67 百人一首をアレンジ45 あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
あはれ(形容動詞・ナリ・語幹)と(格助詞)も(係助詞)
いふ(動詞・ハ四・終止)べき(助動詞・当然・連体)人(名詞)は(係助詞)
思ほえ(動詞・ヤ下二・未然)で(接続助詞・打消)
身(名詞)の(格助詞)いたづらに(形容動詞・ナリ・連用)
なり(動詞・ラ四・連用)ぬ(助動詞・強意・終止)べき(助動詞・・連体)かな(終助詞)
死にゆく私を「気の毒だ」と言ってくれるはずのあなたは、私のことなどなんとも思ってはくれないで、私の身はきっと無駄になってしまうことだろうなあ。
=一番に私のことを考えてくれるはずのあなたさえそんなに素っ気ないんだから、私が死ぬとしてもきっと誰も私のことなんて心配してくれないんだろうな。
彼らは自分が世界の中心であると信じ、自分を世界の中心として扱ってくれないとまるでこの世の終わりのように感じ、絶望してしまう。それが「かまってちゃん」だ。
アルバンもまた、「かまってちゃん」の一人だった。
長男とそれに続く3人の姉の後に生まれた末っ子のアルバンは、親からも兄弟からもそれはそれはかわいがられて育った。かわいがられたというのは語弊があるかもしれない。溺愛と言うべきか、猫かわいがりと言うべきか、とにかく、それは本当の意味でアルバンのことを思ってした行動ではない。彼らにとって、アルバンはペットであり、生きた人形であり、そして永久に「小さな子」であるべき存在であったのだ。
だから、悪いことをしても叱るのはかわいそうだと言って叱らないし、我儘を言っている姿がかわいいと言って我慢させることも教えない。
その結果、どんな人間に育つかは誰にでも想像できるだろう。
我儘で、思い通りにならないと癇癪を起こす、面倒な少年へと成長したアルバンは、次第に兄弟からも距離を置かれるほどに「どうしようもない人間」というレッテルを張られることになった。
その最大の犠牲者となったのがマーヤだ。
街を歩いていた時にアルバンに一目惚れされ、家までついてきて「この子は僕がお嫁さんにするから」と親の前で宣言されたのだ。アルバン以外の全員が、ポカンとした。
「マーヤは、この人と付き合っているの?」
「名前も知らない人とは付き合えないと思うんだけど」
「そうだよねえ、やっぱり知らない人だよねえ」
だれもが質の悪いいたずらだろうと考え、アルバンを追い出そうとした。だが、アルバンはその場にひっくり返って「このこと結婚するんだ! 僕がそう決めたんだ!」と叫びながら暴れまわったのだ。
成人してはいないが、明らかに子どもではない少年が、まるで幼児のように癇癪を起して床を転げまわるその姿に、マーヤの家族全員の目は、ただ呆れの色に染まっていく。
「で、誰なの?」
「わからない。気づいたら後ろにぴったりくっついてきたの」
「ストーカー?」
「初対面でストーカー? 相当まずい人なんじゃない?」
母とマーヤがひそひそと話していると、兄がはっとした。
「もしかして、『歩く我儘』じゃないのか?」
「「「あ」」」
この街の者なら誰もがその名と癇癪を起している姿だけは知っている「歩く我儘」だが、あいにくマーヤたちの一家は数日前に引っ越して来たばかりで、アルバンが街中でひっくり返っているところを見たことがなかった。ただ、兄は新しい職場の向かいにある時計職人の店で「どうしてもこれがほしい!」とひっくり返っている人間を見たことがあったらしく、その時に職場の人から「歩く我儘」と呼ばれるアルバンのことを聞かされたのだと言った。
「つまり、私はその『歩く我儘』と呼ばれ、経済的にこの街を牛耳っている家の息子に目をつけられてしまったってこと?」
一家全員で青い顔をしてのたうち回るアルバンを見つめていると、騒ぎを聞きつけたお付きの者が、見失っていたアルバンではないかと走ってやって来た。
「アルバン坊ちゃま! お屋敷へ戻りましょう!」
「嫌だ、この子と結婚するまでは帰らない!」
お付きの者は、マーヤを見た。そして申し訳なさそうに頭を下げた。
「うちのお坊ちゃまがご迷惑をおかけしております」
「本当に」
マーヤの言葉に、お付きの者は目を見張った。
「そんなことありません、なんて言うとでも思ったの? この年齢でこんなふうに癇癪起こして他人の家で床をのたうち回っているなんて、躾できていない犬よりも低レベルね」
