王都からの知らせ
日中は救護所で騎士たちや領民の癒しを行いながら、隙間時間を見つけてはギャラードさんやマルクさんたち元騎士たちのリハビリの様子を確認し、夜はアルベルト閣下たちと魔力供給の負荷テストを行う――。そんな、目まぐるしくも充実した日々を私は過ごしていた。
そんなある日のこと、王都にいるエレオノーラから、私宛てに一通の手紙が届いた。
そこに綴られていたのは、エレオノーラの近況だけでなく、彼女の周囲、並びに王宮の極めて詳細な情報だった。
(……それにしても、こんなに詳しい国の内部情報まで私に提供してくれるなんて。エレオノーラは、立場的に大丈夫なのかしら……)
手紙を読み進めながら、私は少しだけ彼女の身を案じて眉をひそめた。
エレオノーラは現在、次期王太子妃としての正式な教育を受けるため、王宮で過酷な勉学と礼儀作法の指導を受けている。その中で、王宮のトップたちの不穏な動きは、彼女自身も元々肌で感じていたらしい。
そして――ついに先日、例の『聖女召喚』の儀式が決行されたのだという。
エレオノーラはその儀式の場にはいなかったものの、後日、新たな聖女として国王陛下から直接紹介されたのだそうだ。
手紙によると、召喚された聖女は、黒髪の可愛らしい少女。商人の情報と一致している。
こちらの世界の言葉を最初から理解し、会話を交わすことは可能であるものの、当然ながら礼儀作法は全く身についていないこと。
そして、エレオノーラの婚約者である王太子殿下が、その黒髪の聖女を妙に熱心に世話を焼いていること。
もう少しこちらの生活に慣れた頃に、その聖女も王都の学園に通うことになる予定だ、ということが克明に書かれていた。
「――嘘でしょう?」
エレオノーラの手紙を読み終えた瞬間、私の脳裏を衝撃が駆け巡った。
一番初めに思ったことは、驚きよりも何よりも、「これ、前世で見たことも聞いたこともある内容だ」という既視感だった。
前世のゲームや漫画、ネット小説で、それこそ腐るほど読んできた王道の内容。
異世界からの聖女召喚、黒髪の無垢なヒロイン、彼女に心を許し付き従う婚約者――。
まさか、そんなフィクションの世界のような出来事が、いま自分の生きているリアルな身近で起こるなんて、誰が想像できただろう。
(もしこれが、あの手の物語の『テンプレ』通りに動いているのだとしたら……)
一気に血の気が引いていくのが分かった。
テンプレート通りに当てはめるなら、真面目で厳格なエレオノーラの立場は、完全に『悪役令嬢』だ。
このまま物語が進めば、学園を舞台に聖女が嫌がらせを受けたと嵌められ、最後には王太子から婚約を破棄され、悲惨な末路を迎える可能性が極めて高い。
「……ふざけないでよ」
パサリ、と手紙を机に置いた私の手に、自然と力がこもる。
あんなにも聡明で、自分のことよりもこの領地と民のことを第一に考えて行動している優しい子が、悪役令嬢? 最後は断罪される?
