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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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王宮筆頭魔術師

「ユーリ様。閣下はなぜ、あのように不服そうだったのですか?」


緊迫した報告会を終えて執務室を後にした。

廊下を歩きながら、私はずっと気になっていたことをユーリに尋ねてみた。魔の森の対応についての話の際、アルベルトが見せたあの苦虫を噛み潰したどうしても引っかかっていたのだ。

私の問いかけに、ユーリは少し笑ったような、それでいて困ったような、なんとも複雑な表情を浮かべた。


「ふふ、気づいていたか。……おそらく、閣下の仰る『考え』というのは、王宮筆頭魔術師の力を借りるということだと思う」


「王宮筆頭魔術師、ですか?」


「ああ。彼の名は、レイノルド・ルテ・ヴァイス。実は閣下の学院時代の同級生なんだが……どうにも昔から、そりが合わないようでね。性格もあるが、お互いに若くして突出した天才だからこそ、一種の同族嫌悪のようなものだろう」


「同級生……」


なるほど、と合点がいった。

あのアルベルトと対等に張り合い、なおかつ彼をあそこまで露骨に嫌がらせる存在。それほどの男が使う能力が、魔の森の魔力溜まりを抑えるために必要不可欠なのだろう。


(どんな人が来るのかしら……)


前世の記憶を持つ身としては、未知の最高峰の魔術、そしてそれを操る専門家の登場に、少しだけ興味が湧いた。




「へぇ、君が噂の聖女か」


魔の森の調査から一月が経った頃、いつものように私は救護室へと続く渡り廊下を歩いていた。前方から歩いてきた見慣れない男性に、ふいに声をかけられた。


その男性は、すれ違う誰もが思わず振り返るような、圧倒的な存在感を放っていた。

長身で細身の体躯に、仕立ての良い豪奢な魔術師の外套を羽織っている。知的な銀縁の眼鏡の奥にある瞳は、すべてを見透かすように冷ややかに冴え渡り、彫刻のように綺麗な顔立ちを引き立てていた。その洗練された身なりと隙のない立ち居振る舞いから、高位の身分を持つ人間であることは見てとれた。


(……聖女、ね。またその誤解か。でも、この人は一体――)


内心でため息をつきつつも、前世を含めれば何年も修羅場を生きてきた身だ。突然の目上の人間からの接触にも、私の心臓は決して動じない。

私はその場で慌てることなく足を揃え、非の打ち所のない礼を素早く行ってみせた。


「お初にお目にかかります。シェラ・フォン・ケラーと申します。……聖女などという大それたものではございませんが、アルベルト辺境伯閣下のもとで、救護・治癒部隊隊長の役職を拝命しております」


顔を上げ、彼の綺麗な瞳をまっすぐに見つめ返す。


「……」


男性は、一瞬だけ、本当に微かに驚いたように目を見開いた。

おそらく、見た目が幼い私が完璧な礼をして見せたのだから驚いたのだろう。

だが、彼はすぐにその驚きを消し去り、底の知れない優雅なにこやかさを顔に貼り付けた。


「シェラ、か。……うん、覚えておこう」


含みのある声でそう言い残すと、彼は外套を翻し、音もなく立ち去っていった。


「……あれは、どこの貴族様かしら。…まさか、あの人が?…まあいいか」


私は、通り魔にでも遭ったような奇妙な感覚を覚えながらも、すぐに頭を仕事モードに切り替え、救護室へと向かったのだった。


救護室に着くと、何故かカシムに出迎えられ、急ぎ、アルベルトがよんでいるとと告げられた。ユーリは先に向かったらしい。

私は今きた道を急ぎ引き返した。


領主館へ戻り、執務室の重い扉をノックして中へと入る。


「失礼いたします。閣下、お呼びとのことで参りました。……遅くなり申し訳ありません」


まずは遅参を詫び、一礼して顔を上げた、その時だった。

執務室の応接ソファで、まるで自分の家のサロンであるかのように、優雅に温かいお茶を口に運んでいる男性の姿が目に飛び込んできた。

艶やかな髪、知的な銀縁の眼鏡、そして朝、渡り廊下ですれ違ったあの綺麗な顔――。


(……ああ、やっぱり。この人が)