「なんてことを言うんだ! 謝罪しろ!」
「絶対に謝罪なんてしないわ! こんな人と結婚させられるくらいなら死んでやる!」
マーヤは台所から包丁を持ってくると、それを自分の喉元に突き付けた。
「マーヤ! やめなさい!」
「嫌よ! こんな男に嫁がされたら、一生苦労するのが見えているもの! 私は相思相愛、お互いに尊敬しあい、思いやりを持って一緒に歩いていける人がいいの! 絶対にこんな人は嫌!」
大声で泣きわめくふりをしながら様子をうかがっていたアルバンの体が動かなくなった。そして、上半身だけ起こすと包丁を喉元に突き付けたマーヤをじっと見た。
「どうして僕のことが嫌い? そんなこと言ったら、また泣くぞ?」
「泣いたら自分の思い通りになるなんて、そんな幼稚な考えを持った人間をどうやって尊敬しろというの? あんたのことなんて、知りたいとも思わないわ!」
「え……」
アルバンは生まれて初めて、自分をここまで嫌悪する人に遭遇した。マーヤだけではない、マーヤの家族も同じような目で自分を見ている。
これまで、街の人はみんな、アルバンの言うことを苦笑いしながら聞いてくれた。誰もアルバンが間違っているとは言わなかった。
「どうしてそんなひどいことを言うの? 僕の言うことは、誰だって聞くことになっているんだよ?」
「へえ? じゃあ、王様がお命じになってもそれを拒否するのね?」
「王様? 王様って、誰?」
「ねえ、あんたまさか、まともに勉強したこともないの?」
「勉強? 何それ?」
マーヤは絶句した。この国では、家庭教師でも学校でも構わないが、親には子どもに教育を受けさせる義務を持っている。その義務を放棄するなど、親は何を考えているのだろう?
「アルバンお坊ちゃまは、人間として扱われておりません」
お付きの者が暗い顔をした。
「かわいがるだけかわいがって、礼儀も学問も何も教えようとなさいませんでした。奥様など、この世の知識は純粋無垢なこの子を穢すだけだなどとおっしゃいまして……」
「まさか、読み書きも計算もできないの?」
「こっそり教えようとした者もおりましたが、根気のいることを嫌がるアルバン様が癇癪を起して、教えようとしたことをご家族に気付かれてしまい、解雇されてしまいました」
あまりにも歪なその感情に、マーヤ一家は絶句した。
「おそらく、アルバン坊ちゃまがお嬢さんをお望みであると旦那様たちに知られれば、お嬢さんはそれこそ首に縄をつけてでもここから連れ出されてしまうでしょう。もしどうしてもいやだというのなら、この話が旦那様方に知られる前に、この街からお逃げなさいませ」
マーヤの一家は、互いに顔を見合わせた。
「来たばかりなのに、また引っ越せと?」
マーヤの父が、怒りに震えながら言った。
「なぜ私たちが譲歩せねばならんのか?」
「この街は普通の街ではありません。全ての店が旦那様の支配下にあります。歯向かえば潰されます」
「潰される?」
「何を潰されるのかは、その時の旦那様の気分次第です。命さえ、その対象です」
マーヤは父とお付きの者の話を聞いている内に、腹が立った。おかしいことをおかしいと言えない街の人にも、人々を恐怖で支配しているアルバンの父親にも、そしてそれを跳ね返すだけの力がない自分自身にも、この街の異常さにうすうす気づきながら、その違和感を無視したことにも。
この街に入る時、街全体が完全に要塞に守られているのを見て、どんな秘密があるのだろうかと思った。要塞の門は常に閉じられ、まるで国境の関所のように厳しく人の出入りを管理しているのに気付いた段階で、この街の異常さに気付き、入るのをやめるべきだった。
そう、一度入ったら逃げられないことに、今、ようやく思い至ったのだ。
「あなたは逃げろと言ったけれど、逃げられないことも分かったうえでそう言ったのよね?」
「……」
「逃げたら見張りの兵士に殺され、逃げなかったらこの子の我儘に振り回されて精神的に殺されることになる。どっちにしても、もうだめなのよ」
「マーヤ、だからと言ってお前が犠牲になることはないだろう」
マーヤは包丁をテーブルに置いた。
「お父さん。私がこいつを教育したら、この街が少しは良くなるのかな?」
「マーヤ、やめろ。この街の仕事が高給だからと飛びついた私が間違っていた。何とか逃げよう」
「無理よ。この街に来た時、厳重なあの守りを見たでしょう?」
マーヤ一家が深刻な話をしているというのに、アルバンは「ねえ、結婚しようよ、ねえ!」と騒いでいた。
