熱に狂う
サマヨエルを名乗る者による暴露TV。
それは退屈な日常を送りながら、物価高に襲われる人々の心の隙間にするりと入り込んだ。
今では屈指の娯楽となり、次の休養日はまだか……と広く楽しみにされている。
そしてこの行為は当然の様に、衛兵にとっては最重要なマーク対象となっていた。
「では手筈通りに……我らはサントルイス通りへ行くぞ!」
『はっっ』
そうして朝市が始まる時間よりも早く、行動が開始された。
まだ日すらも出ていない時刻である。
だがこんな時間でもなければ、しっかりと動画を見える様な場所に入れないのだ。
実際彼らが行く頃にはもう、人がパラパラとだが集まり始めていた。
どこの店も空いていない……いや、僅かだが空いている場所はある。
そこは湯気を立たせた汁物を売る店、きっとこの集団へ売るために合わせて早めに開いたのだろう。
実際この肌寒い時間では、人の興味を惹いた様で行列が出来ていた。
そんな彼らを横目に、衛兵達は中央付近へと陣取る。
これで、動画を見逃すという事はない。
そんな光景は他の3つの通りでも行われていた。
そう、この動画は同時に4大通りで放映されていたのだ。
だからこそ王都中へ広まるスピードが早かった、というのもある。
そして日が昇り、ワイワイがやがやとした活気に市場が満ちていく。
だが衛兵達はピリピリと気を張り、空を時折見上げるだけだ。
「来たぞっっっ!サマヨエルだっっ!!」
「「「「うぉおおおおお!!!」」」」
急にボンと、空へ現れた男の絵。
それを途端に指差して叫ぶ男はきっと、そのファンだろう。
そして今市場を訪れているのは、大なり小なりサマヨエルに興味を持つものだけ。
だからこそ、全員手を止め……店を運営する者さえも、空を見上げていた。
『暴露TVをご覧の皆さま、おはようございます!
皆さまと正義をなす者、サマヨエルです!』
「サマヨエル!!」
「きゃあぁああ!!!サマヨエルさま〜〜!!」
「早く、新しい話題をくれぇええええ!!!」
さっきまで、活気があると思っていた衛兵達。
だが、明らかに空気感は違った。
爆発した様な熱狂が、辺り一面を包み込んでいる。
もはや何かで操られているんじゃないかと思うほどに。
だが衛兵達は、自身が冷静だからこそこれは素面という結論に至る。
そんな最悪なモノに気づいてしまい、たらりと一粒の汗が頰を伝う。
『先週の、門番が商人を恐喝し賄賂をせしめる、あの事件。
……どうやら捕まってくれたみたいだ!
ありがとう!皆の働きのおかげだ!!』
「うぉおおおお!!!」
「いや、サマヨエルさまのおかげだよ〜!!!」
「そうだそうだ!最初に気づいた奴が一番偉いんだからっ!!」
そんなサマヨエルに協調する、観衆に衛兵達は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
本来は衛兵が捕まえた手柄。
だが、完全にサマヨエルの物としてここでは扱われていたのだから。
ただ実際、門番は衛兵という大きな括りの中では同僚である。
身内の恥であるのは間違いないので、大きな声でそれを言うことは出来ないが。
だから苦々しい表情を浮かべる事しか出来ないのだった。
『そして、今日も新しい話題を持って来た!』
「「「うぉおおおお!!!!」」」
「早く教えて〜〜!!!」
『では、動画をまずは見てもらおう……』
そうして、いよいよ……と衛兵は身構える。
ここからは捜査に直接関係する案件なのだから。
始まった動画、舞台は屋内。
端々に映り込む調度品から見るに、きっと豪商や……貴族の屋敷だ。
窓からの光が差し込むその時間に、男女が2人……ベッドの上で。
「なっっ……」
あられも無い姿で、シーツを強く握りしめる女性。
その上からのしかかる様にして男は、肌を重ね合わせていた。
これは明らかに、見てはいけないモノ。
だがそう思っていても、目を背ける事は誰も出来なかった。
この世界に性産業はあっても、こんな映像などの作品は当たり前に無いのだから。
そうしてプツリと、動画が終了したところで全員は正気に戻る。
今も、何を見せられたのかよく分かっていない。
そんな状態で、サマヨエルの言葉をただ静かに待っていた。
『これは、サミーユ伯爵夫人とナックレー子爵が睦み合う動画だ』
『あれ?と疑問を持つ者も多いと思う。
そうこれは……不倫だ、しかも貴族の!』
その瞬間、ゾゾゾッと衛兵達の背中を悪寒が走っていく。
なんて……とんでもない事を暴露しやがったんだ、そんな主張は今にも喉から飛び出そうだった。
『これは悪いことなのか?そう思う者もいるだろう。
だがこれはまだ昼間、我らの血税を貰う立場に関わらずこんな事をしているのだぞっ!
許されて良いと、本当に思うのかッッ!!!』
音声は伝わらない。
だがその大袈裟なほどの身振り手振り、そしてテロップの形。
その熱は画面越しの彼らにも……伝わった。
「そうだよ……なんて、ことしてんだよっっっ!!」
「オレたちは、明日のメシにも困ってるのにかッッッ!?!?」
「本ッ当、破廉恥ね!!親の顔が見てみたいわっっ!!」
ワイワイガヤガヤ……
市場が、熱を帯びていく。
貴族が相手という、心理的なハードルを乗り越えて。
彼らは思っているだろう、
ああ、貴族相手でも言っていいんだ
だって……こっちが正義なんだから!!
それは心の中で。
厄介な変貌を遂げ、思想は先鋭化させていく。
この流れは、容易には止まらない。
もう今更、衛兵達が気づいたところで……遅いのだ。
残された手段は、
「サマヨエルを捕まえる」
これしか無いのだ。
だがそんな事は不可能である。
彼は神出鬼没。
幻影を世界で誰よりも巧みに操り、指一本すらも触れさせない。
ただ衛兵達は、指を咥えて見守るしかないのだ。
思想が汚染されていく、民衆達を……黙って。




