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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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最深部へ

次の日。私たちは昨日、最も澱みが酷かった位置へと再び足を踏み入れた。

相変わらず体にまとわりつくような、不快で重苦しい澱みが満ちている。けれど、私たちの士気は昨日とは比べものにならないほど高かった。


「……来るぞ。右、木々の隙間だ」


「後方、正面に展開! 敵は二体、速度はそれほどありません。落ち着いて迎撃を!」


周囲を警戒し、現れる魔獣たちを確実に切り伏せていく。

私とアルベルトは、事前の検証を兼ねて、すでに「共鳴状態」に入っていた。

昨日天幕で話し合った通り、やはり魔眼に魔力を巡らせた状態で、互いの身体に『接触』があると、視界の感覚共有が明確に発現する。一度共有してしまえば、その後は接触を絶っても問題はない。ただ、体感で10分ほど経過すると、糸が切れるように共鳴が解除されることが分かった。


(つまり、十分おきに一度『接触』を挟めば、共鳴を維持できるってわけね)


魔獣の出現場所を完全に先読みできる指揮官が2人に増えたのだ。騎士たちの無駄な負傷は劇的に減り、昨日よりも遥かに落ち着いて魔獣を排除することができていた。


(……とはいえ、あまり楽観視はできないわ。今のところ共鳴による副作用らしきものは出ていないけれど、脳や神経、魔力回路に負荷がかかっているのは事実。何か予期せぬ症状が出てもおかしくない)


看護師としての冷静なアラートが、頭の片隅で鳴り響く。

けれど同時に、私はこの「共鳴」のさらに先にある可能性を見出していた。


(もう少し検証を重ねていけば、この回路を通じて魔力供給をできるのではないかしら)


魔力供給、あるいは譲渡が可能になれば、「欠損部位の修復」が可能になるはずだ。


(もっとも、その場合の『供給源』が、アルベルト閣下になってしまうのが最大のネックなんだけど……。流石にこれ以上、閣下に負担はかけられないわよね)


「シェラ、どうした。集中が切れているぞ」


「あ、申し訳ありません、閣下。」


私は飛んでいた思考を再び戦場へと意識を集中させた。


最深部へ足を踏み入れた瞬間、そこは生き物の気配が完全に途絶えた、異様な静寂に包まれていた。

大気は濃密すぎる魔素によってどす黒く濁り、肺に吸い込むたびに、内臓がじわじわと灼かれるような錯覚を覚える。魔力耐性の低い騎士たちは、その場に膝をつき、激しく咳き込み始めていた。

アルベルト閣下はすぐさま手を挙げ、軍勢を止めた。


「魔力耐性の低い者、および体調に異変を感じる者は後方に下がれ!陣を敷いて防御に徹しろ。……これより先は、少人数で突入する!」


閣下の冷徹で的確な命令により、本隊は最深部の手前で待機することとなった。そして、私は周囲の境界警戒と、万が一の際の救命処置を担うため、この待機陣営の指揮として残る。

それが、救護部隊として私が果たすべき、最も確実な役割だからだ。


突入の準備を進めるアルベルト閣下の元へ、私は迷わず歩み寄った。

そして、その大きな手を、両手でぎゅっと握りしめる。

ビッと魔力の回路が繋がる感覚。これで「共鳴」のリミットはリセットされた。私は閣下の金と空色の瞳を真っ直ぐに見上げ、有無を言わせない「看護師」の目で告げた。


「閣下。中はおそらく、私たちの想像を絶する危険地帯です。今回はあくまで状況の確認――調べ尽くすことは不可能だと思ってください」


「……シェラ」


「この共鳴が維持できる『約10分』が、閣下たちのタイムリミットです。それを一秒でも過ぎれば、共鳴は切れ、こちらの警戒も穴ができます。閣下達の体にも負荷がかかりすぎます。それ以上の深追いは、救護部隊隊長として、絶対に許可できません。――必ず、10分以内に戻ってきてください」


11歳の少女が放ったとは思えない、冷徹で、けれど誰よりも彼らの生還を願う言葉。

アルベルトは一瞬だけ目を見開き、それから、私の決意を受け止めるように、握り返す手にグッと力を込めた。その瞳に宿る、深い信頼と愛おしさを隠そうともせずに。


「……わかった。私一人の命ではない、同行する騎士たちの状態にも関わるからな。お前の命令通り、必ず10分以内に戻ってくる」


「はい。信じて待っています」


閣下は私の手を名残惜しそうに離すと、鋭い視線を部下たちへ向けた。


「行くぞ! 時間は10分だ、一瞬の油断もするな!」


「はっ!」


アルベルト閣下を先頭に、精鋭たちが黒い霧の向こうへと消えていく。

私はその背中を見送りながら、周囲を見渡し警戒する。


(どうか、無事で戻ってきて……!)


私は救急バッグの持ち手を白くなるほど強く握りしめていた。



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