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第十三章 機転

あの常務が来た。


着任して間もない頃だった。


視察という名目だったが、ただの挨拶回りではないことは分かっていた。

人を見に来ている。


そんな空気があった。


中核拠点には、様々な人間が集まっていた。

数字を出す者。

出世を狙う者。

誰かの後ろ盾を持つ者。


私の部下にも、専務の息が掛かった連中がいた。


本人たちは隠しているつもりでも、見ていれば分かる。

誰を見て仕事をしているかは、態度に出る。

こいつらは偉い人には見境なく媚びを売る。


もっとも、私には関係ないと思っていた。


私は現場を回し、問題を起こさず、数字を作る。

それだけだった。


あの常務は、静かな人だった。


相変わらず口数は少ない。

必要以上に前に出ることもない。


だが、視線だけは鋭かった。


誰が動いているのか。

誰が空気を作っているのか。


表情を変えずに、よく見ていた。


そして、その日、常務は帰った。


その直後だった。


大地震が来た。


建物が大きく揺れた。

机が動き、壁が軋み、

空気そのものが不安定になるような揺れだった。


幸い、こちらは震源地から離れていた。

拠点に大きな被害はない。


だが交通は止まり始めていた。


私はすぐに動いた。


「ホテルを押さえろ」


部下に指示を出した。


帰宅困難者用だった。

少なくとも、表向きは。


だが本当は、別の考えがあった。


――あの常務は戻ってくる。


なぜか、そう思った。


根拠はない。


だが、あの人はそういう人間だと思った。


現場を放置しない。

自分の目で確認しに来る。


そういうタイプだと感じていた。


だから私は、常務用の部屋も確保させた。


部下は少し驚いた顔をした。


「戻ってきますかね?」電話は通じない。


私は短く答えた。


「来る」


それだけだった。


数時間後、本当に戻ってきた。


私は驚かなかった。


やはり来たか、と思った。


常務は特別なことを言わない。

混乱の状況を確認し、現場を見て回った。


誰が動いているか。

誰が指示を出しているか。


静かに見ていた。


そして、用意していたホテルへ案内した。


そのとき初めて、常務が少しだけ表情を崩した。


「準備がいいな」


短い一言だった。


「部下の機転ですよ」


だが私は、その言葉を覚えている。


私は初めて、あの常務と呼吸が合った気がした。


正しさだけではない。

組織の中で、相手が何を考え、次にどう動くか。


それを読む。


あのときの私は、少しだけ、それが出来ていたのかもしれない。部下はしてやったりと思ったはずだ。

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