忍び寄る芋の手?
「揚げたてでアツアツのフライドポテトはいかがっすかぁ〜!!」
「……ん?」
ある日買い出しへ街に繰り出した時、そんな掛け声が聞こえた。
違和感を胸中に抱えたまま、声のする方へと歩を進めていく。
「らっしゃい!」
「……じゃあ、フライドポテトを1つ下さい」
「あいよっ!!」
そうして差し出されたのは、笹の葉の様な物に包まれた状態のポテトだ。
いつも作っているものと、何の相違もない。
……いや、それはおかしくない!?
そもそもフライドポテトって名前が地球からの輸入だし!
「あの、1つお聞きしたいんですけど」
「ん?何だ?」
「……この食べ物初めて見たんですけど、どこかの地域の料理なんですか?」
だから、そう探りを入れてみる。
見た目は茶髪で、別に普通のおっちゃんだ。
異世界もとい、地球からの転移者には見えない。
転生者だったら……判別出来ないけども。
「ああ、このフライドポテトの事か?
それならカラミア商会から教えて貰った奴さ。
確か、考案者は……ザギンっていう人間だったはずだぜ?」
「……なるほど、ありがとうございます」
その名前で誰が広めたかよく分かった。
そうして出来立てのポテトを片手に店を去り、その足で向かうは近所の酒場。
そこは石造りの建物に、蔦がかなり絡んでいる店。
『ザギンの酒場』と書かれた、看板を潜り店内へと入って行く。
「すまん。まだ営業してな……なんだ、キースか」
今は客を入れていない昼間。
酒場の主人であるスキンヘッドに眼帯を付けた男、ザギンは店内の掃除をしていた。
「なんかあったか?
……ああ、先月の分まだ渡してなかったけな」
そう言って彼は、カウンターから銀貨三枚を取り出すと布袋包んで渡してくる。
「……どうも。でも、今日はこれだけじゃないんだよね」
「なんだ?マージンの交渉か?」
彼の反応は当たらずも遠からず、と言ったところ。
確かに彼に渡したレシピが関係はする。
「……ポテトのレシピ、誰かに売った?」
その問いを聴いた瞬間、彼はガチッと動きが止まる。
そして顎が外れたぐらいに大きく開かれた口……当たりみたいだ。
「一応、言っとくけど怒りに来たわけじゃないからね?」
「そうか。……確かに売った、カラミア商会に。
たまたま食いに来て、美味かったから教えてくれってな」
そうして彼はペラペラと、全部親切に話してくれた。
彼との関係はただ近所にあって通っていた頃、ある日ポテトを再現して欲しいと頼んだ所から始まった。
そこで再開発?されたフライドポテトとポテトチップスは、今ではここの看板商品となっている。
ちなみにマージンも固定料金だが貰っており、スパイ活動前は貴重な収入源となっていた。
という感じだけど、別に本当に怒りに来たわけじゃない。
だって、そもそも俺が考案したものじゃないし。
それに芋を油で揚げただけなんだから、一人前のシェフが見れば容易に再現できるだろう。
「ちなみに……お金、貰った?」
「あ、ああ貰ったぞ。
も、もちろんお前にもあるに決まってるだろ!!」
とはいえ、興味はある。
相手は大商会、どれだけこの料理を評価したのかは気になった。
そうしてバックヤードへ消えていった彼は、まもなく戻ってくる。
彼が渡してきたのは、
「これが一応、代金だ。
……本当はもっとあるんだが、店の改装に使っても良いか?」
一枚の金貨だ。
庶民が普通に生活しているだけでは手に入れられない、黄金の輝き。
それを手に入れた俺は……サムズアップを返した。
まあ、
「世話になってるからね、それぐらいは気にしないけど」
「ありがとよ、キース!
代わりと言ってはなんだが、次来た時はご馳走を用意させてくれ!」
金がない時は、割引してもらった事もある恩もある。
別に、金に困ってる訳でもないのだから。
もしかしたら、別の料理を作ってもらう事になるかもしれないし。
「それは素直に嬉しいな。あっ、同居人も連れてきて良い?1人だけど」
「それぐらいお安いご用だぜ!
