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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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話し合い

エレオノーラとの嵐のようなお茶会を終え、私は疲れ果てた体を引きずるようにしてアルベルト閣下の執務室を訪れた。

重厚な扉を開けると、そこには閣下だけでなく、ヴォルクスとユーリの姿もあった。公爵との会談の事後協議でも行っていたのだろう。


「お忙しい中、お時間をとっていただきありがとうございます」


私が挨拶をすると、デスクにいたアルベルト閣下が顔を上げたが、その瞬間に動きが止まり、じっと私を凝視した後、怪訝そうに眉を寄せた。

「……いや、構わないが。シェラ、なぜその格好……ドレスを着ているんだ?」


「エレオノーラ様にお茶会に誘われまして……無理やり着替えさせられたのです。私は制服のままでも良いと申し上げたのですが、侍女の方々に押し切られてしまい……」


私は「はぁ」と、今日何度目か分からない深い溜息をつく。


「まあまあ、そういわずに。シェラ、とてもよく似合っている」

ユーリ先生がいつものように穏やかに褒めてくれ、壁際にいたヴォルクスさんも「ああ」と短く、けれど納得したように頷いている。


「そうですか。ありがとうございます……」


居心地の悪さに視線を彷徨わせていると、アルベルト閣下が不意に椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

彼は私の正面まで来ると、流れるような動作で私の手を取り、エスコートするようにソファへと案内をしてくれた。


「……悪くない」


座る際、閣下の口からぼそりと、私にだけ聞こえるような小さな声が漏れる。

驚いて顔を上げると、閣下はすでに何事もなかったかのような顔をして、私の対面の席に腰を下ろしていた。


(……閣下って、こんなスマートなことができたのね。というか、今の……不覚にもドキッとしてしまったわ)


先ほどまでの疲労感が、一瞬で熱に変わって頬に集まるのを感じた。アルベルトの瞳が、射抜くような強さで私を見つめている。

私はその熱を誤魔化すように、居住まいを正した。


「エレオノーラとのお茶会はどうだった」


アルベルト閣下の問いに、私は背筋を伸ばし、ティータイムの余韻を振り払うように答える。


「はい。王都へ侍女として来ないかと、直々に誘われました。将来、王妃となられるエレオノーラ様を支え、国を豊かにするために力を貸してほしい、と」


その瞬間、執務室の空気が氷点下まで下がったかのような錯覚を覚えた。アルベルトは「……だろうな」と低く呟き、背後に控えるユーリとヴォルクスの気配に、抜き身の剣のような鋭い緊張感が走る。


「――もちろん、お断りいたしました。私には、この領地でやらなければならないことが、まだ山ほどありますから」


私はアルベルト閣下の瞳を真っ直ぐに見つめて答えた。

その返答を聞いた瞬間、閣下の強張っていた肩の力がふっと抜け、安堵したように僅かだけ表情を緩めた。


「……そうか。それで、お前が話したい本題とはなんだ」


閣下の声が、いつもの冷静なものにもどる。

私は表情を引き締め、核心を切り出した。


「公爵閣下の『腕』のことです」


「腕、だと?」


「はい。お茶を飲んでいる時に気づいたのですが、公爵閣下の右腕は、過去の骨折部位が不完全な位置で治癒されています。そのズレた骨が神経を圧迫し、複雑に絡み合っているようです。……おそらく、日常的に強い痺れや痛みがあるはずです。カップを持つ手に、ごく僅かな震えがありました」


私の指摘に、アルベルト、ユーリ、ヴォルクスの3人は驚きを隠せなかった。


「……まさか。…確かに、公爵は数年前、落馬して右腕を折っている。その時の古傷か……」


アルベルト閣下が記憶を辿るように呟き、執務室は重苦しい沈黙に包まれる。あの誇り高い公爵が、誰にも悟られぬよう、これほどの苦痛を押し殺して公務をこなしていたのだ、その精神力の強さに、皆が息を呑んだ。


「私なら、治せると思います」


沈黙を破り、私は静かに、けれど確信を持って切り出しました。


「あの状態で何事もないように振る舞えるのは、並大抵の精神力ではありません。ですが、このまま放っておけば、筋肉の萎縮が進み、いずれ限界が来ます。……手遅れになる前に、治療をさせていただきたいのです」


私の言葉に3人は険しい表情だ。


「……本気か、シェラ。相手はヴァランシエール公爵だ」


ユーリは、いつもの柔和な笑みを消し、腕を組んでいる。


「失敗すれば『癒やし手』としての君の評価だけでは済まない。公爵家の怒りを買い、最悪の場合、君は極刑、この領地もただでは済まないだろう。……そこまでのリスクを冒す価値があるのか?」


ユーリの問いは、至極真っ当なものだった。

公爵の腕が悪いままなら、それは彼一人の問題だ。放っておいても、私たちは責められない。


「価値はあります。公爵閣下は、この国の安定に不可欠な方です。そして何より……」


私はユーリを真っ直ぐに見つめた。


「目の前に治せる痛みがあるのに、それを見て見ぬ振りは出来ません。…私を信じて下さいませんか」


沈黙が執務室を支配した。


アルベルト閣下は深く息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げた。


「……わかった。公爵が一人になる夜、秘密裏に行う」


「ありがとうございます」


アルベルトの決断に私は、改めて覚悟を決めた。

これは、私のわがままだ。それが、領地に影響するなんてことはあってはならない。


(失敗は許されない)


私は、膝の上で組んだ手に力を込めた。


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