ユーリから聞いていたアルベルトと並ぶ天才にして、そりが合わない相手。


「ああ、シェラ。さっきぶりだね」


男性はティーカップをソーサーに戻すと、流れるような所作で端正な唇を綻ばせた。アルベルト閣下の執務室だというのに、あまりにも自然体で、不遜なほどにマイペースな挨拶だ。

チラリと執務机のほうへ視線をやると、案の定、アルベルトは今にもペンを真っ二つに折りそうなほどの形相で、その男性を文字通り「睨みつけて」いる。


私は閣下の心中を察して内心で苦笑しつつも、表面上は完全に澄ましたナースのポーカーフェイスを維持したまま、静かに頭を下げた。


「――左様ですね。王宮筆頭魔術師様」


私が朝の時点で彼の正体に気づいていたかのように淡答すると、男性は「ほう」と面白そうに眼鏡の奥の瞳を細め、部屋の主はさらに不機嫌そうに喉を鳴らす。


「レイノルド貴様、勝手に人の家を歩き回るな」


アルベルトは、これ以上執務室の机を壊さないためか、怒りを鎮めるように大きくため息をついた。そして、ゆっくりと立ち上がる。


「シェラ、改めて紹介しよう。レイノルド・ルテ・ヴァイス。知っての通り、王宮筆頭魔術師で……結界の適性持ちだ」


「結界……」


私がその能力について呟いた、まさにその瞬間だった。

アルベルトの脇をすり抜けるようにして、いつの間にかレイノルドが私の目の前に立っていた。


「よろしく、シェラ」


至近距離で、眼鏡の奥の綺麗な瞳が優しく細められる。

彼が軽く挨拶を交わすと同時に、私の右手は流れるような所作で彼の細い指先に取られていた。そのまま引き寄せられ、彼の唇が私の手の甲へと落とされようとする。

あまりにも自然で無駄のない、洗練された貴族マナー。前世が一般人で、今世が初心者貴族である私は、高度なエチケットに一瞬身体がすくみ、手を引っ込めるのが遅れてしまった。


(あ、これ、断ったら無礼になるのかしら……!?)


緊迫した医療現場とは違う意味で冷や汗をかいた、その時。

私の手の甲に彼の唇が触れる寸前、強い力で手首を引かれ、私の身体は一瞬で後ろへと引き寄せられた。

気がつけば、私はアルベルトの広い背中の後ろに、すっぽりと隠されるように守られていた。閣下の背中からは、隠しきれない苛立ちの魔力がピリピリと伝わってくる。


「シェラは、騎士団の救護部隊隊長として、ここにいる。そういった貴族の挨拶は必要としていない。……握手で十分だろう」


アルベルトの声は、完全にレイノルドを威嚇していた。

そのあまりにも容赦のない、そして余裕のない行動に、レイノルドは一瞬だけ呆然と目を見開いた。

数秒の沈黙の後。


「っ……あははははは! 握手、握手だってさ! お前、本当にあのアルベルトか!?」


レイノルドは、先ほどまでの優雅な仮面をどこかへ放り出し、お腹を抱えて爆笑し始めた。


「いやあ、冷徹無比な辺境の若き獅子が、部下の女の子に指一本触れさせまいと必死になるなんてね! 王都の連中が見たら気絶するよ。……うん、やっぱり来てよかった。今回の仕事は退屈しなさそうだ」


ひとしきり笑って涙を拭うライバルを、アルベルトは今度こそ暗殺者のような目で睨みつけている。


その背中の後ろで、私は(やっぱり、この二人はそりが合わないのね……)と、これから始まる魔の森の共同調査に、別の意味で一抹の不安を覚えざるを得なかった。


新キャラ登場です。アルベルトの天敵(笑)です。

互いに能力も頭も切れるけど、性格が合わないという。実力は認めてるんですけどね。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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