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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第2章

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2人の癒し手

翌朝、身支度をしていると規則正しいノックの音が響いた。

扉を開けると、ユーリが立っていた。


「おはよう、シェラ。よく眠れたか?」


「おはようございます。ユーリ様。とても快適でした。」


ユーリは頷き、救護室に案内すると言った。

案内されながら館の廊下を歩いていると、ユーリが現在の体制について説明してくれた。


「普段、私は主に街の領民たちの治療に当たっているんだ。騎士団の救護に関しては、昨日紹介した2人に任せている。彼らはまだ若いが、魔力量は十分あるからな」


案内された救護室に一歩足を踏み入れた瞬間、私は思わず目を見張った。

そこは驚くほど清潔に保たれていた。シーツは糊が効き、床には塵一つ落ちていない。


「……ここ、もしかして」


「ああ。アルベルト閣下が、君が以前出した報告書を隅々まで読んで整えさせたそうだ。『彼女が満足する環境を用意しておけ』とね」


領主の用意周到さに内心で舌を巻きつつ、私は待機していた2人のまえに立った。


ユーリが穏やかに、しかし威厳を持って彼らを促す。


「さあ、二人とも。今日から君たちの上官となるシェラ隊長だ。改めて自己紹介を」


まず一歩前に出たのは、三十代半ばの、岩のように頑強な体躯を持つ男だった。その鋭い眼光は、癒し手というよりは歴戦の戦士に近い。


「騎士団専属癒し手、ハインリヒ・フォン・ベルンであります」


ハインリヒは、騎士らしい無駄のない所作で深く一礼した。

続いて、少し緊張した面持ちで歩み出たのは、二十代前半の、しなやかな指先を持つ青年だった。


「同じく、ルシアン・ド・クロワと申します」


ルシアンは少し気圧されながらも、好奇心の隠せない瞳で私を見つめている。

私は二人の名を反芻した。ハインリヒとルシアン。

一人は質実剛健な経験者、一人は柔軟な感性を持つ若手。


「ハインリヒさん、ルシアンさん。今日から部隊長として着任しました、シェラです。突然のことで、受け入れ難いこともあると思います。疑問などありましたらいつでも言ってください」


10歳の子供とは思えないシェラの挨拶に2人は困惑の表情を浮かべる。


「まずは今ここにいる患者の状態を確認させてください」


シェラはそんな2人を横目に救護室の案内を頼む。

救護室には、演習などで負傷した数名の騎士が入っていた。ハンスたちの説明では「魔法をかけたので、あとは安静にするだけ」とのことだったが、私の目は誤魔化せない。

一人ひとり患部を視て、触診を進める。


「……ハインリヒさん、この人は? 表面の傷は塞がっているけれど、熱感がありますね」


「それは……打ち身が酷かった者です。癒しは終わっていますが」


「いいえ、深部の筋肉が挫滅したまま放置されています。こっちの骨折患者もそう。骨の接合面がわずかにズレたまま固定されています」


私の指摘に、二人は「なぜそんなことが……」と困惑の表情を浮かべる。

私は黙って、脚に違和感を抱えていた騎士の前に立った。


「少し失礼するわ。」


私は神経を研ぎ澄ませ、挫滅が残っている場所を視る。筋肉の繊維一本一本を元の位置に揃え、ズレた組織を正しく配置するイメージを魔力に乗せる。

「――」

淡い光が消えた瞬間、それまで顔をしかめていた騎士が、ハッとした表情で自分の脚をさすった。


「……え? 痛くない。脚の違和感が……消えてる」


「ええ。違和感のある場所に癒しをかけたから、もう大丈夫よ」


骨折部位のズレがある患者もずれを元に戻すように癒しをかける。

呆然とする騎士と、それ以上に驚愕の眼差しを向けるとハインリヒとルシアンを連れ、私はたちは一度隣の待機室へと戻った。


「……さて。聞きたいことは山ほどあると思いますが、先に私の質問に答えてもらっていいですか?あなたたち、人体の構造なかみについて、どこまで理解していますか?」


「構造、ですか?」


ハインリヒが怪訝そうに聞き返す。


「骨があり、肉があり、血が流れている……。魔法をかける際に、なんとなくのイメージは持っていますが」


「私は長年、多くの患者を診てきた。どこに主要な血管があり、どう臓器が配置されているか、経験則としての理解はあるつもりだ。……それでも、皮膚の下を明確に見たことはないけれど」


ユーリが捕捉するように、口を開く


「そう、そうよね……。経験則、それが今の限界よね」


私は少し考え込む。


その様子に、ルシアンが恐る恐る口を開く。


「あの、それは、なんの関係が……」


私は顔をあげ、椅子に深く腰掛け、2人と窓際にいるユーリに見据えた。


「今の癒しは、若くて体力のある騎士なら、なんとかなるし、表面の傷が消えれば彼らは『治った』と思い込む、多少の違和感も、放っておけば若さがねじ伏せてしまう。だから特に問題にもなっていない。……でも、もしこれが子供だったら? 骨がズレたままだと変な成長をしてしまうかもしれない。もしこれがお年寄りだったら? わずかな筋肉の違和感のせいで、歩行が困難になってしまうかもしれない。…騎士たちも、戦える期間が短くなっているかもしれない。」


三人は息を呑み、静まり返った。


「体の構造を理解し、清潔に癒す。そうでなければ、それは『治癒』ではなく、ただの『先送り』。……私はこの部隊で、それを徹底して欲しいんです」


私は鞄から、夜な夜な書き溜めていた精緻な「解剖図譜」を取り出し、テーブルに広げた。


「これを見てください」


テーブルに広げられたそれを見た瞬間、三人が言葉を失った。

そこには、皮膚を剥いだ下の筋肉の走り方、複雑に絡み合う神経のネットワーク、心臓の四つの部屋とそこから伸びる大動脈……。現代医療を知る者にしか描けない、圧倒的にリアルな人体の設計図が描かれていた。


「な、なんだこれは……。まるで、中を透かして見たような……」


ハインリヒは震える指先で、毛細血管の網目をなぞる。ルシアンはあまりの精密さに、恐怖すら感じているようだった。


「これが、私たちが治そうとしている『体』の構造です。癒しをかける時、ただ『治れ』と祈るのではなく、傷のどこをどう治すかをイメージする。そうでなければ、さっき言ったような『表面だけの治癒』から抜け出せないと思います。」


私は厳しい口調で告げ、2人を見つめた。

難産でした。登場人物が増えるほど難しくなっていきますね…。




よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。

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