64 百人一首をアレンジ15 君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ
日本古典で「春」と言えば、一月かから三月のことであり、この和歌にある若菜摘みとは、今でいう「春の七草」を摘む行事のこととなります。寒い中、相手を思い浮かべながら若菜を摘む。この感覚に完全にフィットするイベントが、ヨーロッパにはやはりないようです。
食べるための「若菜摘み」に該当するのは、春の訪れを告げるタンポポ摘みや、夏のベリー摘みになるかと思いますが、ここはやはり、あの雪の感覚が必要。
ということで、春の訪れを告げる花「スノードロップ」に置き換えて書いてみました。いや、健康を願う春の七草と毒性のあるスノードロップじゃ全然違うだろう! というご意見もあろうかとは思いますが、ここは花言葉を優先ということで。
短めです。
「私の好きな花? スノードロップよ」
好きな花は何かとアルバンに問われたマーヤは、迷う素振りもなくそう言った。
「スズランだって似ているし、いい香りがするだろう?」
「スズランは、5月1日のスズランの日に情緒がないなあ」
「情緒ってなんだよ。じゃあ、スノーフレークでもだめなのか?」
「似ていても違うものは違うでしょう?」
「そんな細かいこと、知るかよ! 似てるんだからさ!」
「じゃあ、アルバンとトマスの見分けがつかなくても仕方がないのね?」
「それは……」
双子の弟であるトマスとアルバンはあまりにも似すぎていて、親でさえ間違えることもある。黙っていても100発100中で見分けられるのはこの世でマーヤだけ。小さなころから一緒に過ごした幼馴染で、初恋の相手で、現在アルバンの彼女で、将来はアルバンの妻になる予定のマーヤだが、マーヤによるとアルバンとトマスの違いは「とにかく全然違う」らしい。
「スノードロップとスノーフレークとスズランは、そもそも咲く時期が違うのよ? 花の形も葉の形も違うのに、なんとなくうつむいて咲く、ただそれだけで同じだと決めつけるのはどうかと思うわ。うちの三姉妹を見てそっくりだっていうのと同じくらいにね」
アルバンとトマスは見分けがつかない双子だが、マーヤのところは年も違えば父親似・母親似の違いもある。だが、三姉妹の見分けがつかない人がいるのも確かだ。それをおかしいとアルバンは思うが、マーヤにとって、スノードロップと他の花を間違えることは、それと同じくらいの問題なのだということは分かった。
「つまりね、違いをきちんと見分けようという気持ちがない限り、見分けなんてつかないこともあるのよ。名づけって、そういうものじゃない?」
「たぶん、そうなんだろうね」
「ええ、そうよ。虹は七色だっていう文化もあれば、私たちのように五色だっていう文化もある。中には二色だっていう文化もあるらしいわ」
「それは変だよ」
「変じゃないわ。その文化ではそのくらい大雑把な分類でいい、細かく分類しなくても問題ないから、そのまま違いを見つけて名付ける必要もなかったってことだもの」
「マーヤってさ、難しいことを言うよな」
「頭でっかちで悪かったわね」
マーヤは機嫌を斜めにして行ってしまった。
ただ、マーヤのために、マーヤの好きな花を知りたかっただけなのに。
そして、その花をプレゼントして、喜ぶマーヤの顔を見たかっただけなのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アルバンは最近、マーヤを怒らせてばかりいる。女心が分からないと非難されるが、そんなの、分かるわけないじゃないか。
一方で、トマスはハンナとうまく付き合えている。ハンナはいつも笑っているし、トマスはそんなハンナを見て微笑んでいる。トマスはハンナがしたいことを先回りして考え、ハンナがしやすいように行動している。
そう思ったら、アルバンは自分はマーヤがどうしたいかと先回りして考えたことがないことに気付いた。いつだって自分がしたいことを優先してばかりで、マーヤの希望を聞いたことがない。
きっとマーヤは、外から見えるものではなく、中からにじみ出る行動からアルバンとトマスを見分けているのだろう。
「スノードロップか」
冷たい雪の中からひっそりと顔を出して咲くスノードロップは、我慢強さの象徴のような花だとアルバンは思った。そんな花が好きだというマーヤは、もしかしたら、自分の姿をスノードロップに重ねているのだろうか。
雪道をとぼとぼと歩いて帰る途中、花屋の前を通りかかった。
「すみません、スノードロップってありますか?」
「まだだねえ。あと半月もすれば咲くだろうが、春告の花だからねえ、人気もあるし値も上がる。お客さんさえよければ、自分で野原に行って摘んできた方がいいんじゃないかね」
誰かの花束を作っていたらしい花屋の店主にそう言われて、アルバンはお礼を言って店を出た。
雪がちらつく道はぬかるみとなって人々の通行を妨げる。たまに横を通り過ぎていく馬車の車輪はその泥を歩行者にはね上げる。アルバンのコートにも泥が付いた。なんだか今日はついていない。
ようやく家にたどり着いて扉を開けると、明るい笑い声が聞こえる。またハンナが来ているのだろうかと思ったが、挨拶しないわけにもいかず、アルバンは応接室を覗き込んだ。
「おや、アルバン。やっと帰って来たか」
「ただいま戻りました。何かありましたか?」
「トマスとハンナさんが結婚することになったんだ」
「トマス、いつの間に結婚を申し込んだんだよ!」
「ん? 年越しの祭りの時だよ」
