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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第3章

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ふたつの知らせ

その日の朝、私の部屋の前には、目も当てられないほど泣きじゃくるカシムさんの姿があった。


「シェラ様っ、私、私は……っ! 無念です、無念すぎて塵になりそうです……っ!」


「カシムさん!? どうしたんですか、そんなに泣いて。どこか怪我でも?」


何事かと、彼の四肢に外傷がないか、歩行に違和感がないかを瞬時に確認する。スカイブルーの瞳に魔力を込めれば、彼の血管を流れる魔力の循環は極めて良好、どこも異常はない。


「……任務で、長期間お側を離れることになりました……。これではシェラ様の護衛(と観察)ができないではありませんか……!」


「任務なら仕方ありません。騎士団の精鋭として、しっかり頑張ってきてください」


淡々と、「健康に気をつけて」という意味を込めて励ますと、カシムさんは急に顔を上げ、涙を拭って私の手を握らんばかりの勢いで身を乗り出した。


「……分かりました。シェラ様がそう仰るなら、光の速さで片付けて、這ってでも戻ってまいります! 」


嵐のような勢いで走り去っていく背中を見送り、私は小さくため息をついた。相変わらずの信奉者ぶりに少しだけ呆れつつ、アルベルト閣下に呼ばれていることを思い出し、執務室へと急いだ。


「お待たせして申し訳ありません、閣下」


重厚な扉を開けると、室内にはアルベルト、そしてユーリとヴォルクスの三人が揃っていた。辺境伯領の「中枢」とも言える顔ぶれだ。


「いや、朝早くからすまない。座ってくれ」


デスクで指を組むアルベルト閣下は、険しい表情をしていた。


「二つ、知らせておきたいことがある」


閣下はそう前置きし、いつもの冷徹なトーンで話し始めた。


「一つは、魔の森のことだ。……2年前にお前が私を救った時から、森の深部には得体の知れない『澱み』があった。前回の討伐でその確信を得たが、詳細な調査ができていなかった。そこで今回、精鋭による調査隊を出すことにした。救護部隊からハインリヒも同行させる」


「……その中に、カシムさんも?」


「ああ。あいつの足なら、危急の際の伝令としても最適だ。実力も申し分ない」


カシムの朝の様子を思い出し、納得した。


「かしこまりました。十分準備させます。異常の原因が分かれば対処を考えられますね……それで、二つ目は?」


私が問うと、アルベルト閣下の顔が、今度は「嫌悪感」に近い色に染まった。


彼は椅子に深くもたれかかり、心底面倒そうに、深い、深い溜息をついた。


「……二つ目だが。王都のヴァランシエール公爵家から書状が届いた」


その名前が出た瞬間、ユーリの表情までもが、わずかに強張るのが分かった。


「公爵の娘が石鹸に興味を持ったらしい。お前の作った石鹸と疫病の減った領地の視察だそうだが……実際はお前の…『聖女』の視察だろうな」


閣下はそこまで言うと、濃い金の目でじっと私を射抜いた。その瞳には、領主としての警戒心がこもっている。


「私の、視察……ですか」


私の言葉に、それまで壁に寄りかかり黙っていたヴォルクスが、重い口を開いた。


「ああ。石鹸が広まると同時に、お前の噂が密かに……だが確実に広がっているのは間違いない。……ここ数年、この領地の死者数が劇的に減っていることも、王都の耳聡い連中には格好の餌食だろうよ」


ヴォルクスの低く、警告を含んだ声に、私は少し俯いた。


ただ目の前の命を救い、衛生環境を整えてきた。それが「異常な成果」として外の世界に映っていることに、今の今まで無頓着すぎたのかもしれない。

すると、デスクの奥で組んだ指に顎を乗せていたアルベルト閣下が、ゆっくりと口を開いた。


「シェラ。……お前をこの領地から出すことは、一切考えていない」


濃い金の瞳が、射抜くような鋭さで私を捉える。


「ここは辺境伯領だ。平時のいざこざであれば、ほとんどの貴族からの介入は私が防いでみせる。……だが、我が家より格上の家門や、王宮がお前の『平民』という立場を利用して強引に介入してくれば、こちらとしても防ぎようがなくなる。……ゆえに、手立てを早急に考える」


重苦しい沈黙が、執務室の空気を支配した。

閣下の言葉の裏にある「手段を選ばない」という決意が、肌に刺さるようだ。

その沈黙を破ったのは、傍らに立つユーリだった。


「シェラ。……『身分』という鎖に、君を縛り付けることになる可能性が高い。不自由を強いることになるかもしれない。……それでも君は、アルベルト閣下、ひいてはこの領地のために、変わらず手を尽くしてくれるか?」


ユーリの静かな、しかし覚悟を問うような問いかけ。

私は、目の前にいる3人の男たちの目を見据えた。

29歳の精神を持つ私にとって、身分とは社会的な役割の一つに過ぎない。もし、その看板を背負うことで領地・領民の発展に繋がるならば。


「……私は、この領地の基盤となると閣下に誓いました。そのために必要であれば、身分だろうと何だろうと構いません」


迷いのない私の答えに、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。

アルベルトが、ほんの少しだけ、安堵したように息を吐いたような気がした。

大きな嵐がやってきそうな感じになりました。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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