信頼
「……今までのやり方でも、あなたたちは多くの命を救ってきたのだと思います」
私は、驚愕と戸惑いに固まっているハンスとルカ、そして考え込むように図譜を見つめるユーリに向けて、声を和らげて続けた。
「若輩者の私が言うことではないと思いますが、あなたたちの癒しは、本当に素晴らしいものです。だって、ユーリ様も含めて、たった三人でこの騎士団という大所帯を支えてきたのだから。それは並大抵の努力でできることじゃない、尊敬に値します」
私の言葉に、ハインリヒは少しだけ面食らったように顔を上げた。厳格な彼らにとって、年下の少女からの「労い」は予想外だったのだろう。
「けれど、この図にある体の仕組みを正しく理解すれば、もっと精度の高い癒しができるようになる。今まで『なんとなく』流していた魔力を、必要な場所に、ピンポイントで注ぎ込めるようになるはすです」
私は羊皮紙に描かれた血管の分岐を指先でなぞった。
「そうすれば、魔力の消費も抑えられるし、後遺症に苦しむ騎士も減る。……つまり、今までは救えなかったはずの命を、もっと、確実に助けられるようになる」
「助けられる騎士が……増える」
ルシアンが、希望を噛み締めるようにその言葉を繰り返した。
「ええ。あなたたちの癒しに、この知識を掛け合わせるの。そうすれば、この救護部隊はどこよりも強固な、領地の基盤になれるはず。……どうですか?一緒に頑張っていただけないでしょうか」
2人は顔を見合わせた後、今度は迷いのない、引き締まった表情で私を見た。
「……承知いたしました、隊長。…是非一緒に頑張らせてください!」
ハインリヒの力強い返事を聞き、私は小さく満足そうに微笑んだ。
教育、衛生管理、そして意識改革。
やるべきことは山積みだけれど、1番近くで共に働く癒し手達の信頼は得られたようだった。
圧倒的な熱量でハインリヒとルシアンを圧倒したシェラを、ユーリは穏やかで、けれど全てを見透かすような眼差しで見つめていた。
「……驚いた。君は、私たちが何代もかけて積み上げてきた『癒し』の歴史を、たった一枚の図面で塗り替える気か?」
ユーリが、羊皮紙の端を細長い指で優しくなぞる。
「ハインリヒ、ルシアン。君たちは、自分たちが今、どれほど恐ろしい瞬間に立ち会っているか自覚した方がいい。……彼女が教えているのは単なる術じゃない。この領地の、いや、世界の『命の価値』を書き換える法則だ」
ユーリのその言葉は、ハインリヒたちの背筋を正すのに十分すぎるほどの重みを持っていた。しかし、彼はシェラの方を向き、懐っこい笑みを浮かべる。
「シェラ。君の言う通り、私の魔力視でも『見えない場所』を埋めるのは苦労していた。だが、この図譜が示すものを意識して魔力を流せば、魔力効率は格段に跳ね上がるだろう。……君は、私に隠居しろと言うつもりか?」
「まさか。ユーリ様には、私の術を一番近くで補完していただかないと困ります」
シェラが不敵に笑い返すと、ユーリは満足げに頷いた。
「光栄だ。……ハインリヒ、ルシアン。君たちがこの図譜を頭に入れるまで、私も君たちの『補習』に付き合おう。何しろ、これは部隊長(彼女)からの最初の下命だからね」
ユーリが「隊員の一人」として、格下のハインリヒたちと同じ目線で学ぶ姿勢を見せたことで、場に流れていた緊張感は「学びへの熱意」へと変わった。
「さて、シェラ隊長。一時間後のテスト、私も受けていいか? ……不合格なら、昼食抜きで再教育を受ける覚悟はできている」
冗談めかしてウインクするユーリに、シェラは「厳しいですよ?」と小さく笑った。
解剖図を覚えるのは大変ですよね…。
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