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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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その後で

ふわりと身体がベッドに下ろされる感覚で、私はハッと目を覚ました。

どうやら私は、アルベルトの腕の中で完全に眠ってしまい、そのまま客室のベッドまで運ばれてきたようだった。


「すまない、起こしたか」


すぐ目の前にいたアルベルトに声をかけられ、私は慌てて上半身を起こす。


「申し訳ありません。不覚にも眠ってしまって……」


「いや、大量に魔力を消費したんだ、疲れていて当然だ。身体に何か異変はないか?」


ベッドの縁に腰掛ける私を気遣うように、アルベルトは低く落ち着いた声で尋ねる。


「疲労感は強いですが、今のところ体調に異変はなさそうです。……あの、私の瞳は、変わっていますか?」


私の質問に、アルベルトは少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。


「ああ、ほぼ俺の瞳と同じ金色だ。訓練の時よりも遥かに大量の魔力を一気に供給した影響だろうな。……元の色に戻るまでには、少し時間がかかりそうだ」


部屋に鏡がないので自分では確認できないけれど、相当深く染まっているのだろう。明日の朝起きて、すぐに元に戻っているということはなさそうだ。


(明日の救護所の仕事……どうしよう)


そんな風に、少し現実的な思考に逃げて頭を悩ませていると――。


す、とアルベルト閣下が私の前に歩み寄り、十一歳の私の目線に合わせるように、その場に静かに跪いた。


「え……っ、閣下?」


領主であり、この地の絶対的な主君である彼が、一人の子供の前で膝をつく。そのあり得ない光景に私が驚き、思わず身を引こうとした瞬間、アルベルトが口を開いた。


「シェラ。ギャラードを救ってくれたこと、心から感謝する」


眼帯を外したままの、まっすぐで、どこまでも真摯な金色と空色の瞳。


その強い光に真っ正面から射抜かれ、私はドクンと心臓を掴まれたように胸が苦しくなった。



ーーー感謝される資格なんて、私にはない。

視線を逸らすように、私はベッドの上で自分の小さな、まだ微かに震えている手を見つめた。


(……私は、最低よ)


じわじわと、抑え込んでいた自己嫌悪と激しい悔しさが、胸の奥から黒い泥のように込み上げてくる。

偉そうに「直してみせます」なんて患者に大口を叩きながら、いざとなったら前世のルールに逃げて立ちすくんでしまった。自分がやらなければならなかったことなのに、結局、アルベルトに大切な人を傷つけさせ、ギャラードに余計な激痛を与えてしまったのだ。


(私の、覚悟が足りなかった……。前世の倫理観で生きていけるなんて、ぬるま湯に浸ってた)


そう思うと、堪えていたものが一気に決壊した。

ぽたぽたと、私の小さな膝の上に、大粒の涙がこぼれ落ちて衣類に染みを作っていく。

その時、視界がふわりと暗くなった。

目の前に跪いていたアルベルトが、さらに距離を詰め、じっと私を見つめていた。


「シェラ」


低い、けれど驚くほど優しい声が、私の名前を呼ぶ。


「……閣下。すみません、私は……。私は癒し手のくせに、閣下の部下なのに、自分の手で傷を開ける覚悟すら足りなくて……不甲斐なくて、申し訳ありません……っ」


泣きじゃくりながら謝る私に、アルベルトは静かに首を振った。


「違う。自分を責めるな」


アルベルトは、私の小さく震える手を、彼の大きくて温かい両手でそっと優しく包み込んだ。その手のひらの熱が、私の凍りついた心をじんわりと溶かしていく。


「お前が生命に対してどこまでも誠実であるからこそ、俺はお前を信頼している。手荒な真似なら、戦うことしかできない俺たちの役目だ。お前が一人で、その小さな背中で全てを抱え込む必要はない」


「閣、下……」


涙で歪む視界の先で、アルベルトはそっと目を細めた。その金色の瞳にあるのは、絶対的な、海のような包容力だった。

領主としての冷徹な仮面を完全に外し、一人の男として、私の脆い部分を丸ごと支えようとしてくれている。


「俺を頼れ」


その温かい言葉が胸に触れた瞬間、私の中で張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。

私はもう、前世の年齢も看護師としてのプライドも全て忘れて、ただの子供のように、目の前にある閣下の広い胸へと顔を埋めて、声をあげてワンワンと泣いた。

アルベルトは、私の突然の行動に拒絶することもなく、何も言わずに、ただ静かに私の小さな頭を、その大きな手で優しく、何度も何度も撫で続けてくれるのだった。


遅くなりました。楽しんでいただけたでしょうか?

これにて3部はおしまいです。

4部ぼちぼち書いていこうと思います。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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