第二十章 社長
現社長は、親会社で役員まで務めた人だった。
いわゆる叩き上げではない。
だが、不思議と現場を見る人だった。
役員というのは、もっと冷たい人間だと思っていた。
数字だけを見て、感情で動かない。
そんな人間ばかり見てきたからだ。
だが社長は違った。
廊下ですれ違えば声を掛ける。
現場に来れば、数字より先に人を見る。
不思議な人だった。
そして何より、私のような面倒な人間にも、きちんと言葉を掛けてくれた。
私は、正直意外だった。
降格人事の後だった。
社内では、“終わった人間”という空気が流れていた。
パワハラ容疑。
部長更迭。
再婚話。
面白おかしく見ている連中もいたと思う。
そんな時、社長に呼ばれた。
私は身構えた。
また何か言われるのだろうと思った。
だが社長は、まったく違う話をした。
彼女との再婚についてだった。
少し沈黙した後、社長は静かに言った。
「お前の人生だ」
私は、言葉を失った。
社長は続けた。
「会社に遠慮することはない」
その瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが崩れそうになった。
あの常務には、
「お前がやめろ」
と言われた。
組織を守る側の人間としては、正しかったのかもしれない。
だが社長は違った。
会社を背負う立場でありながら、
最後は“人間の人生”を見ていた。
そして私は後になって気づく。
この社長は、今回の降格人事に意見したらしい。
本当は、本州の端にある一人営業所への左遷話が出ていた。
実質的な島流しだった。
誰が見ても、そこで終わる人事。
だが、それを止めたのが社長だった。
社長は、私を二度目の大阪勤務にした。
しかも、大阪の長へ直接こう言って託したという。
「頼むぞ」
後から聞いた話だった。
私は驚いた。
なぜ、そこまでしてくれるのか。
理由の一つは、彼女だった。
社長は、後に妻となる彼女の良き理解者でもあった。
彼女がどれだけ現場を支えてきたか。
どれだけ周囲から信頼されているか。
社長は、よく見ていた。
だからこそ、私たちの関係を単なる問題として扱わなかったのだと思う。
そして、その人事があったからこそ、私は踏みとどまれた。
もし、本州の端の一人営業所へ飛ばされていたら。
私はきっと、自暴自棄になっていた。
会社を辞めていたかもしれない。
いや、人生そのものを投げ出していたかもしれない。
だが社長は、私にもう一度居場所を与えた。
大阪だった。
かつて戦い、苦しみ、成長した場所。
そこで、もう一度やってみろ。
そう言われている気がした。
思えば私は、ずっと会社と戦っていた。
だが社長は、戦う相手ではなかったのかもしれない。
むしろ、会社というものを知り尽くした上で、
なお人を見ようとしていた。
だから社長になれたのだろう。
私は最後まで、
正しさだけで組織を動かそうとしていた。
だが社長は違った。
人も、組織も、感情も、現実も、
全部飲み込んだ上で前へ進む人だった。




