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第二十五章 親会社から来る人たち

不思議なことに、親会社から来る上司たちは、私の話をよく聞いた。


社内では扱いづらい人間。


空気を読まない。

正論ばかり。

敵を作る。


そんな評価だったはずなのに、親会社側の人間は、なぜか私を遠ざけなかった。


理由は、自分でも分かっていた。


当たり前なのだ。


YESマンは、いいところを見せたがる。


問題を小さく言う。

都合よく説明する。

上が喜ぶ報告をする。


組織とは、そういう空気になりやすい。


特に数字が厳しくなると、なおさらだ。


だが私は違った。


昔から、それが出来なかった。


誇張しない。


都合よく言わない。


現実を、そのまま話す。


問題があれば問題と言う。


出来ていなければ、出来ていないと言う。


もちろん、それで損もした。


空気を悪くする。

夢がない。

批判的だ。


そう思われることも多かった。


だが、親会社から来る上司たちは違った。


彼らは、会社全体を見に来ている。


だから、“本当の状況”を知りたがる。


現場で何が起きているのか。


誰が疲弊しているのか。


どこに無理があるのか。


そこを知りたい。


だから私は利用されるのだと思っていた。


「あいつに聞けば、本当のことを言う」


そういう役割。


実際、それは間違っていなかったと思う。


だが不思議だったのは、誰一人として私を卑下しなかったことだ。


利用するだけなら、もっと雑に扱えばいい。


だが彼らは違った。


ちゃんと話を聞く。


ちゃんと人として接する。


それが意外だった。


私は長い間、会社とは“利用し合う場所”だと思っていた。


もちろん、それは今でも間違っていない。


組織なのだから当然だ。


だが、人を利用することと、人を見下すことは違うのだと、この頃ようやく分かってきた。


あの常務、悪ハゲや成り上がりは、人を駒として使った。


そして、自分の都合が悪くなると切る。


だから誰も本音を言わなくなる。


一方で、親会社から来る上司たちは違った。


現実を語る人間を嫌がらない。


むしろ必要としていた。


もちろん、私の全部を評価していたわけではないだろう。


面倒な奴だと思っていたはずだ。


だが少なくとも、“使える現場の人間”として見ていた。


そして私は、その頃になると少しだけ変わっていた。


昔のように、

「なんで分かってくれない」

と感情的になることが減っていた。


現実を語る。


判断するのは上。


それは自分の課題ではない。


アドラー心理学の“課題の分離”が、少しだけ身についていたのかもしれない。


もっとも、完全ではない。


今でも納得できないことは山ほどある。


だが少なくとも、昔のように“全部背負う”ことは減っていた。


だからなのかもしれない。


親会社から来る人たちと、ようやく普通に仕事ができるようになっていたのは。

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