「一生、一緒に、年越しの祭りを過ごそうって言ってくれたのよ」
ハンナの顔は、キラキラしている。きっと幸せがキラキラを作り出しているんだろう。
「そうか。おめでとう、トマス、ハンナ」
「ありがとう」
「家族になるのだから、マーヤさんみたいに、黙っているトマスとアルバンを見分けられるようにならないとっていう話をしていたのよ」
「そう。難しいと思うよ」
「そうだねえ、親の私たちでさえ、見分けられないからねえ」
「もう、あきらめた」
両親の言葉に、アルバンの心が痛んだ。マーヤの考え方であれば、トマスとアルバンの違いを見分けないということは、二人の個を認めず、ただ等しく「我が子」としてしか見ていないということになる。等しいのはいいが、個を認めないということが子どもを傷つけることになると、どうしてわからないのだろうか。
だまって部屋を出ようとしたアルバンに、トマスが声をかけた。
「父さんと母さんのことは、あきらめている」
諦めたら終わりじゃないか、という言葉をぐっと飲み込んで「そうか」とだけ言って自室に戻った。
窓から外を見ると、雪の降り方が先程よりも激しくなってきている。ハンナを帰すなら早い方がいいだろうなと思ったが、まだ談笑の声が聞こえている。アルバンは首を横に振ってから机の前に座った。そして、マーヤに手紙を書いた。
「スノードロップは、必ず君の手に届ける。それまでは少し忙しくなりそうなんだ。しばらく会えそうにないが、マーヤのことだけを愛している。信じて待っていてほしい」
身分が違うと言えば、そうかもしれない。アルバンは裕福な商人の家の長男であり、マーヤの親は別の商家で雇われる人間だ。雇用する側とされる側の身分差はかなり大きい。
それでもマーヤが将来アルバンの妻になることを両親が認めているのは、近所に住む幼馴染でよくその人物と家族のことを知っていること、何よりもアルバンとトマスの違いを完全に見分けられる唯一の人間であるところが大きい。
だが、アルバンはただ、いつも自分の悪いところを指摘したうえで、どうすればいいか一緒に考えてくれる、そんなマーヤが好きだったのだ。ただ、一緒にいて、一緒に考えて、同じ方向を向いて進んでいけるのはマーヤだと、そう信じているのだ。
アルバンは手紙を送るように使用人に頼むと、任されている書類仕事を始めた。そうでしていなかったら、気が狂いそうだった。
・・・・・・・・・・・・・・
二週間後、アルバンは完全防備をして近郊にある野原に向かった。トマスも「一人で行かせるのは心配だし、俺もスノードロップをハンナに渡そうと思うから」と言ってついてきてくれた。
この一週間、雪は降らなかった。雪が少し溶けて、雪の下から顔をのぞかせるスノードロップも見つけられるはずだ。
二人は野原を歩き回った。だが、なかなか見つからない。
「トマス、あったぞ!」
疲れ果てたトマスが座り込んだその横に、スノードロップが顔をわずかにのぞかせているのに気付いたアルバンは、大きな声を出した。トマスが驚いてアルバンの指さす方向を見ると、確かにすぐ左側にスノードロップがあった。
「危なかった」
「ああ、もしかしたら今までも見逃していたのかもしれないな」
二人はそっと雪をかき分け、スノードロップをその根ごと掘り起こした。球根さえ手に入れば、来年も咲かせることができるはず。時期になったらスノードロップで庭が馬尽くされる、そんな光景さえアルバンは想像している。
「さあ、帰ろうか」
そう言ったトマスの手に、白いものがふわりと降りた。
「あ、雪だ」
「また降って来たな」
二人は空を見上げた。雪が静かに降り始めた。ざくざくと雪野原を歩く二人の手や肩に、雪が積もっていく。
「思ったよりも奥に来ていたんだな」
「ああ。だが、いいスノードロップが手に入った」
「そうだな。ハンナもマーヤも喜ぶはずだよ」
「きっと、な」
君のために早春の野原に出て、君が幸せを感じられるようにスノードロップを摘んだ、その僕の手には、雪が今、まさに降り積もっていくんだよ。
アルバンはそう思いながら家に帰った。
・・・・・・・・・・・・・・・
帰宅したアルバンは、鉢植えにスノードロップを植え付けた。そして、その花を切って束ねて、マーヤの元に向かった。
「マーヤ、スノードロップを摘んできたよ」
「摘んできたって……まさか、野原に取りに行ったの?」
「花屋では争奪戦になって必ずあるとは言えないって言われたし、できれば今年一番最初にこの町でスノードロップを手にした人になってほしかったんだ」
「アルバン……」
「ねえ、マーヤ。毎年この時期になったら、スノードロップが咲く庭を二人で見ないか?」
「え?」
「二人の家に、スノードロップの庭を作ろう」
「アルバン……使われる側の人間である私で、本当にいいの?」
「僕が一生を一緒に歩きたいのは、マーヤだけだから。それに、うちの両親が賛成しているってことは知っているだろう?」
「うん……スノードロップの庭のこと、約束してくれるのね?」
「ああ、絶対にね。もう、鉢植えにして、何株かは確保してあるんだ」
「ふふ……」
君(名詞)が(格助詞)ため(名詞)
春(名詞)の(格助詞)野(名詞)に(格助詞)出で(動詞ダ下二連用)て(接続助詞)
若菜(名詞)摘む(動詞マ四連体)
我(名詞)が(格助詞)衣手(名詞)に(格助詞)
雪(名詞)は(係助詞)降り(動詞ラ四連用)つつ(接続助詞)
スノードロップの花言葉は「希望」ですが、怖い意味もあるのだとか……。
次回は来週火曜日に。




