欠損修復
ギャラードにベッドへ横になってもらい、私たちはまず、下肢に比べたら魔力消費が少ないと想定される「右腕」の修復から着手することにした。
処置を始める直前、アルベルトがベッドの傍らに歩み寄り、ギャラードを見下ろして静かに告げた。
「ギャラード、今から少し特殊な力を使う。他言無用だ」
「……わかりました」
ギャラードが息を呑む中、アルベルトは迷いのない手つきで、いつも左目を覆っている黒い眼帯を外した。
露わになったのは、スカイブルーの魔眼。
その目を間近で見たギャラードさんは、大きな衝撃に目を見開いた。
「閣下、その目は……! 一体どうされたのですか!?」
「魔獣討伐で色々あってな。シェラに救ってもらった代償だ」
アルベルトは淡々と言い切った。
私は深く息を吐き、ベッドの脇に立つユーリとヴォルクスを見上げた。
「ユーリ様、ヴォルクス様。少しでもギャラードさんの様子に異変があれば、すぐに止めてください」
「分かった。しっかり見ておく」
「ああ、任せろ」
二人が重々しく頷いたのを確認し、私はギャラードの右腕へと両手をかざした。
アルベルトが私の背後に立ち、そっと私の肩に手をかける。その大きな手のひらから、温かい体温が伝わってきた。
「行くぞ」
「はい」
二人が同時に魔眼に魔力を込めた瞬間、ドクン、と世界が爆発したような錯覚と共に、『視界の共鳴』が起こる。
視界のなかに、ギャラードの肉体を流れる血管や神経、魔力回路が鮮明に浮かび上がる。
「視界に変りはないか?」
アルベルトの低い問いに、私は前を凝視したまま頷く。
「はい、問題ありません。魔力回路もはっきりと確認できます」
「よし、始めよう、魔力を込めるぞ」
「おねがいします」
アルベルトの言葉を背に受け、魔力が魔道具を伝って流れ込んでくるのがわかる。
私は集中し、癒しをギャラードの右腕へと優しく注ぎ込んだ。
(まずは、一番の土台となる『骨の形成』から。切断されている右肩の末端を起点にして、少しずつ骨細胞を遠位へ向かって増殖・再生……)
頭の中で解剖学の教科書を開き、骨の形状をしていく。
伸ばしていく上腕骨の先端が、ある一定の長さに達した瞬間、私の手がピタリと止まる。
(…やっぱり、そう、よね…)
骨を形成していくと、すでに「傷口」として綺麗に塞がってしまっている表面の皮膚が邪魔になってしまい、内側から押し出された骨が、皮膚を内側から突き破るようにして引き攣れを起こし始めたのだ。このまま無理に骨を伸ばせば、皮膚が裂けてしまう。
(やっぱり、これは……ダメだわ。この皮膚を一度切除しないと、骨も、その周りの筋肉も、正しい形での形成は不可能だわ……)
私の身体が強張る。私の手が止まっているのを見て、背後のアルベルトがすぐに声をかけてきた。
「どうした、シェラ。何かあったか?」
私は一度、かざしていた癒しの光を止め、部屋にいる全員の顔をまっすぐに見つめた。
「少し、説明と、相談をさせてください」
私は小さく息を吸い、口を開いた。
「ギャラードさんの右腕の断面は、すでに癒しによって綺麗に皮膚がに閉じてしまっています。このまま内側から骨を形成していけば、新しく伸びる骨が、閉じた皮膚を内側から突き破って引き裂いてしまう。……一度、この断面の皮膚を綺麗に切除しなければ、これ以上は不可能です」
私の言葉に、ユーリとヴォルクスが息を呑む。
つまり、塞がった箇所を、もう一度刃物で切り開けろと言っているのだ。
(――やらなきゃ。私が、……)
頭では分かっている。なのに、私の両手は、恐怖したようにカタカタと震えて動かなかった。
前世の記憶が、倫理観が、私の脳内で強烈なブレーキをかけている。
『看護師とは、医師の診療補助を行う者。メスを入れるなどの医療行為は法により医師のみに許可されており、メスを入れる行為は、診療補助の範囲から逸脱する』――それは、前世の日本で私が命より重く叩き込まれてきた、医師法と保健師助産師看護師法という絶対の法規だった。
今までは、すでに開いている傷口の処置だから割り切れた。だけど、自分の手で、何もない健康な皮膚に刃を立てる? それは私にとって、看護師としての魂を汚す、絶対にやってはならない「禁忌」だった。
「シェラ……?」
私の異常な怯えと葛藤を、すぐ後ろにいたアルベルトが敏感に察知した。
「……っ、私、は……。私は、医師じゃない……っ。私には、患者の身体を切り開く資格なんて……!」
11歳の小さな身体が、前世の法律の幻影に縛られて立ちすくむ。
(患者を前に、医療者がこんな弱気な姿を見せるなんて…、でも、…やらないといけないのに…)
部屋に沈黙が落ちる。
その時だった。
「――お前が躊躇うなら、俺がやる」
「え……?」
アルベルトは、迷いのない足取りで救護所の棚へと向かうと、緊急用の鋭利なナイフを手に取った。そして、近くにあった消毒用アルコールをその刃にドボドボと浴びせ、清潔な布できれいに拭き取る。
「閣下!? ナイフで切り開くなど、ギャラード殿が……!」
ヴォルクスが青くなって叫ぶ。
「分かっている。――ギャラード、耐えられるか」
アルベルトはナイフを握り、ベッドのギャラードをまっすぐに見据えた。
ギャラードは、震える私の手と、ナイフを握る領主の姿を交互に見つめ、不敵に笑った。
「…っ当たり前です!…閣下なら、一瞬でしょう!」
「ヴォルクス、ユーリ、ギャラードを完全に固定しろ。……シェラ、お前は切るべき境界線を教えろ。」
アルベルト閣下は、私が罪悪感に潰されないよう、自らが汚れ役になることを選んでくれたのだ。
私は涙を拭い、境界線を示す。
「シェラ、閣下が切った瞬間に癒しを全開でかけなさい。痛みは一瞬で紛れるはずだ」
ユーリもギャラードを抑えながら、シェラに声をかける。その言葉に頷く。
「……位置を確認した。ギャラード、いくぞ」
アルベルトの金色の瞳が、戦場さながらの鋭さで研ぎ澄まされる。
次の瞬間、常人には目視すら不可能な神速の剣技で、ナイフの刃が閃いた。
スパッ――!!
「――ぐ、あ、っっ!!!?」
ギャラードの絶叫が救護所に響きく。筋肉が爆発せんばかりに強張るが、ヴォルクスたちが必死でその身体を抑えつける。
閣下の刃は、私の指定した境界線を、ミリ単位の狂いもなく、一瞬で、完璧に削ぎ落としていた。断面から鮮紅色の生きた血液がじわりと滲み出る。
「シェラ!!」
「――はい!!」
開かれた組織へ向かって、私の両手から溢れ出た治癒の光が、怒涛の勢いで伸ばしていく。血管、神経が伸び、筋肉が編み上げられ、先ほど閣下が切除した皮膚の端と、新しく再生された皮膚が、寸分の狂いもなく融け合うようにして繋がっていった――。
自身の倫理観を超えた行為はなかなかできないですね。
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