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蠢く影

 ルイス王国王都から徒歩で1時間ほどの森の中。

 明らかに自然物ではない、貴族の屋敷に匹敵するほどの大きな建物。

 ここは国立魔法研究所。

 王都では理論を、人里離れたここでは数々の実験が日々行われていや。

 

 そんなここへ訪れる様な人間は少ない、学者が数人くる程度。

 魔法について聞きたいのであれば、アクセスの良い王都内でも完結するのだし。

 だからこれだけ多くの騎士が集まる事など、異例中の異例だ。

 

 何かここで事件が起きたわけでもない。

 彼らが捜査のために、建物内へと入っていっている訳ではないから。

 あくまで外を警戒しているだけ、と言わんばかりに持ち場を守り続ける。

 

 その行動から彼らは護衛という推察ができるだろう。

 そして王都近郊というかなり安全なこの場所でも、これだけの騎士が護衛として付いている。

 きっとその人間が、ルイス王国内で相当高位な地位についているだろうことも。


 そんな彼らの主人は、建物内の廊下を護衛を伴って歩いていた。


「お前は、ここで待機していろ」


「はっ」


 言葉を交わし、ドアをノックする。

 ……返事は、聞こえない。

 だけども、訪れた彼女にとっては想定通りだったのだろう、


「入るぞ」


 中の人間の返事は聞く事なく、ドアノブを捻り足を踏み入れた。


 乱雑に積まれた書類や手紙。

 棚に入りきらなかったのだろう本達は、途中のページを開いたまま投げ捨てられている。

 そして足元を占拠するのは、どの用途に使われるかもわからない木や鉄製の道具達。

 踏みつけてたら部屋主に何を言われるか分からないし、何より……自身の体が危ない。

 まるで獣道の様に少しだけ残された、床の隙間を慎重に通っていき、


「はぁ……カーミラ、来たぞ」


 ようやく、部屋主に手が届くほどの距離まで辿り着いた。

 そこまで来たならば、カーミラと呼ばれた部屋主も流石に気づいた様で、


「ご機嫌よう、フィエルメ」


 椅子の上でくるんと回ると、訪問者の彼女へ視線を向ける。


「ご機嫌よう……じゃないんだが?カーミラ。

せめて呼びつけるなら、片付けてくれないか?」


「ああ、すまないすまない。

帰りは適当に踏んでって良いから」


「いや、それだけはしないが。

また、学園時代の様に爆発されては困るのでな。

私も命は惜しい」


「ああ、そんな事もあったねぇ……」


「……第一王女爆殺未遂事件を、そんな事もあったねぇで流すな…」


 ここは外界から隔離された部屋で、水を差す様な者もいない。

 そんな場所で彼女らは旧交を深める。


 そして話題に上がった第一王女、フィエルメ・ド・ルイス。

 

 王位継承権を持つ身でありながら最前線で戦い続け、数多の敵将を葬ってきた怪物。

 今では、返り血で染めたと噂される様な黒味がかった赤髪、ただそれが見えるだけで敵兵が恐慌状態に陥る程にその武勇は轟いていた。

 その人物こそが、今回研究室を訪れた彼女の正体であった。


「というか、なんだこの臭いは……。

その中に入ってる液体のせいか?」


 そう言葉を交わしていたフィエルメだが、あまりの臭いに鼻を摘む。

 彼女も部屋へ足を踏み入れた瞬間から感じてはいたが、ここまで近づくと感覚も誤魔化しきれない。

 目線の先にあるのは、ガラスの蓋の開けられた瓶に入れられた緑色の液体。

 そこから青臭い香りと共に、ツンとくる刺激臭が漂っている。


「良くぞ聞いてくれた、フィエルメ!」


「……げっ」


「これはだね……」


 そんなどちらかというと、クレーム混じりのフィエルメの言葉。

 だがカーミラは、その反応を液体に興味を持ってくれた、とプラスで解釈したらしい。

 左眼にかけられたモノクルがキラリと光る。


 そうして始まる、実験の経緯からの語り。

 やらかしたと言わんばかりの表情を浮かべた顔へ、彼女は片手を当てて上を向く。

 

 内容としては大陸全体で見ても高度なモノ、だがフィエルメはついて行けていた。

 ただそれは学園時代にこういった形で、いつ使うかも分からない知識が蓄えられたため。

 だからそんな事まで覚えている自分に対して頰を引き攣らせながらも、カーミラが楽しそうに話す姿を止める事はない。

 その光景が今まで積み重ねてきた、彼女達の関係性を如実に表していた。

 

「……つまり、疲労回復薬という事か?」


「端的に言ってしまえばそうだね。

でも従来のゾエヘビの抜け殻を使ったレシピが金貨1枚に対して、こっちはノコギリ草が主原料。

効果も1時間あれば出るし、お値段なんと銀貨1枚!」


「ほう、それは悪くないな」


 そのお求めやすい値段には、フィエルメも興味を示す。

 金貨1枚は流石に貴族や豪商でなくては手が出ないが、銀貨1枚なら庶民でも一応手が届く。

 

