表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/64

限界値

私は、極限まで研ぎ澄まされた集中力の中にいた。周囲の喧騒も、凍てつく風の音も聞こえない。見えるのは、アルベルト閣下の無残な断面と、そこに走る無数の組織の断片だけだ。


まずは主要な血管――上腕動脈を確保する。氷点下の冷気が血管を収縮させていたおかげで、皮肉にも出血は抑えられていたが、それは細胞の壊死との時間戦を意味していた。

私は自分の魔力を血管壁を縫い合わせるように流し込んでいく。


(大丈夫……!)


祈るように魔力を流し込むと、遮断されていた血流が、アルベルトの右腕へと流れ込んだ。青白く陶器のようだった指先に、微かな、けれど確かな生の色――淡い赤みが差す。

 

次に、粉砕された上腕骨。複雑な骨折面をパズルのように組み合わせ、骨膜の再生を促す。そして、最も困難な神経の導通だ。

正中神経、尺骨神経、橈骨神経。

肉眼では判別しがたい細い神経を、「眼」を使って手繰り寄せ、一本ずつ本来の道筋へと繋いでいく。わずかでも狂えば、彼は二度と剣を握れなくなる。その重圧が、冷や汗となって背中を伝った。


そのあまりに精密で、執念すら感じる異様な癒しの儀式に、いつの間にか集まっていた騎士たちも、呼吸をすることさえ忘れたかのように固唾を呑んで見守っていた。


筋肉の縫合と皮膚の接合を残すのみとなった時、ようやくユーリ様、ハインリヒ、ルシアンの三人が到着した。


「……本当に繋げたのか…、あの状態から」


 ユーリ様が、戦慄を隠しきれない声で呟く。


「はい……血管、骨、主要な神経は繋ぎ直しました。……ですが、私の魔力はもう……」


視界の端がチカチカと明滅する。魔力が少なくなっているサインだ。


「無理をするな、あとは私が引き継ごう」


ユーリ様の提案に頷き、私は這いずるようにしてアルベルトの顔面側へと移動した。

アルベルトの顔を見たユーリが、喉を鳴らして絶句する。


「その、左目は……まさか…。シェラ、流石に君でも無理だ。しかも魔力は相当削られている」


「……機能がどこまで戻るかは賭けです……

それでも、できる限りの構造は修復します」


私は、ユーリの見つめる。


この世界において、損傷した眼球は「失われたもの」として諦めるのが常識だ。せいぜい傷を塞ぎ、義眼を入れるのが関の山だろう。私の脳内には前世で学んだ精緻な解剖図と手術で見た知識がある。


私は左目に残る全魔力を注ぎ込んだ。

光を屈折させる角膜、絞りの役割を果たす虹彩、レンズを支える毛様体と水晶体……。そしてその奥、光を受け止める網膜と硝子体。周囲に走る血管。

細胞の層一つひとつを、顕微鏡で覗き込むように繊細に、慎重に積み上げていく。

そして最大の問題――視神経。

脳へと情報を運ぶ、何百万本もの細く脆い「光の回路」。一本ずつを完全に繋ぐことは、不可能だ。

私はせめて、その回路が最短距離で再び結びつくよう、神経の鞘を誘導し、濃密な癒しで隙間を埋めていく。


(……閣下が目を覚ました時、せめて光の粒だけでも感じてほしい)


すでに頭痛は耐え難いほど激しくなり、指先は自分の意思とは無関係に震えていた。

私は救護部隊の隊長。私が倒れれば、この戦場で流された血は無意味になる。

その責任感だけが、崩れ落ちそうな意識を繋ぎ止める細い糸だった。


「あと……ちょっと……」


皮膚を閉じようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

天と地が逆転するような感覚。しかし、地面に叩きつけられる直前、逞しい腕が私の体を力強く抱きとめた。


「そこまでだ、シェラ! もういい、十分だ!それ以上は!」


ヴォルクス様の、泣き叫ぶような声。

遠くなる意識の中で、私は最後の魔力を絞り出し、閣下の顔面神経を整え、皮膚の傷跡を最小限に抑えるよう癒しをかけた。


「……終わり、ました……」


唇が、うまく動かない。私はヴォルクス様の胸に顔を埋めたまま、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「どこまで、見えるかは、わかりません……。でも……起きたら、瞳孔の反応を、確認して……。それから……閣下は……深刻な低体温症です。……ゆっくり、暖炉や……魔法の微弱な熱で……時間をかけて温めて……。一気に……上げたら……心臓が止まるから……ダメ……ですよ……」


頬に、温かい雫が落ちるのを感じた気がした。

それが彼の涙なのか、それとも私の幻想なのかを確かめる術もなく、私の意識は深い、深い闇の底へと沈没していった。


アルベルトの腕はつながりましたね。

目はどこまで見えているのか、確認しないとわかりません。


よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