反乱の兆し
「通って良し」
「どうも」
「ありがとうございます」
王都から乗り合い馬車で3日ほど。
領境に置かれた関所を、旅人に扮した俺とハーティアは難なく通り抜けれた。
そうして俺達は、今回の任務の地であるカルメン子爵領へ足を踏み入れたのだ。
「んん〜、はぁ」
「馬車に乗ってただけなのに疲れるわね」
「まあ、庶民でも手が届く額だしね」
こちらが歩きながら伸びをすると、彼女の方からそんな愚痴が聞こえてくる。
でもそれを言いたくなる気持ちも分かってしまう。
だって道はガタガタ、下に敷かれたクッションもくたびれて頼りないモノ、足を伸ばせる様なスペースもないのだから。
……もう数日続いていたら狂ってたかもしれない。
目立たないように、2人とも休憩時に回復魔法をかけてたから何とか耐えれた。
ハーティアは馬車移動自体は慣れているだろうけど、元侯爵令嬢。
幾らなんでも、ここまで揺れる馬車に乗った事はないだろう。
とはいえ俺もほぼ王都暮らしだったし、あまり縁はなかったんだけどね。
覚えているのは子どもの頃、親と一回だけ行った旅行の時ぐらいだ。
これを帰りにもう一回味わう、そんな憂鬱になりそうな事実は置いておくとして。
周りの街並みや行き交う人の表情を観察する。
「別に、普通に見えるけれど」
「関所で賄賂を求められたりもしなかったわね。
この街は平和って事かしら?」
こちらの感想も、彼女の見解と大体同じ。
ぱっと見では、至って普通に見える。
もし指令書に反乱と書かれてなければ、考えてもみないだろう。
「とりあえず、ラカンまで行こうか」
「ええ、そうね。この街で長居しても、情報は集められなさそうだし」
観光はそこそこに、別の街へと行くことにした。
ちなみにラカンというのは、領主の館があるカルメン領の領都の事だ。
きっとそこまで行けば分かるだろう。
指令所に書かれた根拠が本当かどうか……
でも、それは案外早く判明した。
領都へ向かう道沿いにはポツンポツンと村が幾つも点在している。
そこで宿泊しながらという感じで、乗り合い馬車は進んでいたのだ。
そして、その日は併設された酒場にて夕食を取っていた。
「あの領主の若造、オレ達の事なんだと思ってやがるんだッッ!」
バンッと勢いよく叩きつけられた木製のジョッキ。
並々に注がれた琥珀色の液体が、泡が、その衝撃によって机へ零れ落ちる。
加えて叫ばれたのは、穏やかじゃない愚痴。
「……おい、やめろよハンス。
誰が聞いてるか分からないだろ」
「サイガッッ!お前はぁ、何も思わねぇのか?」
「……思ってても、何も変わらねぇしな」
更にヒートアップする会話。
これは、気になるな。
同席していて、今は素手で骨付き肉と格闘している彼女とアイコンタクトを交わす。
そうして立ち上がると、
「こんばんは、良ければその話詳しく聞かせてくれないかな?」
「何だ、お前。見た事ねぇな、旅人か?」
彼らのテーブルへと行き、話しかけた。
この辺にいない人間で、ローブを羽織った様な格好から旅人と判断したのだろうか。
少し怪しまれはする。
そんなところで、ポケットから銀貨を1枚取り出す。
「お二人共に酒と、つまみなんかも奢らさせて頂きますから。
いかがでしょう?」
そうして取り出した銀貨は、彼らの目線を奪う。
だけども、すぐにこちらの顔へと戻ってくる。
それは胡散臭そうなモノを見る、胡乱な目。
「……お前、領主側のスパイじゃねえだろうな?」
スパイ、その単語に少し心臓がドキンと大きく鼓動を立てる。
とはいえ表情にはおくびにも出さない。
そもそも、本当に違うんだしね。
俺は違うというのを示すジェスチャーをしながら、
「とんでもない!ただ気になっただけの野次馬ですよ。
それに領主側だったとしても、酒の席の発言を取り締まり始めたら他の貴族の笑い物じゃないですか?」
「それは……ちげぇねな。まあ、いいぜ。
愚痴りたい気分だったからよ」
「まあ、タダなら文句はねぇな」
どうやら、うまく説得できた様だ。
彼らは追加でもう一杯のビール、それに塩が良く効いた骨付き肉を追加で頼む。
「なら、どこから話そうかねぇ………」
始まったのは、かつては平和に農民として暮らしていた彼の語り。
ある日現当主の祖父の元へ、遠い異国であり食糧難に喘ぐアルバス王国が助けを求めたらしい。
それに対して優しいその当主は、僅かながらも収穫した小麦を税に上乗せする事でその分を捻出したそうだ。
「まあ税金は高くなったが、せいぜい1週間分の小麦を収穫の時期に1回渡すだけだ。
募金とでも思えば訳ないさ」
「一応、この領は麦の豊作で有名なんだしな」
それは前当主にも引き継がれるが、その量が増える事はなかった。
だが前当主である父親が病気で亡くなり、若くして就任した現当主……ブナイフ・ド・ラ・カルメン。
彼に変わってからは、状況が一変したそうな。
「『アルバス王国との長年の友誼、それに応えるべく更に取引量を増やす事をここに宣言する』アイツはそう言ったんだ。
だがその時は、せいぜい払う麦の量が増えるくらいだと思ったさ」
「ただアイツはその後、とんでもない事をしでかしやがったんだ」
「……何をしたんです?」
怒りが収まりきらないのか、その握られた拳が机の上でブルブルと震え出す。
任務を果たすという役目があるものの、内心怖いモノ見たさがあるのも否定は出来ない。
「売り渡しちまったのさ」
「何を?」
「この領で収穫された全ての麦、その権利をだよ」
彼の怒りで震える様な言葉はしっかり届いた。
この世界では滅多に聞かない取引方法。
……地球だとこう呼ぶのだろうか、先物取引と。




