第八章 芝の上の距離
サラリーマンは、なぜゴルフをするのか。
よく言われるのは、楽しいからだとか、健康のためだとか。
だが当時の私には、そんな理由は建前にしか思えなかった。
出世のためだ。
そうとしか見えなかった。
週末の朝、まだ暗いうちに家を出て、
一日かけてコースを回る。
終われば風呂に入り、酒を飲み、また関係を深める。
その繰り返し。
そこにあるのは娯楽ではなく、関係づくりだと、私は考えていた。
だから距離を置いた。
ゴルフは、金のかかる遊びだ。
道具も、プレー代も、時間も、すべてが重い。
そして何より、うまくなるには練習が必要だ。
中途半端にやって、うまくなるはずがない。
私は、そういう世界に足を踏み入れたくなかった。
金をかけ、時間を使い、
誰かに合わせて自分の時間を差し出す。
それが正しいとは思えなかった。
自分は仕事で評価されるべきだ。
芝の上ではなく、数字で判断されるべきだ。
そう信じていた。
だから誘われても、うまくかわした。
参加したとしても、最低限にとどめた。
結果として、私はその輪の外にいた。
だがその外側にいることを、私は問題だとは思っていなかった。
むしろ、誇りのようなものさえ感じていた。
自分は、ああいうやり方に頼らない。
実力で勝負しているのだと。
だが今思えば、あの場所は単なる遊びではなかった。
仕事では見えないものが、そこにはあった。
距離の取り方。
間の取り方。
言葉にしない了解。
そうしたものが、静かに共有されていた。
私は、それを軽視した。
軽視したままでも、当時は困らなかった。
だから気づかなかった。
自分が、何から外れているのかを。
そしてその外れは、やがて形を持ち始める。
気づいたときには、埋めにくい差になっていた。




