戦場
魔獣討伐が最終局面に差し掛かった頃、教会の重い扉を蹴破るようにして、血塗れの騎士たちが次々と運び込まれた。
あの日、アルベルトを死の淵へ追いやった魔獣が再び姿を現したのだ。群れを活性化させていた元凶との遭遇で、運び込まれる者たちは、誰もが致命的な裂傷を負っていた。
「ああ、なんという凄惨な……! 神よ、お救いください!」
エリオ司祭が駆け寄る。だが、その行動を見て、シェラの喉の奥から煮えくり返るような怒りがせり上がった。
エリオは、苦痛に喘ぐ若者たちを素通りし、身なりの良い、位の高そうな騎士の元へ真っ先に駆け寄ったのだ。
(……優先順位がめちゃくちゃ。救える命から捨てていくなんて、ありえない……!)
看護師としての本能が、シェラの恐怖を塗りつぶした。
「レラ! 年上の子たちを集めて! 清潔な布と水、あと、水を沸騰させて!」
「シェラ!? でも司祭様が……」
「あんなの無視して! 私がどうにかする。死なせたくないから、私の指示に従って!」
9歳の少女から放たれた、戦場を支配する号令。
シェラは素早く広間を駆け抜け、騎士たちの脈をとり、呼吸を確認していく。
「この人は最優先。こっちはまだもつ、レラ!動ける子は軽症の人たちの泥を落として、傷口を洗ってあげて!」
阿鼻叫喚の聖堂が、一人の少女の指揮によって「野戦病院」へと変貌していく。
そこへ、前線から戻ったばかりのユーリが、煤と返り血にまみれた姿で現れた。彼は整然と動く子供たちと、的確に指示を出すシェラを見て、目を見開いた。
「……先日はすまなかった、お嬢ちゃん。……いや、シェラと言ったか。私も手伝おう」
「癒し手様!助かりますが、大丈夫ですか?」
ユーリは前線から戻ってきたばかりだ。
「ユーリでよい。…私は大丈夫だ」
ユーリの瞳に強い意志を感じた。
「ありがとうございます、ユーリ様。私は止血に回ります、あなたは重症の騎士から順に、癒しをかけてください! お願いします!」
シェラは自らの魔力を指先に集中させた。
出血している血管を特定し、血管に癒しをかけ、組織を繋ぎ止める。自分の魔力残量を計算しながら、極限の精度で治療を継続していく。
一方でエリオ司祭は、数人に光を当てただけで「魔力が切れた」と吐き捨て、早々に奥へと逃げ去っていった。
嵐のような時間が過ぎ、聖堂に重苦しい静寂が戻った頃。
シェラは、静かに横たわる「動かなくなった」騎士の側に跪いていた。
彼の顔の汚れを濡らした布で丁寧に拭い、剥き出しになった痛々しい傷口を、残った僅かな魔力でそっと塞いでいく。
「……何をしているのだ?」
背後からユーリが声をかけた。その声には、隠しきれない畏怖と敬意が混じっている。隣には妙齢の騎士も一緒にいた。
「……表面の傷を、癒しているんです。せめて綺麗な姿で、神様の元へ行って欲しくて」
シェラの小さな手が、騎士の乱れた髪を整える。それは、前世の病院で幾度となく行ってきた、旅立つ者への最後の奉仕――エンゼルケア
「……君は、まるで聖女のようだ」
「聖女なんかじゃありません。……もっと力があれば、この人も助けられたかもしれないのに」
抑えていた感情が、不意に言葉となって溢れた。
助からない命だったことは、医学的に理解している。それでも、救えなかった悔しさは、9歳の小さな体に重くのしかかる。
「自分を責めるな。君の的確な指示と癒しがなければ、死人はこの数倍に膨れ上がっていただろう。……君は、今日ここで多くの命を繋ぎ止めたんだ」
ユーリの言葉に、シェラは首を振った。
そして、傍らで疲れ果てて眠るレラや孤児たち、そして生き残った騎士たちを見つめる。
「私だけの力じゃありません。みんなが、助けてくれたから」
シェラは静かに手を組み、祈りを捧げた。
今日を生き延びた命と、去りゆく魂への、敬意。そして、神の元での安らかな眠りを。
その光景に2人は目が離せなかった。
アルベルトの登場を大変悩み、登場させませんでした。
出てきても良かったかもしれない。