 それに、森の中を歩いている際足へノコギリで引っ掻いた様な傷が残るから……という理由で名付けられた、厄介なノコギリ草が材料というのも加点要素。

 これが金になるから狩る、という流れになれば森も歩きやすくなるだろう、そんな考えだった。


「銀貨1枚なら、軍の物資に入れるのも考えれるか」


「そうだろう、そうだろう!」


 カーミラにとって金儲けは、あくまで次の研究代を稼ぐため。

 それより目の前のフィエルメが興味を持ってくれた事が嬉しいらしく、机に手を置いて立ち上がるほど。

 でも彼女はまだ確かめる事があった。

 

「それで、副作用は?」


「そんなに気にしなくて良いさ。

私も気づかなかったぐらいだし」


「……副作用は?」


「体臭が薬よりも臭くなってしまうらしい。

お前が研究に使ったネズミが臭すぎるんだがッ!?どんな研究しやがったんだ!!ってネズミの世話担当が怒鳴り込んできてね…」


「………」


 フィエルメは静かに天井を見上げ……自身の顔をペチンと叩いた。

 期待した自分がバカだった、とそう言う様に。


「……この薬の導入の検討は、出来る限り善処して考えておこう」


「えええ!?別に副作用も臭くなるだけじゃないかっ!?」


「……いや、この臭いは酷すぎて、流石に集団では使えない。

怪我人が嗅いだ場合、下手したら戦士の天国『ヴァルハラ』行きだ」


「それは、大げさじゃないか……?」


 真剣な顔をするフィエルメに対して、不満気な表情を浮かべて首を傾げるカーミラ。

 確かにフィエルメの言葉も、半分冗談混じりではある。

 だが、もう半分は本気。

 死ななくても、体調不良を訴える者がいてもおかしくない程度には不快な臭いだった。


 多分、実験しすぎてカーミラは鼻が麻痺してしまったのだろう。

 それを彼女に伝えるためにはどうすれば良いか、フィエルメが考えた結果……


「ちょ……ちょっと、フィエルメ?

匂いを嗅がれるのは、流石に恥ずかしいのだが……」


 立ち上がった彼女は、自然な動きカミラの首筋へと顔を持っていく。

 そしてそこへ鼻を近づけ、彼女の匂いを嗅ぐ。


「あまり良い臭いとは、言えないな」


「……フィエルメ、私も傷つく時はあるんだぞ?」


「それは……すまなかった」


 恥ずかしそうに頰を赤らめたカーミラも、その指摘をされた時には真顔になってしまった。

 


「はぁ……多少は消臭出来るか、改良してみるさ。

あと!副作用は1日だけで、私は飲んでないからな!

あくまで、臭いが白衣と服に染み付いてるだけだから!

……まあ、風呂は入ってないが」


「いや、風呂はしっかり入ってくれ…」


 カーミラは必死に弁明するも、ボロが出てしまう結果に。

 ちなみに風呂は、しっかりとこの施設にもある。

 フィールドワークを行うから、というのもあるが一番は、薬品に変な結果が出ない様に身を清潔に保つ為であった。


「それは置いておいて……キミが来たのは、手紙の件だろう?」


「……まあ、そうだな」


 風呂の件を誤魔化した彼女へ、フィエルメはジト目を送るが、本題まで時間がかかったのは自分のせいという実感もある。

 それに時間を無駄に出来る立場でもない。

 今も前線では小競り合い程度でも、戦いが起きているだろうから。

 最後にもう一回釘を刺しておこうか、と考えるぐらいで話の続きを無言で促す。

 

 そうして2人が隣同士に腰掛けた所で。


「まずは、これを」


 カーミラは紅茶と共にミニチュアを差し出す。


「どうも…こっちは、魔力識別門か?」


「ああ、その通り。私が研究所に入って、一番最初に作った物だね」


 魔力識別門……それは、魔力の込められた道具や魔法のかけられた人間が通った際に反応するという代物である。


「今では、貴族家は一家に一台ぐらいはあるだろうな」


「まあ、それぐらいはあるだろうね。

お陰様で、研究費も困らないさ」


 本体も高く、維持費も高い金食い虫。

 だが、その判別機能は折り紙つき。


 最初は高すぎる値段に二の足を踏む貴族も多くいただろう。

 だが高位貴族のパーティーで通った際に気づくだろう、その安心感を。

 そしてその敷地を出た時には、謎の不安感を覚えただろう。

 今までの暮らしとは、何一つとして変わらないのに。

 

 その感覚は貴族の間で広がっていき、今では魔力識別門を置いてないのにパーティーを開くのは非常識、とまでされている。

 だから、このビジネスはもう大成功を収めたのだ。

 

「それで……これが何か?」


 フィエルメは、首を傾げる。

 確かに、これがものすごい普及したのは知っている。

 だが、わざわざ呼び出す程ではない。

 それでは、ただ自慢しただけで終わってしまう。


 もちろんそんな目的ではなかった。

 そして想定通りの質問に、キラリとモノクルが光る。


「……げっ」


「動力源となる魔鉱石。

それは使い捨てだが、こちらで回収をしているのは知ってるかい?」


「ほっ…ああ、もちろん」


 フィエルメは、案外短く終わりホッと胸を撫で下ろす。

 そして記憶を辿りながら、頷きを返す。

 彼女の住む王城にももちろん配備されており、実際に交換するシーンも目にした事があった。


「そしてそこには、私がこっそりと入れた仕掛けがあってだね……通った人間の属性適性、それと強弱も分かるのだよ」


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