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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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閑話 静かな誓い

シェラが退室し、重厚な扉が閉まる音が響くと、執務室は再び元の静寂に包まれた。

しかし、その空気は先ほどよりも一層、冷たく張り詰めたものへと変わっている。

アルベルトは深く椅子に背を預け、目を閉じた。


「……ユーリ。改めて、領主としてお前に要請する」


「……はい」


「シェラを、お前の養女に迎えろ。一刻も早くだ」


アルベルトの低い声に、ユーリは静かに、しかし力強く頷いた。


ユーリは男爵位を持つ。若かりし頃、王宮で功績を上げ叙勲された。そのときに、領地の拝命は断り故郷である辺境伯領へ戻ることを求めた。

先代の当主とは幼なじみであり、魔獣討伐が頻繁に発生し、負傷者も多いこの地の手助けになりたいと思っていたからだ。


「異存はございません。私自身、それが最善だと考えておりました。……実を言えば、かつての宮廷の伝手や知人の癒し手たちから、シェラについて探りを入れられることが最近増えてきております。皆、一様に『辺境の奇跡』に興味津々でしてね」


「やはりか」


ヴォルクスが不快そうに鼻を鳴らす。


「石鹸の利権だけでも厄介だというのに、そこに『聖女』の噂まで加われば、王都の亡者どもが黙っているはずがない。……ただ、あいつが持つ『特異的な知識』……それは知られていない。それが唯一の救いか」


アルベルトがゆっくりと目を開ける。その瞳には、侮蔑に近い色が浮かんでいた。


「今の王宮に渡せば、待っているのは破滅だ。目先の色恋や権力闘争に明け暮れ、平和というぬるま湯に浸かりきった連中に、あいつの真価など理解できん。……使い潰されるのが目に見えている」


「……魔の森についての報告も、芳しくないようですね、閣下」


ユーリの問いに、アルベルトは苦々しく吐き捨てた。


「ああ。魔獣の異常活性についても、救護体制の刷新についても、王都の連中にとっては『遠い北の地の出来事』だ。自分事として考えてなどいない。……あんな連中に、我が領地の、俺の『基盤シェラ』を差し出す理由など、塵ほどもない」


アルベルトの手が、デスクの上で固く握りしめられる。


「いいか。シェラは、この地の未来そのものだ。ユーリ、お前がシェラの『親』として、俺が『後ろ盾』として、この領地全体を檻にしてでも彼女を守り抜く」


「承知いたしました。……覚悟はできておりますよ、閣下」


ユーリは穏やかに微笑んだ。その笑みには、愛弟子を濁った濁流に突き落とさせまいとする、老練な意志が宿っていた。

ヴォルクスが腰の剣を軽く叩く。


「この領地を、王国で最も安全で、最も彼女が自由に腕を振るえる場所にすればいいのです。……そのためなら、俺は喜んで盾になりましょう」


閉ざされた執務室で、3人の男たちは静かに誓いを立てた。

それが彼女を縛る鎖になると知りながら、それでも必要とするがゆえの、あまりに一方的な「護り」の契約だった。


権力に溺れる亡者達からシェラを守るために、鎖で繋いでしまおうとする大人。

シェラ自身もわかっていて、受け入れています。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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