表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

第二十六章 心理的安全性

第二十七章 心理的安全性


本社の部隊は、それまで私がいた現場とはまるで違っていた。


大所帯。


老若男女。


新卒もいれば、ベテランもいる。

中途採用もいる。

育休明けの社員もいる。


いわゆるDEIというやつだった。


価値観が違う。

働き方も違う。

仕事への距離感も違う。


正直に言えば、私は苦手だった。

戦国時代で言えば外様、現場叩き上げ。


ただ、誤解してほしくないのは、

私は別に根性論の情熱タイプではない。


怒鳴って引っ張る訳でもない。


熱血漢でもない。


むしろ逆だった。


理屈で考える。


効率を考える。


筋を通したい。


だから、

「正しいなら通るべきだ」

と思っていた。


そして、

それが通らない組織に苛立っていた。


新天地の私の役目は、親会社から着任した部長を補佐することだった。


昔のように、

自分だけ結果を出せばいい訳ではない。


組織全体を見る。


人を動かす。


それが求められていた。


これは正直、試される領域だった。


どの職場でも部下との関係が悪かった訳ではない。


現場では直ぐに馴染めた方だったと自負していたと思う。


飲みにも行く。


相談も受ける。


困っていれば助ける。


お客さんにも好かれる。


今で言えば、

八方美人だったのかもしれない。


ただ、その代わり、

上司にはあまり好かれなかった。


いや、正確に言えば、

上に対する“所作”が出来なかった。


根回し。


忖度。


先回りした承認。


そういうものを軽視していた。


私は、

「結果と理屈で十分だ」

と思っていた。


だが本社では、

それだけでは上手くいかなかった。


そんな時だった。


部長が、ある話をしてくれた。


きっかけは、

部下からの小さな苦情だった。


私は最初、

「そんなことで?」

と思った。


だが部長は、

まず相手の話を聞いた。


途中で遮らない。


否定しない。


感情を受け止める。


そして最後に、

静かにこう言った。


「良い成果を出したいなら、先に心理的安全性を作ることだ」


私は少し驚いた。


心理的安全性。


正直、最初は意識高い系の言葉にしか聞こえなかった。


すると部長は笑いながら言った。


「違うんだよ」


「人は、安心している相手の頼みしか、本気では聞かない」


その言葉は、

私には目から鱗だった。


私は昔から、

部下に無理を頼む前には雑談をしていた。


困っていれば助けていた。


飲み会にも顔を出した。


だがそれは、

理論でもマネジメントでもなかった。


ただ自分が自然にやっていただけだ。


言語化もしていない。


体系化もしていない。


一方的な行動だった。


だから再現性もない。


気分にも左右される。


私は“人間関係”を、

感覚だけで処理していたのだと思う。


だが部長は、

それを“心理的安全性”という言葉で説明した。


私はそこで初めて、

自分が曖昧にやっていたことの意味を理解した。


感覚でやっていたことにも、

ちゃんと理屈があったのだ。


それは私にとって、

かなりの目から鱗だった。


ただ、

だからといって、

私は上司にまでそれをやろうとは思わなかった。


そこは今でも違うと思っている。


上司に対して必要なのは、

心理的安全性ではない。


信頼と説明責任だ。


私は、

「仕事を見てくれ」

と思うタイプだった。


結果。


中身。


ロジック。


そこを評価してほしかった。


だが現実の組織は、

必ずしもそうではなかった。


上司が求めるのは、

優秀な部下とは限らない。


使いやすい部下。


自分に逆らわない部下。


自分の方針を否定しない部下。


承知しましたと言える部下。


そして何より、

自分の任期やポジションを脅かさない部下だった。


気がつけば、

後任に選ばれるのも、

そういう人間だった。


私はそこに、

強い違和感を持っていた。


昔は、

正しい人間が上に行くと思っていた。


実力のある人間が評価されると思っていた。


だが現実は違った。


組織には、

組織の論理がある。


上司には、

上司の保身がある。


それを初めて理解した時、

私は少し冷めた。


もう、

正道だけではないのだと。


もちろん、

全部がそうではない。


立派な上司もいた。


本当に部下を育てる人もいた。


そして私は幸運だった。


最後の最後で、

この部長に出会えた。


人を頭ごなしに否定しない。


感情で支配しない。


だが、

甘やかしもしない。


人を動かすことを、

ちゃんと理論で理解している人だった。


私は、

この歳になって初めて、

マネジメントを学んだ気がした。


残り少なくなった会社生活の中で、

この部長に出会えたこと。


それは、

間違いなく私の財産だったと思う。


この部長は後に役員となり、私は部長に再昇格した。


しかし……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