そんな理不尽な運命、認められない。
(あの子にそんな悲しい結末なんて、絶対に迎えさせる訳には行かない。王宮が聖女に現を抜かして勝手に自滅するのは構造上の勝手だけど、この辺境伯領やエレオノーラを巻き込むのは許せない)
エレオノーラからの手紙を読んだ私は、すぐさま行動を起こした。これはただの「恋愛テンプレ」の危機ではない。国の中枢が本格的に狂い始めている証拠だ。
私は領主執務室の扉を激しくノックし、返事を待たずに入室した。
「閣下、急に申し訳ございません。急ぎ報告したいことがありまして」
「いや、構わない。……シェラ、そんなに血相を変えて、何かあったか?」
デスクの書類から顔を上げたアルベルトは、私の尋常ではない雰囲気を察して金色の瞳を鋭く光らせた。
「王都のエレオノーラ様より文が届きまして……。聖女に関わる内容でした。かなり不穏です」
「……わかった、こっちにもレイノルドから文が届いたところだ」
私の言葉に、アルベルトは冷静な、けれど地を這うような低い声で返事をし、すぐさまヴォルクスとユーリを執務室へと招集した。
二人が息を切らせて集まると、アルベルトは重々しく口を開いた。
「急に集まってもらったのは他でもない。聖女召喚について、少し情報が集まったので共有しておこう。実は先ほど、王都のレイノルドからも文が届いた」
アルベルトはデスクの手紙を指し示した。
「レイノルドによれば、召喚された聖女は異世界の十七歳の少女で、『聖』の適性を持っているらしい。古の文献に記されていた、あらゆる穢れを払い、万病を癒やすとされる伝説の属性だ。異世界から来たため、初めは錯乱し混乱していたようだが、王族や高位貴族、さらには教会の手厚い関わりによって、現在は少し落ち着いてきているとのことだ」
「17歳の、聖の、適性ですか……」
ユーリが眼鏡を押し上げながら呟く。しかし、アルベルトの話はそこから一気に最悪の方向へと舵を切った。
「問題はその『召喚の手順』だ。聖女召喚の代償として、王宮魔術師たちの膨大な魔力が生贄として捧げられた。……魔術師たちの中にも派閥があり、レイノルドと対立する魔術師たちや、彼らに乗せられた愚か者どもなど、かなりの大人数がこの無謀な召喚に関わったらしい」
アルベルトは拳を強く握り締め、怒りに声を震わせた。
「結果、召喚の負荷に耐えきれず、現在昏睡状態に陥っている王宮魔術師が続出している。完全に王宮の魔術部門の仕事が回らなくなっているそうだ」
「――っ!?」
アルベルト閣下の言葉を聞いて、私を含めたその場の3人全員が、言葉を失って絶句した。
王宮の機能だけではない。王都の結界の維持や、騎士団と共に行っている王都の治安警備、さらには魔道具の管理を担っている魔術師の大半が昏睡状態など、国の防衛システムを自ら破壊したも同然。前代未聞の、あってはならない事態だ。
「……信じられませんね。政治の主導権を握りたいがために、王都の防衛を機能不全に陥らせるなど、正気の沙汰ではない」
ユーリから完全に笑顔が消え、底冷えするような声が漏れる。ヴォルクス様も顔を青くして「馬鹿どもが……」と毒づいた。
「私の方からもエレオノーラ様から得た情報を提示させてください」
私は手元に持ってきた手紙を開き、王宮の『内情』を読み上げた。
召喚された黒髪の聖女は言葉こそ通じるが礼儀作法は皆無であること。それは、文化自体が違うので、仕方ないことかもしれない。
それなのに、次期国王であるはずの王太子殿下が、婚約者であるエレオノーラ様を蔑ろにして、その聖女の世話を焼くことに執心していること。
そして、もう少し慣れた頃に、その聖女を王都の学園に通わせる予定であること――。
「…………」
「…………」
「…………」
私の報告が終わった瞬間、執務室を静寂が支配した。
次の瞬間、アルベルト、ユーリ、ヴォルクスの三人が、まるで示し合わせたかのように同時に、深く、深く頭を抱え込んだ。
「……頭痛がしてきたな。王太子は、この国家存亡の危機において、女の尻を追いかけているのか?」
アルベルトがこめかみを強烈に指で押さえながら、信じられないものを見るような目をしている。
「学園、か……。魔術師が倒れて治安がスカスカの王都で、国の要人たちが集まる学園に、不確定要素の塊である聖女を放り込むと」
ヴォルクスが額にピキピキと青筋を立てて毒を吐く。
「エレオノーラ様が不憫すぎますね。…あのように、国と民を考えている婚約者がいるというのに…」
ユーリも呆れて首を横に振る。
(やっぱり、みんなから見てもこの状況は異常よね……。王宮の機能停止に加えて、王太子の脳内お花畑化。テンプレの強制力か何か知らないけれど、このままじゃエレオノーラどころか、国が内側から腐って滅びちゃうわ)
頭を抱える3人の優秀な男たちを見つめながら、どうにかして大切なものを守れないかと、考えを巡らせた。
テンプレですね
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