草と草
詳細な調査も必要なく、現当主の悪行を知ってしまった俺たち。
調査を深める、というのも良いんだけど、
「あっちと接触したいよね」
「まあ、そうね。とはいえ……」
流石にいきなりは無理だろう。
だってこちらは部外者なんだし。
きっと彼女も同じ考えなはず。
そしてそれは草の本部も同じだったらしい。
しっかりと現地の草へ連絡するための手段が用意されていた。
やり方は単純!赤く塗った小石を指定された公園内のベンチの下に転がすだけだ。
それを毎日巡回しているあちらが拾い次第、同じ場所へ集合日時と場所を書いた紙を埋めてくれるという手筈になっている。
その公園自体も自然豊かな領地だからか広めに作られており、警備の巡回はまず無理だろう。
そもそも公園の巡回を滅多にしないだろうしね。
万が一に他人へ拾われた時も、ただのカラフルな石だからバレはしないはず。
ただその場合、草の人間へ伝わらない。
そのために予備を数個、あらかじめ王都の家から持ってきていた。
とはいえ、ドキドキだ。
慣れない土地で、しかも初めての方式で連絡をするんだから。
ただこちらの心配は杞憂だった様で数日後、日時と出会う店が書かれた紙を発見できた。
あれだけ日中に照り付けてきた太陽も、もう夜闇に飲み込まれてしまった。
だけども、今も明かりがポツンポツンと店から漏れ出ている。
そして外までも聞こえる喧騒。
彼らは豪快に酒を酌み交わし、ガハハと笑い合う。
人間の根源的恐怖を煽る暗闇から、それとも……別のナニカから逃げる様に。
そんな人間が集まる酒場の少し離れた壁際で、俺たちは静かにその時を待っていた。
食事は軽く済ませてきたけど、浮かない様にテーブルの上にはつまみと酒が置かれている。
とはいえ、酔ってやらかす事がない様にチビチビと口元へ運ぶ。
ちなみに今は、2人ともに幻影をかけた状態。
一応相手は草本部が大丈夫と言ってはいるが、無条件で信用するほどお人好しではない。
素顔は晒さず、幻影にて王都ですれ違った人間の顔を適当に貼り付けてある。
そうして、そろそろ約束の時間ぐらいだろうか。
酒場の席はほぼ満席、注文を受けるウェイトレスさん達は右往左往。
そんな盛り上がりを見せる中、
「久しぶりだなっ!元気してたか?」
という感じで、ジョッキから酒を煽っている最中に絡まれた。
なんだ!?オレオレ詐欺か何か!?
でも彼の着けている首飾り、それは俺が色を付けた石にチェーンを通したモノ。
そんな代物を見て、彼の正体を悟った。
「……ああ、久しぶり!元気してたか!……え〜っと」
「ジャンだよ、ジャン!忘れちまったのか?」
「ごめん、ごめん、ジャン」
咄嗟にアドリブを求められ、何とか対応する。
機密保持のため、互いに名前は教えられてはいない。
中肉中背で、くすんだ金髪、歳は一回りほど上だろう男。
そんな彼はこちらの肩へ腕を回したまま、
「……仕込み杖」
「黒桜」
しっかりと返したところで、ガッチリと握手を交わした。
まあ、初対面なんだけどね。
「それで、そちらのお綺麗な女性は?奥さん?」
そうして彼は席につきながら、ハーティアの方へチラリと視線を送る。
多分2人で行くというのはあちらが連絡しているとは思うけど。
でも誰がどう見ても草の人間じゃない。
だってテーブルでの食器の使い方が優雅すぎるし。
草はあくまで潜入、こうして目立ってしまうのも避けたいし、そもそも全員平民のはず。
彼女にも幻影はかけているけども、その身分は明らかに貫通して漏れてしまっていた。
「ふふふ、褒め言葉がお上手ですね。
私はネメア、主人のザックがお世話になっております」
「……いえいえ、ザックには俺も世話になってたさ!」
今回は、昔使った偽名を流用する事にした。
あんまり変えすぎると、混ざって忘れちゃうかもしれないし。
…とはいえハーティア、今の夫婦設定は聞いてないけどね!?
彼がこちらへ視線を送ってきた時は、静かにという事を示す、口の前で指を立てるジェスチャーで返す。
まあ、これで関係者だというのは伝わったかな?
ダメだったら、1人で行く事になるだけだし良いんだけどさ。
「とりあえず、個室に移動しようか?」
「……良いんですか?」
彼の提案に対しての問い。
それは個室を用意してもらったというよりは、逆に目立つのでは?というモノ。
だけども、
「大丈夫、大丈夫!マスターも……だから」
「なるほど」
彼はそう言いながら、自分自身とこちらを順番に指差す。
草の仲間、ではなさそうだ。
もっと散らばって配置されているだろうし。
なら、マスターの正体は1つしかないだろう。
それを察して俺も、ハーティアも立ち上がりついていく。
お代はしっかりと、机に置いて。
「そういえば、仕込み杖と黒桜って何よ」
「合言葉」
「なるほどね」
そうして喧騒の中、人の隙間を縫って奥へと進んでいく最中彼女から問いを投げかけられた。
確かにあれは、事前に説明していなかったかもしれない。
今回使われた合言葉は、『黒桜の仕込み杖』という実際にあるモノを用いている。
これは国王より草本部へと与えられ、代々その代表が受け継いでいるという代物。
話を又聞きだけど、桜の木で作られた杖に黒い刃が仕込まれているという物らしい。
ちなみに桜は激レア…というか、この世界にどこに生えてるか分からない。
大陸にあるのか、別の島や大陸にあるのかも。
元現代日本人だから脳内でイメージつくだけで、大半の人は名前すら知らないだろう。
ハーティアは……植物図鑑とかあったら、知ってるのかもね。
機会があったら聞いてみたい所だ。
そんな会話をコッソリとしながら、彼の後をついて行く。
案内されたのは、薄い扉を挟んだただの小部屋。
……これだと、情報が漏れないか少し心配だけど。
そう内心思っていると、彼が行く先は用意された席ではない。
棚に置かれた本を触り始めたのだ。
まさか、そう思った瞬間ガコンッという音が鳴る。
そうして彼がある壁を触った瞬間、クルッと半回転した。
これは……忍者屋敷でしか見た事ない回転扉!?
もしかして、と思ってハーティアへ視線を向けても、彼女も驚いている様だ。
そんな驚愕を浮かべるこちら2人へジャンは笑顔を向けながら、
「じゃあ、こっちで話そうか」
手招きをしている。
そして踏み入れた壁の裏。
後入りを許さない様にロックした彼の後を追って、ギシギシと音を立てる木製の階段を降りて行く。
少なくとも、ここ1年で作られた様な規模では……ない。
年季の入ったそれらは多分、数十年ほど前から作られているのだろう。
しかも、きっと秘密裏に。
そうして階段を降りた先に、1つの扉があった。
そこに向かって、ジャンはノックを何度も繰り返す。
決まったリズムで叩かないと開かないという感じだろうか?
流石に彼が間違える訳もなく、ガチャリとあちらで鍵が開いた音が鳴る。
固く閉ざされていたその扉は、重そうな音と共にゆっくりと開いていく。
薄暗い廊下にいきなり眩しい光が広がり、それはつい目を覆ってしまうほどだ。
そうしてここまで先導してくれたジャンは、くるんとこちらへ向かって一回転する。
「ようこそ、カルメン子爵領反乱軍『錆鎌』のアジトへ!」




