アルベルトの左目
「閣下は……いつ頃、お目覚めになられたのですか?」
私は、まだ少し重い舌を動かして、隣に座るアルベルト閣下に問いかけた。
「私は翌日に目が覚めた。……お前のおかげで意識も、体力も驚くほど早く戻った」
アルベルトはそう言って、膝の上に置いた右手をゆっくりと開閉してみせる。
「腕の動きも、はじめこそは僅かに神経が痺れるような違和感があったが、今はそれも全くない。……以前よりも、ずっと軽いくらいだ。シェラ、改めて礼を言う。私の命と、騎士としての誇りを救ってくれたのはお前だ」
真摯な眼差しで見つめられ、私は照れくささと面映ゆさで、思わず顔を逸らす。
「いえ、私は救護部隊の責任者として、できることをしただけです。……でも、本当に良かったです。機能が戻って」
安堵で胸が温かくなったのも束の間、私の視線は自然と、彼の顔を覆う黒い眼帯へと向かった。
私がどう切り出そうかと思っているとアルベルトは観念したように、ゆっくりと眼帯に触れた。
「……視力は戻り切っていない。ぼやけている状態だ。…驚くなよ」
ゆっくりと外された眼帯の下から現れたのは――かつての彼が持っていた、濃い金の瞳ではなかった。
それは、私の瞳と全く同じ。どこまでも高く、澄み渡るようなスカイブルーの輝き。
その衝撃に、
「……あっ」
思わず声が漏れた。
血管を繋ぎ、神経を編み上げ、最後にありったけの魔力を流し込んだあの一瞬。私の魔力は、彼の損傷した組織を補完するだけでなく、彼の、目の細胞そのものにまで深く浸透してしまったのだろう。
「空…色」
「そうだ。癒しの際、お前の魔力をあまりに濃密に受けすぎたらしい。瞳の色が変わっただけではなく……この目には、妙な力が宿っている」
アルベルト閣下がその左目で私を見つめると、一瞬、体がピリリと震えるような感覚。
「…っっ」
「悪い!」
アルベルトは左目を手で覆う。
「今はまだ、俺にも制御しきれていない。不用意に見つめれば、相手の魔力を乱し、魔力回路を一時的に凍らす事になる……」
「魔力回路を、凍らせる……?」
私の問いに、後ろで控えていたユーリ様が、少し顔を引きつらせて頷く。
「ああ。君の癒しの魔力が閣下の左目に馴染んだことで、彼は『魔力の流れ』が視覚化されるようになったらしい。その流れの結節点を、閣下の氷の魔力で一瞬にして凍結封鎖する……。魔力があるものにとって呼吸を止められるより恐ろしい力だよ」
アルベルトの「氷」の魔力と私の「癒し」の魔力が彼の左目の中で高濃度に圧縮・融合し、一種の「魔眼」へと変質してしまったことを物語っていた。
「それは…なんと言うか…申し訳ありません」
私は、まさかこんなことになるとは思わず、謝罪する。
「謝るな、お前はその時の最善を尽くしたんだ。…今まで誰も成し遂げたことのない、腕の再接合と目の修復。もっと誇れ」
アルベルトの言葉にユーリとヴォルクスと頷く。
その顔に、私は少しだけ嬉しさを噛み締めた。
アルベルトは、繋がったばかりの右手を力強く握って見せる。そして、少しだけ声を低くして続た。
「……ヴォルクスたちがうるさくてな。『閣下が惚気た瞳をしている』だの、『シェラ様とペアの瞳で羨ましい』だのとな」
「閣下、それは事実です」
「我々独り身の騎士には刺激が強すぎますよ!」
ヴォルクス様とユーリ様の茶化すような声に、私は顔が火が出るほど熱くなるのを感じ、顔を伏せる。
部屋に笑い声が響いた。
アルベルトの瞳はシェラの魔力に染まってスカイブルーに、そして魔眼へと変化しました。
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