2人の癒し手
翌朝、身支度をしていると規則正しいノックの音が響いた。
扉を開けると、ユーリが立っていた。
「おはよう、シェラ。よく眠れたか?」
「おはようございます。ユーリ様。とても快適でした。」
ユーリは頷き、救護室に案内すると言った。
案内されながら館の廊下を歩いていると、ユーリが現在の体制について説明してくれた。
「普段、私は主に街の領民たちの治療に当たっているんだ。騎士団の救護に関しては、昨日紹介した2人に任せている。彼らはまだ若いが、魔力量は十分あるからな」
案内された救護室に一歩足を踏み入れた瞬間、私は思わず目を見張った。
そこは驚くほど清潔に保たれていた。シーツは糊が効き、床には塵一つ落ちていない。
「……ここ、もしかして」
「ああ。アルベルト閣下が、君が以前出した報告書を隅々まで読んで整えさせたそうだ。『彼女が満足する環境を用意しておけ』とね」
領主の用意周到さに内心で舌を巻きつつ、私は待機していた2人のまえに立った。
ユーリが穏やかに、しかし威厳を持って彼らを促す。
「さあ、二人とも。今日から君たちの上官となるシェラ隊長だ。改めて自己紹介を」
まず一歩前に出たのは、三十代半ばの、岩のように頑強な体躯を持つ男だった。その鋭い眼光は、癒し手というよりは歴戦の戦士に近い。
「騎士団専属癒し手、ハインリヒ・フォン・ベルンであります」
ハインリヒは、騎士らしい無駄のない所作で深く一礼した。
続いて、少し緊張した面持ちで歩み出たのは、二十代前半の、しなやかな指先を持つ青年だった。
「同じく、ルシアン・ド・クロワと申します」
ルシアンは少し気圧されながらも、好奇心の隠せない瞳で私を見つめている。
私は二人の名を反芻した。ハインリヒとルシアン。
一人は質実剛健な経験者、一人は柔軟な感性を持つ若手。
「ハインリヒさん、ルシアンさん。今日から部隊長として着任しました、シェラです。突然のことで、受け入れ難いこともあると思います。疑問などありましたらいつでも言ってください」
10歳の子供とは思えないシェラの挨拶に2人は困惑の表情を浮かべる。
「まずは今ここにいる患者の状態を確認させてください」
シェラはそんな2人を横目に救護室の案内を頼む。
救護室には、演習などで負傷した数名の騎士が入っていた。ハンスたちの説明では「魔法をかけたので、あとは安静にするだけ」とのことだったが、私の目は誤魔化せない。
一人ひとり患部を視て、触診を進める。
「……ハインリヒさん、この人は? 表面の傷は塞がっているけれど、熱感がありますね」
「それは……打ち身が酷かった者です。癒しは終わっていますが」
「いいえ、深部の筋肉が挫滅したまま放置されています。こっちの骨折患者もそう。骨の接合面がわずかにズレたまま固定されています」
私の指摘に、二人は「なぜそんなことが……」と困惑の表情を浮かべる。
私は黙って、脚に違和感を抱えていた騎士の前に立った。
「少し失礼するわ。」
私は神経を研ぎ澄ませ、挫滅が残っている場所を視る。筋肉の繊維一本一本を元の位置に揃え、ズレた組織を正しく配置するイメージを魔力に乗せる。
「――」
淡い光が消えた瞬間、それまで顔をしかめていた騎士が、ハッとした表情で自分の脚をさすった。
「……え? 痛くない。脚の違和感が……消えてる」
「ええ。違和感のある場所に癒しをかけたから、もう大丈夫よ」
骨折部位のズレがある患者もずれを元に戻すように癒しをかける。
呆然とする騎士と、それ以上に驚愕の眼差しを向けるとハインリヒとルシアンを連れ、私はたちは一度隣の待機室へと戻った。
「……さて。聞きたいことは山ほどあると思いますが、先に私の質問に答えてもらっていいですか?あなたたち、人体の構造について、どこまで理解していますか?」
「構造、ですか?」
ハインリヒが怪訝そうに聞き返す。
「骨があり、肉があり、血が流れている……。魔法をかける際に、なんとなくのイメージは持っていますが」
「私は長年、多くの患者を診てきた。どこに主要な血管があり、どう臓器が配置されているか、経験則としての理解はあるつもりだ。……それでも、皮膚の下を明確に見たことはないけれど」
ユーリが捕捉するように、口を開く
「そう、そうよね……。経験則、それが今の限界よね」
私は少し考え込む。
その様子に、ルシアンが恐る恐る口を開く。
「あの、それは、なんの関係が……」
私は顔をあげ、椅子に深く腰掛け、2人と窓際にいるユーリに見据えた。
「今の癒しは、若くて体力のある騎士なら、なんとかなるし、表面の傷が消えれば彼らは『治った』と思い込む、多少の違和感も、放っておけば若さがねじ伏せてしまう。だから特に問題にもなっていない。……でも、もしこれが子供だったら? 骨がズレたままだと変な成長をしてしまうかもしれない。もしこれがお年寄りだったら? わずかな筋肉の違和感のせいで、歩行が困難になってしまうかもしれない。…騎士たちも、戦える期間が短くなっているかもしれない。」
三人は息を呑み、静まり返った。
「体の構造を理解し、清潔に癒す。そうでなければ、それは『治癒』ではなく、ただの『先送り』。……私はこの部隊で、それを徹底して欲しいんです」
私は鞄から、夜な夜な書き溜めていた精緻な「解剖図譜」を取り出し、テーブルに広げた。
「これを見てください」
テーブルに広げられたそれを見た瞬間、三人が言葉を失った。
そこには、皮膚を剥いだ下の筋肉の走り方、複雑に絡み合う神経のネットワーク、心臓の四つの部屋とそこから伸びる大動脈……。現代医療を知る者にしか描けない、圧倒的にリアルな人体の設計図が描かれていた。
「な、なんだこれは……。まるで、中を透かして見たような……」
ハインリヒは震える指先で、毛細血管の網目をなぞる。ルシアンはあまりの精密さに、恐怖すら感じているようだった。
「これが、私たちが治そうとしている『体』の構造です。癒しをかける時、ただ『治れ』と祈るのではなく、傷のどこをどう治すかをイメージする。そうでなければ、さっき言ったような『表面だけの治癒』から抜け出せないと思います。」
私は厳しい口調で告げ、2人を見つめた。
難産でした。登場人物が増えるほど難しくなっていきますね…。
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