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婚約破棄令嬢 家柄……今は× 資金……今は× スパイ適正……◎  作者: お汁粉パンチ


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出会い

 草。

 これは現代日本で使われている様な(笑)から始まり、省略され頭文字のwになり…今はそれを雑草に見立てて使われる草とは違うモノ。


 この世界……ラッテにおいて、他国へ根を下ろして活動するスパイの事だ。

 草は、引っ越した先の国から決して疑われることがない様に、任務をこなさずただ世代を重ねる。

 そうして祖国のために、たった一回の重要な任務をこなすためだけの存在だった。


 だからこうして200年間何も任務がなく、


「よぉ、キース! 仕事帰りで腹減ってるだろ?安くしとくぜ!」


 普通に生きる者もいるのだ。


「ああ〜、じゃあ焼き鳥パン2つで」


「あいよっ!」


 そうして馴染みのおっちゃんから手渡しされる。

 それはホットドッグの様に切り込みが入れられたパンに、レタスと醤油の様なタレがついた焼き鳥を挟んだモノ。

 この店で飯を買う時、絶対頼むメニューだった。

 それはやっぱり…美味しいからだ!


 家に向かって足を進めながらひと齧り。

 ああ、肉体労働で疲労した体によく染みる……。

 そして、ガクンと肩を落とす。

 

 言葉の端々からきっと気づいてくれるだろう、俺が現代日本の記憶を持って産まれてきた人間だという事に。

 だからこの体で立ち上がれる様になる前の記憶も覚えているし、今いるのが異世界だと気づいて心の中でガッツポーズした事も覚えている。

 そしてスパイの家系という特別な生まれ、こんなの俺のための世界みたいじゃん!

 

 ……そう、思っていた時期が僕にもありましたって感じ。


 まず、草は別にスパイというほどかっこいいものでもない。

 だって、そんな露骨な行動を取ったらバレてしまうし。

 だから祖先の人達も、草としての能力を子供に受け継いではいたものの使う事はなく、ただただ普通の人間として200年を終えたのだ。

 まあ平和なのは良いんだけど問題は、


「絶対目立っちゃいけないんだよなあ……」


 そう、枷をかけられているのだ。

 もちろん、鍛え上げた力で無双!なんてもっての外である。

 現代知識で荒稼ぎ!そのルートもしっかりと縛られていた。

 まあ、マヨネーズすら作れない人間が何の知識で無双すんねん!という感じなんだけどね。


 いくら魔法があるとはいえ、こんな事なら現代日本の方が幸せだよ……とほほ。

 娯楽も指で数えれるぐらいだし。

 


 そうして平和だけども、変わり映えのしない毎日。

 それに少しだけ憂鬱になりながら、帰宅するため大通りから路地へと入っていく。

 草としての任務、その前払いとして送られた唯一?の報酬がこの先祖代々受け継いでいる土地。

 両親を任務関係なく流行り病で亡くしてしまったから、今はこの少し広い家に一人暮らしだ。

 そんな家に帰ろうと思ったのだけど、


「…………誰?」


 薄暗い路地に佇む我が家。

 その玄関前に、謎の女性が体育座りで腰を下ろしているのだ。

 

 普通だったら開けてもらえますか?って話して、入っていく。

 ……いや、こんなシチュエーションやった事ないし、普通でもないんだけど!

 

 そしてそんな彼女が身につけている服は、庶民が働いても到底届かないレベルの代物だ。

 というか明らかにレベルが違いすぎて、無知な俺では値段をつけられない。

 でも明らかに生地の感じが、この世界では滅多にお目にかかれないレベルだと思う。


 豪商かそれとも……貴族か、どちらにしても厄ネタである。

 絶対、草としては関わらない方がいい案件。

 目立ってしまうし、下手したらそれが露見しなくても刑罰を受ける可能性も。

 

 ……とはいえ1人の人間として、見てないフリをするのも忍びないか。

 そんな訳で彼女に向かって歩いて行き、


「こんばんは」


 取り敢えず挨拶をしてみる。

 そしてビクッと、肩を大きく震わせた彼女へ続けて、


「良かったら、入って行きます?」


 そんなお誘いをかける。

 もし今まで考えていたのが勘違いで、たまたま休憩していただけだったら彼女も立ち去るだろう。

 迷子だったら、衛兵の詰所まで送っていくのもやぶさかではない。

 こちらの声は彼女に届いたのだろう、俯いて銀髪に隠れていた顔がゆっくりと持ち上げられていく。


 よく言えば素朴な顔、悪く言えば特徴のない顔……こちらが顔の品評なんてできる立場ではないのだけど。

 そして何より目立つのは、腫れぼったい目元。

 多分、泣き腫らした跡だろうか。


 そんな顔を晒した彼女は、こちらへ視線を投げかけてくる。

 そして僅かな時が経ち…ハッと何かを思い出した様に、周りをキョロキョロと見渡す。

 でもこちらも同じ様に確認しても何も見当たらない。

 それを確認したからか、ホッと胸に手を当てて一息ついた彼女は、


「お願い、します……」


 蚊の鳴く様な小さな声でこちらの誘いに答えるのだった。

 …分からないけど、案外表情豊かな人らしい。


 


「どうぞ」


「ぁ、ありがとう」


 部屋の中心に置かれたソファ、そこに腰掛けた彼女の前へカップを置く。

 湯気と共に、香り立つ紅茶の香り。

 他人に出すのは初めてかもしれない、それもこんなお嬢様?に。

 

 まだ夜風は体を凍りつかせるほど冷たい。

 それを温めるためにか、彼女は早速カップへ手を伸ばし口へと運ぶ。


「……美味しい」


「それは良かった」


 その感想を聞けて、ホッと一安心だ。

 ……いやいや、一応ここ俺が産まれてから20年住んでる家なんだけどね!?

 なんで、お茶を出すだけでこんな緊張しないといけないんだか。

 彼女の一つ一つの所作が洗練されすぎていて、つい緊張してしまった。

 気を取り直して…


「どうして、ウチの前に座り込んでいたんですか?」


 本題へ入る。

 夜も遅く、あまり女性1人で出歩くのは推奨できない。

 それが例え、王都だとしても。

 

 家出だったら、彼女の様な裕福な人間だけが住む地区でフラフラしていればいいだろう。

 友人の家にでも泊めてもらえば良いのだし。

 流石にこんな平民街まで降りてくるのは、リスクが大きすぎる。


 そんな事を思いながら問いを投げかけた。

 すると彼女の表情が再び曇ってしまう。

 

 ぎゅっと両手で握りしめられたカップ。

 何かを言いかける様に口が開かれるも、それは言葉にはならない。

 気まずい沈黙の時間、それを破ったのは、


ドンドンッッッ!!


 扉が破壊されたと勘違いするぐらい激しいノック。

 こんな音、ドラマで借金取りが来たシーンぐらいしか聞いた事が無い。

 しかもこんな夜分になんて、異常事態だ。

 

 そして、落ち着いていたのに震え始める彼女の身体。

 ……ああ、何となく分かった。


「隠れないで良いから、喋らないで座ってて。

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