死闘の果て
どうにか手元の負傷者たちの処置を終え、運び込まれてくる騎士の数がようやく落ち着きを見せた、その時。
――オオオォォォォォォン!!
鼓膜を震わせるような、一際巨大な魔獣の咆哮。
同時に、前線の方角の空に天を衝くような巨大な氷柱が幾本も突き立ち、森の木々を飲み込みながら、周囲の温度を一気に奪い去っていくのが見えた。
「……ッ、あれは閣下の!? だが、これほど広範囲に……無理だ、反動に耐えきれん!」
隣でユーリ様が、顔を青くして叫んだ。
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。
(行かなければ)
理屈ではなかった。
今、指示を出す立場の私がこの場所を離れることは許されない。それでも、行かなければ「間に合わない」と、私の看護師としての本能が警鐘を鳴らしていた。
「申し訳ありません! ユーリ様、ここをお願いします。私……前線へ行きます!」
「待て! シェラ! お前が一人でなんて――」
背後でユーリ様が伸ばした手は、私の背を掠めただけだった。私は返事もせず、応急処置のセットを抱え直して森の中へと駆け出した。
冷気が、肌を刺すように鋭くなっていく。
倒れた木々を飛び越え、凍りついた下草に足を取られそうになりながら、私はひたすら光の柱を目指す。
やがて、目の前の視野が不自然なほどに広く開け――。
そこに広がる光景に、私は、愕然と立ち尽くした。
一帯は、静寂に支配された白銀の世界。
巨大な山のようだった魔獣は、全身を氷の棘で貫かれ、咆哮を上げた姿のまま、物言わぬ氷像と化していた。
けれど、その足元。
静まり返った雪原の上に、ぽつりと純白の雪を真紅に染めながら横たわっている騎士がいる。
「……、……閣下……?」
喉の奥で、掠れた声が漏れた。
私は弾かれたように走り出した。
凍てついた雪に足を取られ、何度ももつれて転ぶ。膝や手のひらが悲鳴を上げても、構わず立ち上がり、ただひたすらに前へ、前へと走った。
「閣下! アルベルト閣下!」
少し離れたところから、ヴォルクス様や騎士たちの切羽詰まった叫びが聞こえてくる。
ようやくアルベルト閣下の元に辿り着いた時、私の白衣は泥と雪に汚れ、全身擦り傷だらけになっていた。けれど、目の前の光景を目にした瞬間、そんな痛みはすべて吹き飛んだ。
アルベルト閣下の体——その右肩から先が、無残にも失われていた。
「誰か! アルベルト閣下の腕、右腕を探して! あと誰でもいいから、早くユーリ様を連れてきて! 早く!!」
私の叫びに、後ろから追いついてきた騎士たちに激しい動揺が走ります。
「早く行け!」というヴォルクス様の鋭い命令が飛び、騎士たちが弾かれたように散っていきました。
「閣下! アルベルト閣下! 聞こえますか!」
必死に声をかけ、意識を確認するが、反応はない。
頸動脈を確認、脈拍はゆっくりだがまだ動いている。呼吸は浅く、弱い。
(早くしなければ……!)
私はアルベルト閣下の全身を素早く視る。
致命傷と言えるのは、間違いなく右腕の欠損部。けれど、皮肉にもこの異常なまでの氷点下が、切断部の血管を収縮させ、軽い止血状態を作り出していた。
そして、彼の顔を見た時、私は息を呑んだ。
顔面の左側に走る、あまりにも深い傷。
(これは……完全に眼球、視神経のあたりまで、目の修復は……)
現代医学の知識が、私の脳内で「再生不能」の文字を無機質に弾き出します。
そこへ、一人の騎士が駆け寄ってきた。
「閣下の腕です!ありました!」
泥と雪にまみれた「腕」を受け取り、持って来た水で軽く洗浄する。
私はそれを本来あるべき位置へと並べた。
駆けつけたヴォルクス様が、青ざめた顔で私に問いかける。
「もうすぐユーリ様が到着する。シェラ、それは……」
「まだ腕はいけます。幸いこの氷点下で壊死は始まっていない。まず腕の再接合を優先します。顔面はその後です」
「……いけるのか、本当に」
「できる限り、やります」
私は短く答え、全神経を指先と、彼の切断面に集中させた。
ここからが、時間との勝負。
佳境に差し掛かって来ましたね。
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