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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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閑話 魔力溜りの中心

澱む空間を割って最深部へと突き進むアルベルト達の足取りは、一歩ごとに重さを増していった。

大気に満ちる魔素はもはや毒そのもので、肌をチリチリと焼き、肺の奥にどす黒い違和感を残していく。


「――各自、決して無理はするな! 限界だと思ったら即座に後方へ下がれ!」


息を荒くする騎士たちに、鋭く命令を飛ばした。

魔眼を使い、最も濃い魔力が発生している中心部を目指す。だが、その発生源に近づけば近づくほど、周囲の澱みは常軌を逸した濃さに跳ね上がっていった。


(……厳しいな)


膨大な魔力量を誇り、魔力耐性には自信があるアルベルトでさえ、眩暈と胃を掴まれるような悪心――明確な身体の拒否反応を覚えているのだ。後ろに続く騎士たちが、平気なわけがなかった。すでに数人が、青ざめた顔で互いを支え合っている。

これ以上の深追いは、部下たちの命を散らすだけだ。

俺は原因の完全な特定を諦め、残された時間で「情報収集」を行うことに切り替えた。魔眼にさらに魔力を込め、歪んだ視界の先を凝視する。


(この魔力の奔流……地表ではないな。地表には何も確認できない。…ということは、地下の奥深くから、何かおぞましい性質の魔力が絶え間なく湧き上がり、漏れ出しているのか……?)


だとしたら、これは一時的な現象ではない。このまま放置すれば、この魔力だまりは周囲を侵食しながら、果てしなく巨大化していく一方だ。この地を、いや、いずれは領地すべてを飲み込む災害になる。


脳裏に、突入前に私の手を強く握りしめた、あの少女の冷徹な声が蘇る。


『この共鳴が維持できる「約10分」が、閣下たちのタイムリミットです』


「……時間だ! 全員、これ以上の探索を打ち切り、即座に撤退する!」


アルベルト達はタイムリミットの猶予を限界まで使い切り、中心部の情報を書き留めると、背後の闇を振り払うようにして走り出した。

歪む視界の向こうに待つシェラの小さな姿が見えた瞬間、肺に溜まっていた毒気が一気に抜けるような錯覚を覚える。


「……戻ったぞ! 全員、撤退の準備をしろ!!」


彼女の命令通り、全員を生かして連れ戻した。だが、アルベルトの胸に去来するのは、原因を突き止められなかった悔しさと、この地に眠る「大いなる脅威」への底知れぬ危機感だった。



魔の森から撤退し、アルベルト達は領地へと戻ってきた。

最深部の「広がり続ける魔力溜り」という巨大な宿題を抱えたまま、留守中に山積みになっていた領地経営の執務を猛スピードで片付ける。

だが、ある一つの書類に手を付けた瞬間、アルベルトのペンがぴたりと止まった。

その顔は、まるで上質なワインと間違えて激苦の薬草茶を飲み干してしまったかのような、もの凄く不服そうな表情に歪んでいる。


「……閣下。代わりに私が書きましょうか?」


机の脇で控えていたヴォルクスが、半分呆れたような、けれどいつもの冷徹なトーンで声をかける。


「……自分で書く」


アルベルトは顔すら上げることなく、吐き捨てるように答えた。

ペンを握る手に無駄な力が入り、高級な羊皮紙がみしりと音を立てる。


「はぁ……」


ヴォルクスは、隠そうともせずに深い溜息をついた。


「閣下。あの御方が苦手なのは重々承知しておりますが――いえ、『苦手ではない』と仰りたいのは分かりますが、今回はそうも言ってられない状況です。王宮筆頭魔術師に出す、ただの依頼書でしょう」


「わかっている。……すぐに書き上げる。お前はさっさと他の仕事をしてこい」


閣下のトゲのある返事に、ヴォルクスは「やれやれ」ともう一度だけ大袈裟に溜息をつき、一礼して執務室を退出していった。

一人残された執務室で、アルベルトは再び羊皮紙を睨みつける。


「王宮筆頭魔術師……。あの男をこの領地に引き入れるなど、不本意極まりないな……」


ぽつりと溢れた独り言。

あの魔の森の魔力溜りをどうにかするのに、あの男の魔法が必要不可欠であることは、自分自身が一番よく理解している。

だが、あの「筆頭魔術師」()が、シェラという存在を知った時にどんな反応を示すか――。


アルベルトは、ガリガリと不機嫌な音を立てながら、自身の苛立ちを乗せペンを走らせるのだった。


新しいキャラが出て来ます


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