第十六章 院政
あの常務は、本部長を外れた。
昇格だった。
管掌役員。
現場から一段上へ移り、組織全体を見る立場になった。
だが実際には、完全に手を離したわけではなかった。
院政である。
誰が動き、誰が止まり、
誰が使え、誰が危ういか。
相変わらず見ている。
そして、あの常務の子飼いたちも、各所に残っていた。
組織は役職だけでは動かない。
誰につながっているか。
誰に見られているか。
その線の方が、時に権限より強い。
私は、そのことを少しずつ理解し始めていた。
代わって本部長になった男がいた。
私より十ほど年上。
私は、この男が嫌いだった。
陰険だった。
表向きは穏やかに話す。
だが、人を追い込む時だけ異様に粘る。
逃げ道を塞ぎ、
言質を取り、
周囲を固めていく。
そういうやり方をする男だった。
お客様からの評判は悪い。
現場でも好かれてはいない。
だが、不思議なほど社内評価だけは高かった。
上への説明がうまい。
役員受けする。
根回しも徹底している。
そういう男だった。
私は心の中で、彼を「悪ハゲ」と呼んでいた。
もちろん口には出さない。
だが、それ以外に呼びようがなかった。
過去には、部下を自作自演で落とし入れたという噂も聞いた。
真偽は分からない。
だが、不思議と嘘には思えなかった。
それくらい、人を追い込む空気を持っていた。
悪ハゲが本部長に就任してから、空気が変わった。
最初は気のせいかと思った。
だが違った。
明らかに、私は試されていた。
若くして部長に登用された私を、
値踏みしていた。
本当に使えるのか。
ただ勢いだけの男ではないのか。
そんな目だった。
会議での発言。
数字の報告。
人事の相談。
何かにつけて引っ掛けてくる。
細かいことを執拗に確認し、
こちらの説明をわざと人前で否定する。
逃げ場を与えない。
私はすぐに理解した。
こいつは、自分を認めていない。
いや、それ以上に、潰せるかどうか見ている。
理由も、何となく分かっていた。
私は、彼の流儀で動かない。
根回しを軽視し、
役員への見せ方も考えない。
現場を優先し、
正しいと思うことを押し通そうとする。
そういう人間を、彼は嫌う。
一方で私は、彼を軽く見ていた。
お客様から支持されない人間が、
なぜここまで上がれるのか。
本気で理解できなかった。
だが今思えば、見えていなかったのは私の方だった。
彼は、会社の中で必要とされる動きをしていた。
少なくとも、上からはそう見えていた。
そして私は、その逆をやっていた。
お客様から好かれ、
取引先から頼られ、
部下から支持される。
だが、それだけでは足りない。
私はまだ、その意味を理解していなかった。
そして悪ハゲは、静かに私を追い込み始めていた。