「未成年は結婚できないってこと、知らないの?」
「そうなの?」
「だから、婚約者候補にならなってあげる」
「それって何?」
「将来結婚するかもしれない相手の一人になるってことよ」
「じゃあ、結婚するんだね?」
「可能性だけよ」
「う~ん、よくわかんない」
マーヤはお付きの人に告げた。
「こんなどうしようもない人間の婚約者候補になる条件は、私がこいつにすることを一切止めないこと。そしてこの内容は契約書にしてお互いが保管する。どう?」
アルバンはよくわからなかったが、とりあえず「うん」とうなずいた。
「そこの人、あんたのご主人様にそう言って」
「わかりました!」
アルバンを抱えあげると、お付きの者は去っていった。
「マーヤ……」
「勝手なことをしたと分かっている。でも、変えたいの。だめなら私の命で贖うわ」
「お前だけ死んでも、私たちも処刑されるだけだろう。その時は、みんなで決意を見せよう」
一家は頷いた。マーヤはアルバンを教育する。まともになればそれでいいのだから、とマーヤは思うことにした。
「うん。それに、うまくいけばお金に困らないかもしれないわよ?」
マーヤの言葉が、わざと場を和ませるためのものだとみんな気づいたが、「そうだな、それもありだな」と同調し、笑った。そうでもしなければやっていられないとみんな思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
契約はあっさりと認められた。甘やかした結果モンスターになってしまったアルバンに嫁いでくれる娘など、この街にはいるはずもなかった。どうしようもなければ命じるだけだとアルバンの父は思っていたが、お付きの者の話では、アルバンをまともな人間にしようとしているようでもあるし、いろんな意味で「片付く」と考えたのだ。
「でも、アルバンちゃんに手を上げるのはだめよ」
アルバンの母はそれだけは譲れないと言い張ったので、互いに暴力を振るわないことも契約内容に明記した。
こうしてアルバンは毎日マーヤの家にやって来るようになった。
「ねえ、手をつなごう?」
「文字を覚えたら、3分手をつないであげる」
アルバンはマーヤと手をつなぎたい一心で、必死になって文字を覚えた。
「あら、文字を覚えたのね」
マーヤは約束通り、3分間アルバンに手を差し出した。アルバンはじっと手を握っていたが、興味が湧いたのか途中から手のひらをフニフニと触ったりもした。
「はい、3分終わり」
「え~、もっと!」
「じゃあ、次はこの本がスラスラ読めるようになったら、5分手をつないであげる」
「わかった!」
アルバンはまずは幼児用の本を、次いで児童書を読めるようになった。
「ええ、いいわね。約束通り、5分間よ」
アルバンは、マーヤに言われたことができるようになると、約束を守ってくれることを覚えた。
それからは、マーヤの提示する「ご褒美」欲しさに、アルバンは必死になって勉強した。
文字の読み書き、計算、テーブルマナー、人と接する時に気を付けること、言葉遣い、手紙の書き方……それらは全て、庶民レベルのものではあったが、確実にアルバンは賢くなり、知恵がつくと同時に落ち着いた行動ができるようになっていった。
気づけば3年が経っていた。マーヤとアルバンも成人する年だ。
「ねえ、マーヤ。本当に僕と結婚してくれるの?」
「わからないわ。だって、アルバンは将来どうやって家族を養うつもりなの?」
「そっか、仕事をしないとお金は手にはいらないんだよね」
「そうよ。お金がなければ、生きていけない。アルバンが一家を養えるようになるまでは、成人したとしても結婚はできないわ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
アルバンにとって、マーヤは自分を正しく導いてくれる存在だった。家族の誰もがただ可愛がるだけできちんと物事を教えてくれなかったから、アルバンは自分が周囲の人から困った存在と思われていることさえ気づけなかったが、今ならそれが、本当にアルバンを思っての行動ではなかったと理解できる。アルバンをあるべき方向に進ませてくれたマーヤは女神であり、母であり、姉でもある、そんな存在だった。
マーヤは、自分がマーヤを慕うほどに自分のことを大切に思っているわけではないことにもアルバンは気付いていた。最初にそのことに気付いた時にはさすがにショックだったが、思ったことを何でも顔に出すのは幼児だけだと言われて、必死になって微笑みで己の感情をごまかした。
