その後で
ふわりと身体がベッドに下ろされる感覚で、私はハッと目を覚ました。
どうやら私は、アルベルトの腕の中で完全に眠ってしまい、そのまま客室のベッドまで運ばれてきたようだった。
「すまない、起こしたか」
すぐ目の前にいたアルベルトに声をかけられ、私は慌てて上半身を起こす。
「申し訳ありません。不覚にも眠ってしまって……」
「いや、大量に魔力を消費したんだ、疲れていて当然だ。身体に何か異変はないか?」
ベッドの縁に腰掛ける私を気遣うように、アルベルトは低く落ち着いた声で尋ねる。
「疲労感は強いですが、今のところ体調に異変はなさそうです。……あの、私の瞳は、変わっていますか?」
私の質問に、アルベルトは少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
「ああ、ほぼ俺の瞳と同じ金色だ。訓練の時よりも遥かに大量の魔力を一気に供給した影響だろうな。……元の色に戻るまでには、少し時間がかかりそうだ」
部屋に鏡がないので自分では確認できないけれど、相当深く染まっているのだろう。明日の朝起きて、すぐに元に戻っているということはなさそうだ。
(明日の救護所の仕事……どうしよう)
そんな風に、少し現実的な思考に逃げて頭を悩ませていると――。
す、とアルベルト閣下が私の前に歩み寄り、十一歳の私の目線に合わせるように、その場に静かに跪いた。
「え……っ、閣下?」
領主であり、この地の絶対的な主君である彼が、一人の子供の前で膝をつく。そのあり得ない光景に私が驚き、思わず身を引こうとした瞬間、アルベルトが口を開いた。
「シェラ。ギャラードを救ってくれたこと、心から感謝する」
眼帯を外したままの、まっすぐで、どこまでも真摯な金色と空色の瞳。
その強い光に真っ正面から射抜かれ、私はドクンと心臓を掴まれたように胸が苦しくなった。
ーーー感謝される資格なんて、私にはない。
視線を逸らすように、私はベッドの上で自分の小さな、まだ微かに震えている手を見つめた。
(……私は、最低よ)
じわじわと、抑え込んでいた自己嫌悪と激しい悔しさが、胸の奥から黒い泥のように込み上げてくる。
偉そうに「直してみせます」なんて患者に大口を叩きながら、いざとなったら前世のルールに逃げて立ちすくんでしまった。自分がやらなければならなかったことなのに、結局、アルベルトに大切な人を傷つけさせ、ギャラードに余計な激痛を与えてしまったのだ。
(私の、覚悟が足りなかった……。前世の倫理観で生きていけるなんて、ぬるま湯に浸ってた)
そう思うと、堪えていたものが一気に決壊した。
ぽたぽたと、私の小さな膝の上に、大粒の涙がこぼれ落ちて衣類に染みを作っていく。
その時、視界がふわりと暗くなった。
目の前に跪いていたアルベルトが、さらに距離を詰め、じっと私を見つめていた。
「シェラ」
低い、けれど驚くほど優しい声が、私の名前を呼ぶ。
「……閣下。すみません、私は……。私は癒し手のくせに、閣下の部下なのに、自分の手で傷を開ける覚悟すら足りなくて……不甲斐なくて、申し訳ありません……っ」
泣きじゃくりながら謝る私に、アルベルトは静かに首を振った。
「違う。自分を責めるな」
アルベルトは、私の小さく震える手を、彼の大きくて温かい両手でそっと優しく包み込んだ。その手のひらの熱が、私の凍りついた心をじんわりと溶かしていく。
「お前が生命に対してどこまでも誠実であるからこそ、俺はお前を信頼している。手荒な真似なら、戦うことしかできない俺たちの役目だ。お前が一人で、その小さな背中で全てを抱え込む必要はない」
「閣、下……」
涙で歪む視界の先で、アルベルトはそっと目を細めた。その金色の瞳にあるのは、絶対的な、海のような包容力だった。
領主としての冷徹な仮面を完全に外し、一人の男として、私の脆い部分を丸ごと支えようとしてくれている。
「俺を頼れ」
その温かい言葉が胸に触れた瞬間、私の中で張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
私はもう、前世の年齢も看護師としてのプライドも全て忘れて、ただの子供のように、目の前にある閣下の広い胸へと顔を埋めて、声をあげてワンワンと泣いた。
アルベルトは、私の突然の行動に拒絶することもなく、何も言わずに、ただ静かに私の小さな頭を、その大きな手で優しく、何度も何度も撫で続けてくれるのだった。
遅くなりました。楽しんでいただけたでしょうか?
これにて3部はおしまいです。
4部ぼちぼち書いていこうと思います。
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