環境整備と雑用係
前世の記憶を取り戻してから、2年の月日が流れた。
9歳になった私は、孤児院という名の劣悪な環境で、目立たない程度の環境整備に勤しんでいた。
「いい、みんな。お湯は貴重だけど、傷口を拭く時は必ず煮沸して冷ましたものを使って。それだけで化膿のリスクは激減するの。誰か火の適性があった子がいたよね。水の適性の子もいたっけ」
最初は「変なことを言い出した」と煙たがっていた孤児たちも、私の指示に従うことで、万年悩まされていた皮膚炎や下痢が治まっていくのを目の当たりにし、次第に私を頼るようになった。
大人たちは、自分たちの懐が痛まない限り、子供たちが勝手に掃除をしようが森で食料を調達してこようが無関心だ。
(児童福祉なんて概念はこの世界にはない。でも、放置されているなら勝手に「清潔区域」を広げさせてもらおう。……何事もなく、長生きしたいし)
そう。私の目標は「平穏な長寿」だ。
そのためには、自分の能力をひた隠しにする必要がある。
この2年間で確信したのは、私の「目」の異常性だ。癒しの適性を持つ者は他にもいるが、損傷部位を「透過図」として視認し、ピンポイントで魔力を流し込めるのは私だけらしい。
効率を極めれば、魔力の消費は最小限で済む。だが、それはこの世界の「常識」からはあまりに逸脱していた。
「おい、いつまで突っ立っている。早く汚れた包帯を片付けんか!」
鼓膜を震わせる怒声。振り返れば、そこには贅肉のついた顔を歪めたエリオ司祭が立っていた。
9歳になった私は、今、この「エリオ司祭」の補助、という名の雑用に駆り出されている。
エリオ司祭は、この教会唯一の癒し手だ。貴族出身というプライドだけは高く、その治療は驚くほどに「大雑把」だった。
「ふん。平民の傷など、これくらいで十分だ」
彼が祈りと共に魔力を放つ。眩い光が患者を包み込むが、私の目には見えていた。表面の皮膚だけが無秩序に癒着し、その奥で血管の断裂が放置され、内出血が広がっているのを。
(……下手くそ。そんな魔力の通し方じゃ、奥の組織が変な癒着を起こすわ)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
この世界での癒しには、明確な限界があった。死者の蘇生は不可能。そして、欠損した部位の再生もまた、実質的に不可能だ。
無理に欠損を埋めようと魔力を注げば、機能を持たない「肉の塊」が出来上がるだけ。神経も血管も繋がっていない、ただの重り。
(私の目があれば、あるいは血管や神経を一本ずつ繋ぐことで、機能を伴う再生ができるかもしれない。……でも、今の私の魔力じゃ、癒しをかけたあと魔力切れで私が死ぬわね)
今はまだ、その時ではない。
私はエリオ司祭に罵倒され、食事を抜かれる理不尽に耐えながら、静かに「患者」の身の回りの世話をする。司祭が立ち去った後、彼が「治した」と言い張る傷の奥を、目立たない程度の魔力でこっそり癒して回るのが、最近の私のルーチンだ。
(目立たず、騒がれず、誰にも期待されず……。それが、この理不尽な世界で生き残る唯一の術)
9歳の少女は、煤けたエプロンをきゅっと結び直し、静かに祈った。
どうか、このまま静かな日々が続きますように。
——だが、私の運命の歯車はゆっくり回り始めていたのだ。
短くてすいません。