どうしたらマーヤは自分だけを見てくれるだろうか。
高価なプレゼントは、一般家庭のマーヤには重い。
ただ、マーヤが理想とする男になること、それだけしか思いつかず、アルバンは日々努力を続けた。
続けたのに、両親は突然、アルバンに正式な婚約者をあてがった。この街の自治(という名の、アルバンの父の独裁)を認める代わりに、王都で問題を起こしたとある貴族令嬢を嫁として迎えるように「偉い人」から命じられたのだとアルバンの父は言った。
「これで我が家に貴族の血が入る。お前はその御令嬢をしっかりと捕まえておけ」
「嫌です、僕にはマーヤがいる!」
「マーヤは、もうこの街にはいない」
「え……」
アルバンは父の言葉に耳を疑った。
「アルバンに縁談があると話をしたら、あっさり引いた。都合がいい女だったな」
「待ってください、僕はマーヤが」
「黙れ!」
父は、あくどい手法でこの街を手中に収めた祖父の血を受け継いでいる。恫喝、恐喝などお手の物だ。
「だいたい、お前が無理強いして結ばせた婚約者候補の座だ。そもそもお前を愛していたわけではない」
「あ……」
アルバンは、自分の我儘でマーヤを、マーヤ一家を縛っていたことを、今更ながら思い出した。
「マーヤは、これで自由だと言って、喜んで家族と一緒に街を出ていったと聞いている」
「そんな……」
「だから、薄情な女のことなど忘れて、高貴な女性を手に入れればいい」
アルバンは急いでマーヤの家に走った。毎日通ったマーヤの家。昨日の夕方、「じゃあね」と言って別れたマーヤが、こんな短時間でいなくなるはずなんてないと信じたかった。
だが、マーヤの家の玄関には「賃貸物件」の看板があり、扉には鍵が掛けられて開かなかった。窓から中を覗けば、マーヤと座ったソファや、マーヤに勉強を教えてもらった机や、一緒にパンケーキを焼いたキッチンがそのまま残されていた。
「持てるものだけ持って出ていったのか」
父が言う通り、薄情だ。せめて手紙くらい残してくれてもよかったのに。
マーヤが去って数日後、王都から貴族のご令嬢が到着した。我儘放題のご令嬢は多くの人とトラブルを起こして王都から追放され、簡単には出られないこの街に幽閉されるのだ。
思い通りにならないと食器を投げつけ、扇子で使用人に暴力をふるい、金切り声で叫ぶ。その姿に、アルバンははっとした。
「あれって、昔の僕じゃないか……」
図らずも、母と兄が話している声も聞こえてしまった。
「アルバンがまともになったと思ったら、別の狂人が来たよ」
アルバンは自分を救ってくれたマーヤのように、このご令嬢を導こうとした。
だが、ことごとくその試みは潰えた。
「わたくしに命じるなど、100年早いわ!」
「お前はわたくしの言うことを聞いていればいいのよ!」
あまりにも激しいその正確に、アルバンは疲れ果ててしまった。
夜、屋敷からふらりと出ていくと、未だに次の借主が見つからないマーヤの家に向かった。そして、その壁に背を持たれるようにして地面に座り込んだ。
昼間は心地よい気温だが、夜ともなればぐっと冷え込み、上着を着てこなかったアルバンは寒さに震えた。月がぽっかりと空の高い所に浮かんでいる。月を見ながら、アルバンはつぶやいた。
「ねえ、マーヤ。君は今、幸せ? 僕はね、今、君が味わったのと同じ苦しみを味わっているよ。自分のしたことは自分に返って来るってマーヤはいつも言っていたけれど、本当にその通りだよ。
ねえ、マーヤは、いやいやだったかもしれないけれど、一番に僕のことを考えてくれていたよね? そんなマーヤさえそんなに素っ気なく僕の前からいなくなってしまったんだから、僕が死ぬとしてもきっと誰も私のことなんて心配してくれないんだろうな。あの女が僕のことを心配してくれることなんて、絶対ないよ。
マーヤ、マーヤに会いたいよ。マーヤに叱ってもらいたいよ。どうして僕を置いて行ってしまったんだよ、ねえ、マーヤ……」
いろんな知識を得て成長したアルバンだったが、封印していた「かまってちゃん」が耐え切れずに顔を出してしまった。アルバンはマーヤを思い出して、ただひたすら涙を流し続けたのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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