第十一章 失脚と代償
動きは、静かに始まっていた。
もう一人の部長代理が、パワハラの証拠を集め始めた。
あの常務の子飼いである彼は、この役目に適任だった。
感情では動かない。
現場に溶け込みながら、記録を積み上げていく。
表に出ない声を拾い、形にしていく。
私は、その動きを止めなかった。
むしろ、必要だと考えていた。
このままでは、不正が起きる。
いや、すでに起きていてもおかしくない状態だった。
数字に追い込まれ、逃げ場を失い、
やがて線を越える。
そういう空気が、確かにあった。
だから止める。
そのために動く。
それが、自分の役割だと思っていた。
だが同時に、迷いもあった。
私は、部長を葬り去るつもりはなかった。
改心してほしかった。
やり方を変えれば、この部門はもっと良くなる。
そう信じていた。
だが現実は違った。
数字に執着している人間は、
それを脅かされると、本性を現す。
部長は、変わらなかった。
むしろ締め付けは強くなり、
部下たちの表情から余裕が消えていった。
限界が近づいているのは、誰の目にも明らかだった。
そして私は理解した。
ここに居続けること自体が、危険だということを。
正しさでは止められない。
対話でも変えられない。
すでに、線は越えられている。
やがて、あの常務に報告が上がる段階になった。
だがそのときには、状況の大半は把握されていた。
私が伝える前に、すでに見られていた。
集められた証拠。
積み上げられた事実。
決定は、早かった。
部長は、失脚した。
その瞬間、すべてが終わったはずだった。
だが、終わってはいなかった。
これが、人を売るという行為なのだろうか。
そんな言葉が、頭をよぎった。
後にも先にも、そんなつもりはなかった。
誰かを貶めて、自分が上に行く。
そういうやり方を選んだ覚えはない。
だが今回の一件で、私はその流れの中にいた。
主導したわけではない。
だが無関係でもない。
結果として、一人の人間が組織から外れた。
その事実だけが、静かに残った。
一方で、確信もあった。
私は正しいことをしたはずだ。
部下を守るために動いた。
会社のために動いた。
あのまま放置していれば、
いずれもっと大きな問題になっていた。
だから、この結果は必要だった。
そう思っていた。
そしてどこかで、次を考えていた。
あの状況を動かした。
結果も出した。
ならば、その先があるはずだ。
期待していたわけではない。
そう言い聞かせながらも、心のどこかでそう思っていた。
だが現実は違った。
私は、部長にはならなかった。
異動だった。
同じ本部の中核拠点。
所長としての配置だった。
周囲から見れば、栄転だった。
だが、自分の中では違和感が残った。
そして、新たな部長が迎えられた。
私は、その下に入ることになった。
理由は、説明されなかった。
だが理解はできた。
私は、「部長にする人間」としては見られていなかったのだ。
仕事はできる。
結果も出せる。
組織を動かすこともできる。
だが、それだけでは足りない。
何が足りないのか。
そのときの私は、まだ分からなかった。
ただ一つ、はっきりしていたことがある。
あの一件は、自分の位置を変えた。
正しいことをしたはずだった。
間違ったことはしていない。
それでも――
私は、この先、もっと会社の闇を見てしまうことになるとは、思いもよらなかった。




