畳みに行こうか
「ザーヴィル様、ゼイフ伯爵から書状が届いております」
「……そこに置いておけ」
執務室に腰をかけたザーヴィルと呼ばれた男は、机のある部分へと目線を送る。
そこにはもう、手紙達がぎっしりと詰められた箱が置いてあった。
目を合わせた者を威圧する眼、オールバックにされた銀髪、顔の表面に浮き出た皺には長年積み重ねてきた苦労が刻み込まれている。
今はその眼光も鳴りを潜めるぐらいに隈が強く浮き出ており、まともに休息を取れていない様だ。
それでも、仕事をする手を止めない事が真面目な彼の性格を如実に表していた。
ザーヴィル・ド・ラ・バタイユ
バタイユ侯爵家の現当主にして、ルイス王国の宰相に最年少で就任した傑物である。
そんな彼が現在対応に追われているのは、それは息子ハーヴィルの答案用紙書き換え問題。
最近巷で騒がれているサマヨエルを名乗る者によって暴露されたものである。
幾ら侯爵家であり宰相だとしても、もちろん無傷とはいかなかったのだ。
彼の机上の箱に入れられた書状たち。
そのほぼ全てが、この問題に対しての内容が書かれていた。
差出人は敵派閥が多数だが……子飼いの貴族からも、説明を求める内容が来ている。
これらは1つ1つ、適当に返信することは許されない。
返答を間違えてしまえば、彼の宰相としての地位を失う……いや、それ以上の代償を払う可能性もあるのだから。
そんなものの対応に追われ、大量の時間を割くハメになっていたのだ。
もちろん王位継承戦にも影響を及ぼしていた。
実質的に第一王子シュタイン派閥と、第一王女フィエルメ派閥の一騎打ちとなっている今回。
シュタイン派閥……といっても形だけで、本当の姿はバタイユ宰相派閥。
だったのだが、僅かに別派閥へ鞍替えする者も現れ始めたのだ。
明らかに、シュタイン派閥を泥舟と見ての所業である。
確かにフィエルメ派閥もサマヨエルの標的とはなってはいた。
だが毅然とした態度で罰を課したため、あまり評判は落ちていない。
それと比べて今回の事件はどうだろうか?
暴露の対象となったハーヴィルは、現在屋敷で謹慎中である。
ただ、罰という罰は与えられていない。
それは何故か……とんでもなく、重くなってしまうからだ。
ハーティア・ド・ラ・バタイユは、家からの追放という非常に重い罪を受けた。
だがあれは、そこまでしなくても良かったのでは?という意見も少なくない。
王子の勝手で一方的に婚約破棄された上に、ドレスなどの準備を全て水浸しにされ、挙げ句の果てには公開処刑の様にして表舞台から姿を消させたのだから。
そして今回の事件は、貴族にとってかなりの重罪である。
テストの結果は、貴族家を継ぐことが出来ずに将来の就職先を探す者にとっては人生を左右する一大イベント。
それを捏造するという行為がどれだけ重いことなのかは、届いた手紙の量が示しているだろう。
実際現在ザーヴィルが手に取るペン先が走っているのは、現王への返信の手紙なのだから。
こうなるとハーヴィルに与えられる罪は、家からの追放以上のものとなる。
だが現在のバタイユ家には、子どもが彼1人のみ。
そして初老に差し掛かる年齢の彼の元へ、新たな命が訪れるかは誰も保証出来ない
そうなると王位継承戦どころではなく、血の断絶というとんでもない事態になってしまう。
ちなみにサマヨエルの矛先が向いたのは、フィエルメとシュタイン派閥だけ。
第二王子のアドウィン派閥は全くの無傷である。
そのため、相対的に力を増して王位継承戦に絡んできたのも悩みのタネであった。
まるで……誰かが、上手く調整した様に。
そんないきなり複雑化した状況。
それにザーヴィルは内心頭を抱えていたのである。
まあ、自業自得ではあるのだが。
ただこの状況をひっくり返す事が出来るカードが、1つだけ残されていた。
「ハーティア……か」
彼女がいれば、ハーヴィルに厳罰を与えても問題がなくなる。
もしハーヴィルがいなくなっても、血は繋げれる様になるのだから。
そして現在、空中分解寸前のシュタイン派閥。
もう一度婚約を結び直す事ができれば、王位継承戦で再び有利に立つ事が出来るはずだ。
……ただ、そもそも生死すらも分からない行方不明状態。
シュタイン王子が動かした衛兵が王都中を探しても見つからなかった。
だからザーヴィルは、ハーティアはもう裏社会の人間にでも捕まり、秘密裏にどこかへ売られたのだろうと考えていたのだ。
その先は他国かもしれないし、顔が割れているならバタイユ家……というよりザーヴィルを恨む、自国の敵対する貴族かもしれない。
ただいずれにせよ、碌な未来は待っていないだろう。
「時間の無駄か……」
もう、手元にない駒の事を考えてもしょうがないのだ。
そんな、ないものねだりな思考は捨て、目の前の書類に再度没入していく……
「ザーヴィル様ッッ!大変ですッッッ!!!」
バンッッ
勢いよく開けられた扉が思い切り壁にぶつかり、大きな音を立てた。
それに顔を顰めながら口を開いたザーヴィル、
「なんだ?騒々し……」
「ハーティアお嬢様が、帰って参りました」
カラン……
その手から、ペンが滑り落ちるのだった。




