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朝の山道を下りながらじっと私は思索にふける。
(……仇討ちするしかないのか?)
アラステアと【黒玉】の氏族だけではない、人間との戦いで親兄弟を亡くしたものは枚挙にいとまない。
私自身も人間との戦いで亡くなった親戚がいるし、父も人間との戦いの中で精神的な不調を抱えたことで私に氏族長を引き継がせた。
けれど、もう戦いなどせずのんびり暮らしたい気持ちもあるのだ。
戦うという事は精神的な消耗も大きい。この世界ならば大事な人と静かに生きていくという道もある。
けれど親兄弟を殺めたあの世界の人間たちへの仇討ちを望むものは多く、仇討ちとなれば神の森のエルフを統べるものとして私も先頭に立つことになるだろう。
せめて10年くらい考える時間が欲しいところだ、と思うとため息が漏れる。
道なき道を歩いた先にたどり着いたのは、車一台分ほどの林道だ。
かれこれ数百年ぶりに見たボロボロのアスファルトにはあの世界にはない文明の感触がある。
(ああ、懐かしいな)
前世の私ならドン引きものの山道だが、エルフとして森の奥で生きてきた身からすれば人間の文明の匂いがする。
「ここから人里まではもう1時間半くらい頑張って貰いますけど、【翡翠眼】の人らは大丈夫やろか?」
行商も行う【紫苑】と傭兵の【黒曜】はともかく私をはじめとした【翡翠眼】の面々は何時間も歩くことに不慣れで、何人かは随分と息を切らしているのが見えた。
私も少ししんどくなってきたのでオーヴラの気遣いを汲み取って休憩を入れると、同行してくれた【翡翠眼】の面々はさっそくマジックバックから敷布と水を取り出して休憩に入る。
ぼうっと水を飲みながら空を見上げる。
空の青さは神の森で見ていたものと変わりない、澄んだブルーをしている。
「……どの世界でも緑は美しく、空は青いんだな」
*****
休憩の後、私たちは1時間半かけて鹿角の街へと降り立った。
平成日本人の感覚だと過疎地帯の地方都市だが、神の森から最も近い町は一度見に行った時の記憶だと町というより要塞という風情だった記憶があるのでむしろ落ち着く。
「わてらは塩買うてきますけど、【翡翠眼】さまはどないしはりますの?」
「いや、【紫苑】の面々にもついて来てもらうよ。土地の情報を一番細かく把握してて欲しいしね」
【紫苑】の面々が考えてる山で採掘した自然金を塩と交換してもらうのは少々無理があるので、まずは手持ちの資源(熊の毛皮や内臓・自然金)を合法的に日本円に変えて貰う必要がある。場合によっては役場の仲介で塩をまとめ買いしてもいい。
あとは鹿角の役場を通じて日本政府との繋ぎも得ておきたい。そして日本政府にエルフ12氏族が日本に住むことを認めてもらい、日本国内にいる間の安全を保障してもらう。
個人的には難民申請して日本国籍を取得後みんなでのんびりというのも悪くないが、日本は難民に厳しい国だから難民申請が通るとは思えないのがネックだ。なにより日本国籍になると仇討ち云々で他の氏族と揉めそうなんだよなあ……。
エルフ特有の美しい相貌がプラスに働くことを祈るばかりだ。
「役場はどっちやろか」「ピヤッ?!あ、あっちです!」
地元のおばあちゃんに道聞いただけでビビられるエルフの美貌、普通に効果があり過ぎる。
お陰で目的の役場には思ったよりすんなり着くことが出来た。ありがとう、おばあちゃん。ありがとう、道端の青い看板。
「おはようございます、ちょっとよろしいですか?」
さ、交渉の時間だ。