ちなみに……女か?」
「まあ、そうだけど……別に付き合ってないからな?」
「……別に誤魔化さなくて良いがな!」
「いやいや、本当に違うから!!」
そんなめんどくさい、絡まれ方をしながらもこの件に関しては一件落着だ。
……そう思っていた。
ただ、彼との雑談の最中……
「あっちのカラミア商会も、ずいぶん奮発してくれたんだね?」
「そりゃあ、あっちはマイヤー領産のじゃがいもを大量に扱ってるからな。
それが大量に消費されそうな料理なんだし、願ったり叶ったりなんじゃないか?」
そんな彼の言葉を最後に、酒場を後にするのだった。
そしてマイヤー領、マイヤー家、どっかで聞いた事があるなぁと思いながら、帰路へとついている最中、
「……あっ」
自宅の扉へと手をかけた瞬間に、その事実へと辿り着く。
そしてダラダラと、嫌な汗が全身から噴き出てくる。
顔も、きっと今は人に見せれないほどに青ざめているだろう。
だってマイヤー男爵家は、セーラ……ハーティアを没落させた女がいる家なんだから。
「ただいま」
「お帰りなさい。それで……その格好はなんなのかしら?」
そうして帰宅早々、俺はハーティアに向かってスラディング正座をかました。
彼女はそんな俺を、ソファに腰掛けながら見下ろしている……若干、引き気味で。
Mだったならご褒美です!って言うかもしれないけども、俺にとっては蛇に睨まれたエサの気分。
服の中が蒸し暑く感じてくるぐらいに汗が浮かび上がり、体温が上がってしまう。
「え〜っとですね、ハーティアさんに謝らないといけない事がありまして……」
「あら、そんな事をされた覚えはないけれど。
さっき出かけた時に、外で何かあったのかしら?」
彼女が身に覚えはないのは当然、そもそも俺も知らなかったのだし。
そしてその推理も大当たりだ。
「……セーラ・ド・ラ・マイヤー関係の事なんですけど」
「……へぇ?」
相手の名前を出した瞬間、彼女の空気が変わった。
先ほどまでは興味なさそうに……何なら引いていたぐらい。
なのに今はソファの肘置きに体重を預け、無言でこちらの話の続きを促してくる。
「マイヤー領の特産品が、ジャガイモなのはご存知でしょうか?」
「ええ、そんな事を聞いた事はありますわね。
それが何か?」
「……実は近くの酒場から、フライドポテトとポテトチップスのマージンを貰ってたんです。
そしてそのアイデアを、酒場からマイヤー領のジャガイモを取り扱う商会側が買い取った様でして……」
「…………」
「今、その料理が国中に広まっていっている最中の様で、マイヤー家は……今後かなり儲かっていくのか……と」
途中からは、彼女は反応を見せなくなった。
そのあまりの迫力に、報告するだけの言葉はどうしても震えてしまう。
そして静寂が、この部屋を支配する。
きっとこちらの唾を飲み込むだけの音が、彼女にも聞こえるぐらいの。
「それだけ、かしら?」
「はい……多分」
「なら別にいいわ」
「えっっ」
その思いがけない言葉に、俯き気味だった顔も上がってしまう。
「あら、驚いたという顔ね?」
まだ言葉にしていない本心を当てられ、ドクンと心臓が高く跳ね上がる。
「流石にその態度を見れば、誰でも分かるわよ」
「……そっか」
「というか、別にあの女を支援しようとして訳じゃないのでしょう?」
「それはもちろん!」
「なら、良いわよ。そもそも貴方も知らなかった、その言葉を信じるわ」
案外彼女から、信頼を得れていたみたいだ。
それは本当に……良かった。
今回は、全く見に覚えないの事件だったのだし……。
「それに悪い話ばっかじゃないでしょう?」
「えっ」
「あら、気づいてなくて?
バタイユ家の特産品を」
「……あぁ、なるほど」
そのアシストを貰って、彼女の言いたい事を理解出来た。
ハーティアの生家である、バタイユ侯爵家。
確かに王国でも屈指の広さを誇る領地を持っているが、それだけではない。
サランという大きな港湾都市での貿易や、オリーブを始めとする農産物によって莫大な富を築いた大貴族。
そこで大事なのは、ポテトとポテチの材料。
油と塩、それはバタイユ家が完全に握っている状態である。
そしてジャガイモは、確かにマイヤー家がトップシェアではあるものの、別に他の領地でも育てている。
何なら、バタイユ家が育てさせても良いのだ。
なので、これはバタイユ家が交渉カードを1つ増やしただけ。
別に損はしない。
……まあマイヤー家が儲けて、大きな顔をするかもしれないけども。
「……という感じ?」
「ええ、私の意見と同じね」
そうして彼女にも確認を取ると、その推測は合っていたみたいだ。
なら、結果オーライなのか?
「……でも、あの女がデカい顔をするのはムカつくわね」
「……はい」
でもそれはそれ、これはこれ。
腹が立つのは、間違いないだろう。
「じゃあ罰として、一週間おやつにポテトチップスを作りなさい」
「……はい」
正直、いつもの事じゃね?とは思ってしまう。
とはいえ口にしたら、もっと重くなるかもしれないので言わないけども。
「でも、そんな食べたら太るんじゃない?
ポテチって太りやすいし」
「貴方……もっと早く言いなさいよ」




