励んだあの場所。
そう、王都のバタイユ家、その屋敷であった。
「改めて見ると、デカいわね……」
道と敷地とを区切る石が積まれた高い塀。
それはかなり遠くまで続いていて、門まで歩くだけで少し疲れそうなぐらい。
生まれた時から、他の貴族の屋敷と比べても大きいとは思っていた。
でもキースの家に居候させてもらってよく分かった、あの屋敷は……広過ぎる。
王都の中でも一、二を争う大きさのパーティー会場を始めとする、施設達。
屋敷は……裕福なはずのカルメン領都の館よりも、数倍広い。
しかも収めている港湾都市サランであれば、さらに大きいのだから。
もう規模が分からなさすぎて、目眩がしてしまいそう……。
そう思うと、やっぱりウチは裕福だったんだなと、改めて実感する。
そんな事を思いながらも、思考は切り替えていく。
ここからは、敵地に乗り込むと思って行かなければならないのだから。
たとえ長年住んでいて、血縁上は家族がいる場所だとしても。
そうして足を止めたのは、バタイユ家の門前。
もちろん貴族の屋敷には、見張りや中との繋ぎ役となる門番がいるのだ、それも2人。
いつでも戦える様に甲冑を身につけており、正面突破は無理だろう。
そんな事は流石にしないけどね。
でも……ある意味、正面突破ではある。
彼らは、急に足を止めたこちらを不審がる目線を送ってくる。
それもそうだ、バタイユ家に用がある者が徒歩で来るわけが無いのだし。
基本的には小間使いが予定を事前に確認した後、馬車で訪れるのが普通である。
もちろん事前に確認をとっていない、飛び込み状態だ。
そんな私の顔をジロリと見る門番の2人。
だが彼らは、すぐにこちらの正体に気づいたのだろう。
顎が外れたんじゃないの?と言いたくなるぐらい口が大きく開かれ、
「ま……まさか、ハーティア……お嬢様?」
「ええ、そうよ。久しぶりねラグナ、それにスインも」
「……お久しぶりです、ハーティア様。
本日は、バタイユ家へ何か御用でしょうか?」
「相変わらず堅いのね、スインは。
なんとなくはもう分かっているのでしょう?
……バタイユ侯爵にお目通りを願えるかしら?」
そう堅物の彼らに問いかける。
だがそれを聞いた瞬間2人は顔を顰めると、
「はぁ……ご存知かと思いますが、事前にお約束をなされておりませんのでご案内出来ません。
お早めにお引き取りください」
とスインは強く否定の意を示す。
それもそうだ。
決まりを破った場合、まず罰せられるのは彼らなのだから。
こちらが強引に押し入ることも出来ないのだしね。
とここまでは、もちろん想定済みだ。
だから……交渉材料もしっかり持ってきている。
「2人とも、サマヨエルって知ってるかしら?」
「……ええ」
「……一応は」
出した話題、どうやら知ってくれているみたいだ。
知らなかったら、少し困った事になっていた。
そう私が持ってきたのは、
「2人とも……夜中、門前で酒盛りしているでしょう?」
「……ぇっ、いや……そんな事」
そんな彼らの秘密の楽しみ。
「あら、屋敷に住んでた頃から知ってたわよ?」
「それはっ、昔の話で……」
「いいえ?一昨日もしているのを確認しましたから。
……ふふっ、それに今自供したでしょう?」
「あっ……」
「……ラグナ」
「すまん」
明らかに動揺してくれた2人、というかラグナ。
スインはあまり心は揺さぶられていないみたいだ。
やっぱり、これだけじゃ足りないか。
「それで、サマヨエルは……どう関係するので?」
「あら、それは簡単よ。
この事をサマヨエルに渡そうかと思って……ね?
バタイユ家の門番が仕事中に酒盛り、きっと前菜ぐらいにはなるでしょうね」
「普段なら、そこまで大事にはならないはず。
だけど今暴露してしまったら……一体どうなってしまうのかしら?」
話しながら、2人の顔が真っ青になっていくのが分かる。
暴露を受けた一般人がどうなったか……風の噂できっと彼らにも届いているだろう。
街同士移動を自由に出来ない平民が、どうやって生きていくのだろうか。
このバタイユ家は給金がたっぷり出るが、規則の中に就業中の飲酒禁止がある。
だから暴露されてしまったら、簡単に仕事から切られてしまうだろう。
お父様は代えの効く者を守るほど慈悲深い人間ではないのだし。
「大丈夫よ?別に聞いてくれるだけで、私は納得するし。
もし断られても言わないから……ね?」
「分かり……ました」
「なら、お願いね」
そうして小走りで屋敷へと消えていくスイン。
ふぅ……これで一旦、戦場の入り口ぐらいには立てただろうか?




