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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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魔の森へ

偵察部隊の帰還から数日も立たない内に、森の魔力溜まりを調査すべく、魔の森へ立ち入ることとなった。

「魔力溜まり」の正確な規模と性質を把握しなければ、有効な対策は打てない。アルベルトは、周囲の反対を押し切り、自ら調査隊の指揮を執ることを決めた。


「王都へ報告するにせよ、推測だけでは納得されないだろう。この目で確かめる必要がある」


その言葉に、私は同行を申し出た。

今回の私の役割は、現場での救命率の向上。そして何より、単独行動をしかねないアルベルトの「ストッパー」だ。

当初、アルベルトは私の同行を頑なに拒んだ。危険な最前線に十一歳の少女を立たせたくないという、彼なりの保護欲だろう。けれど、それを覆したのはヴォルクスの一言だった。


「……閣下。シェラを置いていけば、貴方は死地を前にした時、迷いなく己の命を投げ出すでしょう。彼女を連れて行くということは、『無理をせず、必ず生きて戻る』という誓いを立てるということです」


「ふん……」


ユーリもヴォルクスの言葉に頷いている。

閣下は苦々しく鼻を鳴らしたが、それ以上の反論はしなかった。

こうして私たちは、森に最も近い拠点である私のいた村へ行き、準備を整えることになったのだ。

村に到着すると、懐かしい顔が迎えてくれた。

幼馴染のレラだ。会わないうちに、彼女は少し背が伸びて、すっかり可愛いお姉さんへと成長していた。


「シェラ! 良かった、元気そうで。王都のご令嬢みたいになっちゃって!」


数日間、私たちは村の家で寝食を共にすることになった。

夜、キャンドルの灯りの下で、レラと二人きりの時間が流れる。

私からは領都での出来事や貴族になったこと。レラからは開発した石鹸が村の助けになっているという嬉しい報告や、最近気になっている男の子の話……。


「それでね、彼がとっても不器用なんだけど……」


頬を赤らめて語るレラの恋バナを聞きながら、私は前世の友人と女子会をしていた時のような、穏やかで楽しい時間を過ごした。


(……貴族になったって言ったけど、レラが変わらなくてよかった)


レラの屈託のない笑顔を見つめながら、私は心の奥で安心する。


(ここを守るためにも、魔力溜まりをどうにかしなくちゃね)


レラと過ごした穏やかな時間は、遠い夢だったのではないか。

そう錯覚するほど、目の前の光景は異様だった。村を出て魔の森の境界を越えた瞬間、湿り気を帯びた「澱み」が肌にまとわりつく。


「……確かに、以前視察に来た時よりも澱みが酷くなっている気がします」


私は隣を行くアルベルト閣下に声をかけた。


「ああ、魔力溜まりの影響だろう。森の自浄作用が追いついていない」


閣下は短く答え、鋭い視線を前方へ向けた。

村に近い浅い層であるにもかかわらず、すでに低級の魔獣が次々と姿を現し、騎士団との小競り合いが始まっている。私たちは気を引き締め、森の奥へと歩を進めた。

深部へ近づくにつれて、魔獣の数と強さは目に見えて跳ね上がっていく。

アルベルト閣下は魔眼を開放し、木々の合間に潜む不穏な魔力の動きを正確に捉え、次々と指示を飛ばした。


「右側だ! 一人で対応しようとするな、連携をとれ!怪我をした者は無理をせず下がれ!」


閣下の指示に従い、戦列を下がってきた騎士たち。私はすぐさま駆け寄り、手際よく処置を施していく。

幸い、まだ軽傷者が中心だ。止血と治癒を最小限の魔力で行う。


(……まだ大丈夫。私の魔力も、騎士たちの士気も、余力はあるわ)


けれど、前回変異種を討ち取った「あの日」の場所を通り過ぎた時、周囲の空気が一変した。

鳥の声も、虫の羽音も聞こえない。ただ、濃密な魔素が肺の奥を焼くような不快感だけが残る。

最深部まであとわずか。そこはもはや「地獄の入り口」だった。

濃密すぎる魔素が騎士たちの体力を容赦なく削り取っていく。対照的に、魔獣たちはその毒を糧にして、以前とは比較にならないほど巨大で禍々しい姿へと膨れ上がっていた。


「陣を崩すな! 負傷者は中央へ! シェラの指示を仰げ!」


アルベルト閣下の指示が、怒号に近い鋭さで響き、次々と襲いかかる魔獣を剣筋一つで斬り伏せていく。

私は自身の目に魔力を極限まで込め、トリアージを繰り返した。


「大丈夫よ!すぐに癒すわ!」


戦線を離脱してくる怪我人の重症度が上がっていく。1人でも多く動ける様に、休むことなく癒しの光を放ち続けていた。


その時だった。

肺を潰された重傷者の処置に意識を割き、わずかに視界が狭まった、その一瞬。


「シェラ隊長ッ!!!」


耳を突き刺すような騎士の叫び声。


(え……?)

反射的に顔を上げた時、視界を埋め尽くしたのは、腐った肉の臭いと、巨大な魔獣の牙だった。

あまりの近さに、思考が止まる。

前世でも今世でも、これほど近くに「死」の口を感じたことはなかった。


だが、衝撃が来るより先に、私の体は強い力で後ろへと引き寄せられていた。

誰かの腕。硬い鎧の感触。


――ドォォン!


重い衝撃音。

次の瞬間、私の視界は鮮やかな赤に染まった。


レラは恋をしてる、少女です。可愛いですね。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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