第一章 メンバーシップの空気の中で
私は大手企業のグループ会社に入社した。
バブルの余韻がまだ残る時代だった。景気の先行きに陰りは見え始めていたが、「いい会社に入れば一生安泰」という空気は確かに存在していた。
配属先の仕事は、主に大手企業との取引だった。会議室に入れば、名だたる企業の担当者が並ぶ。肩書きの重さ、言葉の端々に滲む自信、判断の速さ。彼らは明らかに優秀だった。
その場に、私はいた。
それだけで十分だった。
同じ空気を吸い、同じ机に資料を並べ、同じ言葉を交わす。いつしか私は、自分も彼らと同じ側の人間なのだと錯覚するようになっていた。
振り返れば、何の根拠もない。
私はいわゆるFラン大学の出身で、特別な実績もなければ、突出した能力があったわけでもない。ただ、バブル末期という時代の隙間に滑り込んだに過ぎない。
だが当時の私は、そんなことを考えたこともなかった。
大手のグループ会社にいる。
一流企業と仕事をしている。
周囲には優秀な人間がいる。
それらすべてが、私自身の価値であるかのように感じられた。
やがてその感覚は、「自分は出来る男だ」という確信に変わっていった。
実際、仕事はそれなりに回っていた。大きな失敗もなく、与えられた役割はこなしていた。周囲から厳しく指摘されることも少なかった。むしろ、若いのによくやっている、と評価されているような気さえしていた。
だがそれは、私が優れていたからではない。
組織が、そう見せていただけだった。
メンバーシップ型の会社では、人に仕事がつく。
足りない部分は周囲が補い、問題が起きれば組織全体で吸収する。個人の能力が露骨に問われる場面は、思っているほど多くない。
私は、その仕組みの中で守られていた。
それでも私は、自分の力でやっていると思っていた。
誰かに支えられているという感覚はなかった。
むしろ、周囲のレベルが高いから自分も引き上げられているのだと、都合よく解釈していた。
今思えば、逆だった。
私は引き上げられていたのではない。
引き上げられているように見えていただけだったのだ。
だがその違いに気づくには、あまりにも時間がかかりすぎた。
このとき芽生えた「自分は出来る」という感覚は、やがて確信となり、疑うことのない前提となっていく。
そしてその前提こそが、後に私自身を縛ることになるとは、
このときの私は、まだ知らなかった。




