大きすぎる希望
夜な夜な繰り返したアルベルトとの魔力供給にもようやく身体が慣れ、瞳の変色や魔力のオーバーフローといった初期の問題にある程度対応できた頃――。
ついに、ギャラードの欠損修復を行う日がやってきた。
日中、私が様子を見に行っていた彼のリハビリは順調そのものだった。あれほど絶望の底にいたギャラードさんも、残された身体での生活に少しずつ前向きになり、最近ではリハビリ室で柔らかな笑顔を見せるようにもなっていたのだ。
だからこそ、私の胸の奥には、医療者として重く暗い不安がずっと渦巻いていた。
(一度は絶望し、そこから這い上がって、ようやく『手足を失った今の自分』を受け入れ始めた人に……『元通りに直せるかもしれない』というあまりにも大きすぎる希望を与えるのは、本当に正しいことなのだろうか……)
もし、失敗したらどうすればいい?
一度見せた光が偽物だったと知った時、ギャラードは今度こそ絶望の深淵に叩き落とされ、二度と立ち上がれなくなってしまうかもしれない。
前世で、治る見込みの薄い患者に安易な希望を持たせることの危うさを、私は嫌というほど見てきた。
そんな、押し潰されそうな恐怖と責任感を抱えながら私は決戦のその日を迎えたのだった。
ギャラードは、ヴォルクスに付き添われ救護所へとやってきた。
この日は、術中の急変や魔力の暴走など、何があっても即座に対応できるよう、一般の患者を完全に締め出した救護所の最奥で、秘密裏に処置を行うことになっていた。
部屋に入ってきたギャラードは、そこに私だけでなく、アルベルトとユーリまでが揃って待機しているのを見て、明らかに目を見張った。
「アルベルト様……? ユーリ殿まで……。一体、何が始まるのですか?」
どこか落ち着かない様子で、戸惑いがちに視線を彷徨わせるギャラード。
「ギャラード、久しいな」
アルベルトが椅子から立ち上がり、低く、けれど確かな温もりを含んだ声で声をかける。
その姿に、ギャラードの瞳にパッと「騎士の光」が宿った。彼は無意識に、その場に膝をついて、騎士の礼を取ろうとしたのだ。
――けれど。
「っ、おっと……!」
失われた片足のバランスが取れず、彼の身体が大きく斜めに傾ぐ。
「――おっと、無理をしないで下さい」
隣に付き添っていたヴォルクスが、素早い動きでその逞しい肩をガシリと支えた。ゆっくりと戻され、自分の右足と、存在しない左足の裾を悔しそうに見つめた。
「……申し訳ありません、閣下。不甲斐ない姿をお見せしました」
少しだけ悲しそうに、そして己の不自由さを恥じるように頭を垂れて詫びるギャラード。
その姿を、アルベルトは痛ましそうに、けれど毅然とした目で見つめ返した。
「気にするな。無理を強いたのはこちらだ。そのままで構わない」
アルベルトの言葉に、ギャラードは小さく息を漏らして身を縮める。
「ギャラード、顔を上げろ。貴方が不甲斐ないなどと、俺たちは一度も思ったことはない。……あの日、俺たちの命を救い、守ったのは貴方だ。貴方に命を守られながら、廃兵となった貴方に何もすることが出来ず、ここまできてしまった」
アルベルトの懺悔の言葉に、ギャラードは驚愕する。
「今日、ここに呼んだのは、貴方に一つ提案があるからだ」
「提案……?」
ギャラードが怪訝そうに問う。
アルベルトは、まっすぐにその金色の瞳をギャラードへと向け、一言一言を噛み締めるように、厳かに告げた。
「ギャラード。――もう一度、この領地のために剣を握ってくれないか。その失われた手足を取り戻し、再び俺たちと共に戦場へ戻るんだ」
「え……っ?」
部屋の空気が、凍りついたように止まった。
ギャラードは、完全に言葉を失って立ち尽くしている。
この世界において、一度失われた欠損は、いかなる高位の治癒魔術であっても再生不可能というのが絶対の常識だ。出来たとしても、役に立たない肉塊。しかし、目の前の主君が口にしたのは、その常識を根底から覆す、あまりにも突飛な言葉だった。
「ア、アルベルト様……? お言葉ですが、私のこの手足は、再生など……」
「言いたいことはわかる。…しかし、ここにいるシェラの『癒し』と俺の『魔力』を使用して、欠損修復ができる可能性がある」
アルベルトは、嘘偽りのない、確固たる事実としてそれを突きつけた。
主君の口から語られた、絶対的な「希望」
ギャラードの唇が戦慄き、大きな身体がガタガタと震え始める。一度は受け入れようと決めた絶望。そこに、再び眩しすぎる光が差し込んできたのだ。その恐怖と、押し寄せる期待の大きさに、彼の瞳が激しく揺れていた。
「……失敗すれば、今度こそ貴方の心は壊れるかもしれない。直せるかもしれないという淡い期待を持たせることが、どれほど残酷なことかも分かっている。だがギャラード、俺は、俺たちを救ってくれた貴方をこのまま置いておくことは出来ない。貴方をもう一度、戦場へ立たせる。これは辺境伯としての、俺の『決定』だ」
「……っ!!」
ギャラードの目から、堪えきれずに一筋の涙が溢れ落ちた。
かつて剣を教えていた幼子が、自分のためにそこまで考えてくれていた。その事実だけで、彼の心の中の「騎士の魂」に、再び猛烈な炎が灯ったのが分かった。
「……シェラ殿。本当に、私の手足が……元に戻る可能性があるのだろうか」
ギャラードが、祈るような目で私を見つめてくる。
私は一歩前に出た。患者がこれほどの覚悟を決め、主従の絆を見せつけられたのだ。私が日和ってどうする。
私は、ギャラードの目をまっすぐに見返した。
「可能性ではありません。ギャラードさん、あなたの強い意志があるなら、私たちは『絶対に』直してみせます。……ただ、これは前例がありません。途中で何が起こるかも不明です…。それでも、やりますか?」
ギャラードは涙を拭うと、不敵とも言える、かつての副騎士団長の笑顔を浮かべた。
「当たり前だ。…俺は、騎士だからな」
ついに欠損修復を行うシェラたち
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