欠損修復II
「はぁ、はぁ、ふぅ……っ」
私の手のひらから光が消え、静まり返った個室に、自分の少し乱れた呼吸の音だけが響く。額から流れる汗を、袖でぐっと拭った。
「……どうでしょうか、痛みなどはないですか?」
私は少し乱れた息を整えながら、ベッドのギャラードへと顔を向け、問いかけた。
ギャラードは、まるでこの世に存在し得ない信じられないものを見るような顔をして、自分の右腕を見つめている。そこには、肘の先まで、確かに新しく健康な皮膚に包まれた彼の「腕」が再生されていた。
「い、痛くない……。腕が……ほんとに……」
ギャラードは、絞り出したような声で、途切れ途切れに応える。自分の意思で指先が微かにピクリと動いた瞬間、彼の大きな瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
その様子に、私はホッと胸をなでおろす。
「形は戻りましたが、筋肉などは未発達です。昔のようになるには、これから地道なリハビリや筋トレが必要です。今はまだ、感覚も鈍くて動かし難いと思います」
現実的でシビアな私の説明に、ギャラードは言葉にならないと言ったように、ただ深く、首だけで何度も頷いた。
その姿に、これまで必死に彼の身体を抑えていたユーリやヴォルクスも、まるで眩しい奇跡の光を見るような顔をして、じっとその腕を見つめている。
私のすぐ後ろに立っているアルベルトの表情は、ここからでは確認できない。けれど、私の肩に乗せられた彼の大きな手が、微かに、武者震いのように震えているのが伝わってきて、胸が熱くなった。
「ギャラードさん、頑張っていただいて、ありがとうございます」
私は一度深く頭を下げた。
「――左足は、どうしますか? 腕よりも広い範囲の皮膚を開かなければならないのですが……」
「っ……!」
ギャラードは、ばっと勢いよく顔を上げて、私をまっすぐに見つめた。その瞳には、先ほどまでの絶望や戸惑いは微塵もなく、ただ猛烈な忠誠の炎が燃え盛っている。
「シェラ殿、いや、聖女様!! あのような痛みなど、なんともありません! それよりも、聖女様と閣下は大丈夫なのですか……っ!? 瞳の色が……!」
「え? あ……」
ギャラードさんの突然の気迫に、私は思わず一歩怯んだ。
(この目…既視感が…)
ギャラードの様子に、押しかけ護衛の顔が思い浮かぶ。目の色はアルベルトと同じ金色に変色してしまっているのだろう。
「……私は大丈夫ですよ。この目の色は、閣下の魔力を一気受け取ったことによる、副作用みたいなものです。時間が経てば、ちゃんと元の色に戻りますから」
ギャラードを安心させるように苦笑いしてから、私は背後を振り返った。
「閣下、魔力はどうですか? 足の修復は、さっきよりも多くの魔力が必要になりますが……」
問いかけながら、私はアルベルトの方を振り向く。
すると、アルベルトはじっと私の瞳を見つめていた。その金色の光の中に、言葉にできないほど深い感情が揺らめいている。
「――閣下?」
呼びかけようとした瞬間、大きな、温かい手のひらが、そっと私の頬に当てられた。
アルベルトの手が、私の頬のラインをそっと親指でなぞる。
「俺は大丈夫だ。シェラが大丈夫なら、このまま一気に終わらせてしまおう」
「っ、? ……は、はい。わかりました」
アルベルトに突然頬を優しく撫でられ、私は事情がよくわからず、少し動揺して言葉を詰まらせてしまった。よく頑張ったと褒めてくれたのだろうか。それにしては、なんだか閣下の視線が熱すぎる気がするけれど…。
(というか、ユーリ様とヴォルクス様が、めちゃくちゃ微妙な顔でこっちを見てるんだけど…!?)
背中に集まる男たちの生温かい視線に、むず痒い気分になりつつ、私はギャラードの左足に集中することにした。
「お疲れ様でした――」
腕よりも遥かに広い質量、そして複雑な神経系。腕より何倍もの時間はかかったけれど、なんとか、ギャラードの左足の修復が完了した。
ベッドの上で、ギャラードは静かに眠っている。極度の身体的、精神的疲労、失われたはずの両肢が元通りに存在しているということへの、言葉にならないほどの感動と安堵。そのすべてが一気に押し寄せ、彼は泥のように深い意識の底へと落ちていったのだ。
「……ふぅ」
私は、限界まで張り詰めていた緊張の糸を緩め、小さくひと息を吐いた。
途端に、頭の芯がぐらりと揺れる。急激な魔力消費と安堵感のせいで、視界がチカチカと明滅し、そのまま膝から床へと崩れ落ちそうになった。
(あ、限界……――)
そう思った瞬間。
視界が反転し、私の身体は床に落ちる前に、後ろにいたアルベルトの逞しい腕の中に、ガシッと受け止められていた。
「すいません、ありがとうございます……」
消え入るような声で謝罪し、自分の足で床に立とうとする。けれど、膝に全く力が入らない。生まれたての小鹿のように足がガクガクと震えてしまう。どうやら、大手術を成功させた安心感と、肉体の疲労は、完全に限界を迎えていたらしい。
情けない姿を見せる私に、アルベルトは私をしっかりと抱きすくめたまま、低く、包み込むような声で告げた。
「無理をするな。そのまま力を抜け」
「そうだ、無理をするな、シェラ」
ギャラードの状態を慎重に確認してくれていたユーリからも、呆れたような、けれど底抜きに優しい声で追従されてしまった。
近くに寄ってきたユーリは、私の限界を察して、近くにしゃがみ込んだ。私の目線に合わせるようにして、そっと、私の小さな両手を自分の手で包み込むようにして握る。
「シェラ。本当に……本当に、ありがとう」
きゅっと握られたユーリ様の手は、微かに震えていた。
その手の震えだけで、ユーリ様の熱い気持ちが痛いほど伝わってくる。
私は、彼の心配を消すように、ゆっくりと微笑みを返した。
「……できることを、しただけですよ」
看護師として、目の前に救える患者がいたから、全力を尽くしただけ。
私の返答に、ユーリ様は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。それから、堪えきれない愛おしさと感動を浮かべ、少し涙で潤んだ瞳で、優しく微笑んだ。
「わぁっ!?」
すると唐突に、上から大きな手が伸びてきて、私の頭をわしゃわしゃと乱暴に、けれど最高に愛おしそうに撫で回した。驚いて声を上げる私に、ヴォルクスが顔をクシャクシャにして笑いかけている。
「ありがとう、シェラ。本当に……」
少しだけ鼻声に震えている。頭に伝わる手のひらの熱さと、二人の「ありがとう」の言葉が心に染み渡って、私の冷え切っていた身体が、じんわりと温かくなっていくのを感じた。
「シェラは、このまま閣下に部屋まで運んでもらいなさい。あとの片付けやギャラード殿の様子見は、私とヴォルクスでする」
ユーリ様にそう促され、アルベルトは小さく「頼む」とだけ応じると、私を軽い羽毛でも扱うかのようにひょいと横抱きにした。
「あっ、閣下、自分で……」
「大人しくしていろ」
有無を言わせぬ腕に包まれたまま、私は救護室を後にした。
背後で、ユーリとヴォルクスが「やれやれ」と小さく笑う気配を感じながら、私はアルベルトの心地よいトーンの心音を耳の奥に聞きつつ、急激に襲ってきた深い眠りへと、ゆっくりと身を委ねたのだった。
思い出される既視感。
シェラは欠損修復を成功させてしまいました。
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