薔薇のお茶会
私は、公爵の腕のことをきりだすことはできなかった。
誇り高い高位貴族にとって、他人の前で「弱み」を暴かれることは、たとえそれが親意であっても屈辱になり得る。
そのことを考えると、今ではないと判断した。
お茶の席が終わり、公爵とアルベルトは共同事業の内容を詰めるらしい。
隙を見て私はアルベルトに後で報告したいことがあると耳打ちし、その場を離れた。
つかの間の休息を求め、救護室にでも行こうかとしている時だった。
「シェラ様、少々よろしいでしょうか」
呼び止めたのは、領主館の侍女だった。エレオノーラが二人きりでお茶をと誘っているらしい。断るという選択肢は、私には存在しない。
せめてこの動きやすい制服のままで、と淡い期待を抱いて尋ねたが、侍女は花が咲くような笑顔で「とびきり素敵なドレスに着替えましょうね」と答えた。聞かなければよかった、と後悔しても後の祭りだ。
小一時間後。コルセットで締め上げられ、念入りな化粧を施された私は、魂が半分抜けかけた状態でエレオノーラ様の滞在する貴賓室の前に立っていた。
(……何もしていないのに、長時間の手術を終えたあとのような疲労感だわ)
げんなりした精神をどうにか奮い立たせ、重厚な扉を叩く。
扉が開くと同時に、私は講師から嫌というほど叩き込まれた、カーテシーを披露した。
「お誘いいただき、ありがたく存じます。お待たせいたしましたわ、エレオノーラ様」
自分でも驚くほど淀みのない動作。
元の姿勢に戻りながら、今の私亀よりは蝶に近かったんじゃないかしらと自画自賛した。
しかし、目の前のエレオノーラ様は、まるで彫像のように固まって私を凝視していた。
(…失敗したかしら)
と不安になった瞬間
「まあ、まあまあ……! シェラさん、なんて素敵なの! そのドレス、貴女の瞳の色を最高に引き立てていらっしゃるわ! それに今のカーテシー、王都の夜会でもこれほど優雅なものはお目にかかれないわ!」
弾かれたように立ち上がった彼女は、裾を揺らして駆け寄ってくると、私の両手をぎゅっと握りしめた。
「ありがとうございます。アルベルト閣下が用意してくださった、素晴らしい講師の方々のご指導の賜物ですわ」
私の返礼に、エレオノーラは満足げににっこりと微笑み、私をテラスに面した席へと促す。
後ろに控えていた彼女の侍女が、手際よくティーカップを並べていく。
「このお茶はね、公爵領の茶葉を使っているの。私のお気に入りで、香りがとても良くて、心が洗われるようですのよ。さあ、召し上がって?」
勧められるまま、一口。
その瞬間、芳醇な花の香りが鼻腔を抜け、すっきりとした上品な後味が舌に残りました。前世で飲んでいた安物のティーバッグとは、天と地ほどの差があります。
「……とても、美味しいですわ。心が落ち着くような、素晴らしいお味です」
私が素直な感想を伝えると、エレオノーラはパッと顔を輝かせ、本当に嬉しそうに笑った。
「良かった! 貴女ならきっと、この繊細な香りを分かってくださると思っていたわ。ねえシェラさん、私達、思っていた通り気が合いそうですわね?」
その無邪気で、けれど有無を言わせない「包囲網」のような笑顔に、私は美味しいお茶を飲みながらも、再び背筋が少しだけ震えるのを感じた。
ふと会話が途切れた時、エレオノーラがカップを置き、真剣な眼差しで切り出しました。
「率直に申し上げますね、シェラさん。……私の侍女として、一緒に王都へ来ないかしら?」
唐突な、けれど重みのある勧誘。私は思わず息を呑んだ。
「シェラの持つその知識を、王家、ひいては王国のために役立ててほしいの。そのために、次期王妃となる私の侍女として王宮に上がることが、最善の道だと思うわ。……今回の視察で、この領地がどれほど良い方へ進んでいるか分かったわ。幼い頃に訪れた時は、もっと冷たく厳しい土地だった。それが、貴女の力でここまで変わるなんて」
彼女は一口お茶を飲み、私の目を真っ直ぐに見つめる。その瞳には、私という個人への興味以上に、国を背負う者としての強い使命感が宿っていた。
「癒やし手としても申し分のない実力だと聞いているわ。……ねえ、私と一緒に国を豊かにしない?」
エレオノーラ様の言葉には、重みがあった。わずか14歳にして、将来の王妃としての覚悟がそこにある。これほどまでに国を想う上司のもとで働けるのなら、それは癒し手としても、一人の人間としても、どれほど光栄なことか。惹かれる気持ちがないと言えば嘘になる。
けれど、私は小さく首を振った。
「エレオノーラ様。光栄なお誘い、心より嬉しく存じます。……しかし、私にはこの領地でやらなければならないことが、まだ山ほどあるのです。……ここで始めたことを、途中で投げ出すことはできませんわ」
上位者からの誘いを断るなど、本来なら許されない。それでも、私はこの地で待っている患者たちや、基盤となって欲しいと言ったアルベルトの顔を捨てることはできなかった。
私の返答に、エレオノーラ様は「……そう。……残念だわ」とため息をつき、頬に手を当てて首を捻った。
「申し訳ございません」
謝罪する私に、彼女は意外にも柔らかな笑みを向ける。
「残念だけど、そう返事をされると思っていたわ。貴女はそういう人ですもの。……だから、代わりに『お友達』になってくださらない?」
「……お友達、ですか?」
「そう、対等なお友達。だから私のことはエレオノーラと呼んで? 私はシェラと呼ぶわ!」
「そんな! 公爵令嬢を呼び捨てになど、到底無理ですわ!」
慌てて固辞する私の手を、彼女は逃がさないと言わんばかりに強く握りしめた。
「私が許可したのだからいいのよ! これから公爵領と辺境伯領で、石鹸の共同事業が始まるわ。私は社交界でその広告塔になるつもりよ。シェラだって製作者として社交界に立つ日が来るはず。その時、私が隣にいれば、貴女を侮る者なんて誰もいない。……それにね、私だって、国を豊かにするための相談ができる相手が欲しいのよ」
握られた手に、ぎゅっと力がこもる。その切実な温もりに、私は彼女が背負っている孤独の一端を見た気がした。
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに微笑んだ。
「……わかりました。至らぬ身ではございますが、これからよろしくお願いいたします。……エレオノーラ」
私の言葉に、彼女は少女らしい、弾けるような笑顔を見せた。
シェラは公爵令嬢とお友達になりました。
エレオノーラは覚悟の決まった女の子です。
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